雪女が魅せる銀世界

くれは

吸血鬼と人狼のアフター

 肌寒い早朝。白く染まる路上を踏みしめる足音が2つ、静かな町中に響いた。


 一面銀世界が広がるのは、東京のどこかにある古い家屋が多い町――。

 にある、青い屋根の古びた二階建てアパート前。


「……本当に、一面銀世界だ」

「うへぇ……。さすが、管理人! あやかしネットワークがスゴイわ」


 肌寒さにコートやマフラーが欠かせなくなってきた冬の日。

 先ほどまでは古びたアパートに見えた建物は蜃気楼しんきろうのように消え去り、白い息を吐く高身長の男二人の背後にはおごそかな屋敷がそびえ立っていた。

 

 二人の前には太陽の光に照らされてキラキラと輝く雪が、絨毯じゅうたんのように敷き詰められている。

 

 

 ことの発端は、この男たち。

 あおい紫音しおんが、東京は雪が降らないと言ったことから始まった。


 二人が住むシェアハウスのような屋敷の管理人をしている珊瑚サンゴが気を利かせ、"あやかしのつて"を使って雪女に頼んで降らせてもらったらしい。



 まことしやかに囁かれる、あやかしに関する掃除屋を営む"あやかし堂"。

 それが、この屋敷の名前。


 不思議な出来事が起きるとき、そのほとんどは、あやかしの仕業だといわれている。

 

 普通の人間たちには、古びた二階建てのアパートにしか見えない屋敷で、家賃の代わりに掃除屋を生業としている二人のあやかしがいた。



「ただ、雪を降らせてもらっても……感動が薄いのは、俺たちが人間じゃないからなのか?」

「いや。お前が、可哀相なヤツってだけだ。感情をどこかに置いてきたんじゃねえか?」

「感情豊かな犬っころに言われたくないな」

「おいコラッ! 犬じゃねぇ! 人狼様だッ」


 いつもと変わらない二人のやり取りが、人のいない裏道の静かな路上に木霊する。

 ただ、今日の二人は仕事と一切関係ない休日を過ごしていた。


「うわー!! すごい、すごい!」

「雪のカーペットー!!」

「あ? 近所のガキどもじゃねぇか……めんどうくせぇ」


 どこからともなく横道から姿を現したのは近所に住む"人間の"子供たち。

 

 灰色の髪をした強面こわもて紫音しおんが上から子供たちを見下ろした瞬間。

 子供たちは怖がるどころか目を輝かせ、二人揃って指を差しながら「ワンワン!」と叫ぶ。


 実は、近所の子供たちが遊んでいたプラスチックボールに条件反射で犬のように反応して追いかけてしまった紫音しおんは、不本意ながら『ワンワン』と命名されてしまったのだ。


「ぷっ……ワンワン――」

「グルルッ……笑うんじゃねぇ!!」


 当然、子供たちに便乗して腹部を押さえているのは、対象的に艶のある黒い髪を揺らすあおいである。

 笑いをこらえているのは一目瞭然で、紫音しおんが吠えた。

 

 ただ、子供とは純粋だからこそ恐ろしいもので、無知なのだと二人は知っている。


「ねぇ、ワンワンと恋人クン! 雪だるま作って」

「――恋人君? まさか、俺のことじゃないだろうな……。貴様、俺を誰だと思っているんだ。俺は、歴としたヴァ――」

「オイッ! 人間の子供に何を言おうとしているんだお前は。これだから顔面凶器は困る」


 あおいは知らない間に幼い少女の心まで射止めてしまったらしい。

 まさかの紫音しおんに止められたことで、文句を口にしようとするあおいの言葉を封じるように無知な子供は二人の手を握る。


「仲良く作るの!」


 人間の子供を上手く扱えない二人は、たじたじとなりながら仕方なくしゃがみ込んで雪に触れた。

 冷たさよりも、雪の柔らかさに感動を覚えた二人は誤魔化すように雪だるまを作り始める。


「降り積もったばかりの雪が、こんなに柔らかいとは思わなかったな」

「そうだな。ある意味、雪だるまを作るのに適していなくねぇか?」

「力を込めたらなんとか……」


 パラパラと砂のように手からすり抜けていく雪を、あおいは強く握りしめて雪玉にした。

 見様見真似で、小さい雪玉を地面に転がして重ねていくと自分の顔くらいになった頃。


 横からカーブをかけるように雪玉が飛んできて、あおいが避ける間もなく顔面にクリティカルヒットした。


「冷たっ……! おい……そこの犬っころ」


 雪玉が割れて下に落ちると、立ち上がるあおいは左手よりも大きい雪だるまの原型を握りしめ、粉砕する。

 しゃがみ込んだままだった紫音しおんの横には大量の雪玉が作られていた。


「貴様……。吸血鬼ヴァンピールである俺の顔面に雪の玉を投げるとは、死にたいらしいな」

「ハッ! 雪玉を当てられたくらいで殺すとか、吸血鬼様は"器が小さい"らしい。顔面凶器には似合いだろうが!」

「誰が顔面凶器だ……。それに、吸血鬼じゃない。吸血鬼ヴァンピールと言え」

 

 紫音しおんのいう顔面凶器とは、顔が良いという皮肉である。

 100年以上生きてきたあおいには、吸血鬼ヴァンピール眉目秀麗びもくしゅうれいは当たり前のため、悪口だと思っていた。



 カーーン!!



 誰が開戦のゴングを鳴らしたかのように始まる雪合戦。


 ガードする壁もない中、ひたすら己の反射神経で雪玉をかわしながら、二人して豪速球を投げていく。


 その姿を子どもたちは猫のように左右へ首を振って追いかけていた。


「御二方とも、子供のようにはしゃいでいますね」

「そうですね……。本日は休みなので良いですが、"人間の子供"が居る事を忘れないで欲しい所です」


 二人を見守る黒い着物姿の珊瑚サンゴと、あやかしの案内人を名乗る執事のような格好をした黒蝶コクチョウは子供たちの背後から、気配を消して様子を眺めている。

 

 雪だるまを作ってと言った子供たちも楽しそうにはしゃいでいたが、次第に激しさを増す二人の雪合戦は目で追えなくなり、周りを巻き込むように白いもやがかかったように雪玉が飛んでいた。


「こわいよー!」

「そろそろ潮時でございます故。お二人方ともに、お辞めください」

「やめろって言われても……犬っころに言ってくれ」

「誰が犬っころだ! あっ――」


 二人を止めようと珊瑚サンゴが一歩前に踏み出した直後。

 紫音しおんの雪玉が、今度はまさかの珊瑚サンゴにクリティカルヒットしてしまう。


 話し方とは裏腹に、幼女のような見目をした珊瑚サンゴの顔面に当たった雪玉が滑るように地面に落ちた。

 隣りにいた黒蝶コクチョウも緊張からか、寒い中、珊瑚サンゴを中心にした周りだけが炎に包まれたかのように額に汗が滲み始める。


 その直後、珊瑚サンゴの黒い着物が裾から赤く染まっていき、白い牡丹が咲いた。


「嘘だろ……。貴様、人狼から疫病神に転身しろ!」

「あぁ!? って、アレは確実に怒ってるよな……」


 実は、黒髪おかっぱ姿な珊瑚サンゴの正体は、"座敷童"。

 血のように染まる赤い色の着物は、災いが起きる前兆だと言われている。


 風がないのに舞い上がる艶めいた黒髪に二人は唾を飲み込んだ。


 

 ――ピンポンパンポーン

 


『……突然ですが、この町だけに大雪警報が発令いたしました。地域の皆さんは速やかに避難してください……』


 緊張感を台無しにするような間の抜けた音が聞こえてくると、急に大雪警報を報せるアナウンスが響き渡る。

 

 ――ただそれは、一瞬の出来事だった。



 ドゴオオオオ……!!


 

 突如と現れた暗雲が、二人の頭上にだけ滝のような雪を降らせる。


「うっ、ぐ……!」

「うおぉぉお!?」

 

 子供たちを避難させた黒蝶コクチョウは、再び黒い着物に戻った珊瑚サンゴの前に出来た大きな2つの雪だるまを見上げた。


「ゲホ、ゲホ……っ」

「あぁ!? 体が動かねぇぞ!?」


 綺麗に顔だけ出した二人の雪だるまが完成する。



 袖で口許を隠すように上品に笑う珊瑚サンゴたちをよそに、雪だるまとなった二人の背後から、カランコロンと靴音が鳴り響いた。

 華やかな白い着物姿をした背の高いモデルのような女性と、小柄な女性の姿が、どこからともなく現れる。


「あら、面白いことをしているのね」

「あれは、俗にいう……見ちゃ駄目! ってやつですよ。皎月コウゲツ様の目が腐ります」

 

 二人の雪だるまを背に、腰まで伸びた艶のある白髪を揺らす妖艶な女性が、蛇のように鋭い桜色をした眼孔を向けながらポツリと囁いた。

 隣にいる小柄な女性が前に立ちはだかると両手を伸ばす。



「うわー! 大きいワンワンと恋人クンの雪だるまー」

「もっと雪だるまらしく飾ろー」

 

 背後から見られているなどと、気づくはずもない雪だるまにされた二人は、身動きが取れずに子供たちの玩具にされて項垂れていた。

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