第5話 秒速で最強になる

 翌朝、予定通り俺たちは馬車で廃鉱山へ出発した。

 パーティのメンバーは全部で四人。

 ドワーフのギル、猫の獣人のモモ、人間の召喚士のグリーン。そして俺だ。


 途中で何度か魔物に遭遇したが、モモとグリーンが手際よく撃退したので予想より早く目的の廃鉱山に到着した。


 そして調査のクエストを開始する。

 まぁ俺の仕事はただの荷物運びなんだけどな。


 さておき、先日の地震の崩落で坑道内に出現したという狭い横穴に入っていくと約十分ほど進んだところで行き止まりになった。


「なんだ、無駄足か」


 俺は拍子抜けしたが、ふいにギルが岩壁に耳をつけて指でこつこつと様々な場所を叩く。


「ふむ。この音は――」

「え?」

「音の響きから判断するに、どうも壁の先に広い空間が広がっていそうじゃ。もしかすると誰かが意図的に作った隠し部屋かもしれん。だとすれば未知のお宝が隠されているかも……」

「お宝っ!?」


 ギルの言葉に色めき立った俺たちはこぞって岩壁にくさびやハンマーを打ち込んでいく。

 ドンドンドン、ガッガッ!

 やがて岩壁は音を立てて崩れ落ち、広大な地下空洞が姿を現した。

 同時に恐ろしい異形のモンスターの姿も。


「……なんだありゃ?」


 そこに待ち受けていたのは正真正銘の化物だった。


 端的に言えば全長十二メートルを越す巨大な黒いサソリだ。


「――魔甲殻種まこうかくしゅタムズ・アラクラン!」


 召喚士のグリーンが顔面蒼白で声を発した。


「魔王の領土にしかいないはずの魔物がどうしてこんな場所に――。いや、ともかく逃げないと! 僕らが太刀打ちできる相手じゃない!」

「そんなにやばいやつなのか?」

「僕らが百人いても勝てないよ! まずい、気づかれた!」

「……ギュイイイイッ!」


 黒光りする複数の足を動かして化物サソリが襲ってくる。

 人間の身長を遙かに超える巨体だが、その動きは異様に速い。


「死ぬ気で逃げろおお!」


 リーダーのギルの声が洞窟内に響き、そして俺たちは散り散りに逃げ出した。


 だが――死ぬのは時間の問題かもしれない。

 というのも化物サソリには知性があるらしく、戦闘が始まった直後に先手を打ったのだ。俺たちが入ってきた壁の穴に粘液の塊を飛ばして逃げ道をふさいでしまった。


 俺は逃げ足だけは速いから、まだ餌食にはなっていない。

 だがギルは既にやられた。

 気づけばグリーンも倒れている。


 今追われているのは獣人族の少女モモだ。彼女の敏捷性は高いが、逃げ道がないこの場所ではいずれ餌食になるだろう。


「ちくしょう……このまま殺されるのを見てるしかないのか」


 俺は無力だ――。


 どうしようもない怒りに任せて、近くの岩壁を叩くと不思議なことが起きる。

 ヴォンと奇妙な音がして、岩壁に白く光る文字が浮かび上がったのだ。

 俺が目を疑ったのはこう書かれていたからである。


 ――この先はおじさん専用――


「ふざけてる場合か!」


 俺は思わず叫んだ。

 馬鹿げた悪夢なら一刻も早く覚めてほしい。


 ところが突然、無機質な声が頭の中に響く。


「特殊スキル『おじさん』で隠し部屋に入れるようになりました」


 ぎょっと目を見開いた直後、四角い光の扉が音もなく岩壁に浮かび上がる。


「……どうなってんだ?」


 今気づいたが、頭の中で俯瞰するとこの壁は大空洞の最奥に当たる。

 俺が声をかけたことで出現した謎めいた光の扉――。


 なにかがこの先に封印されているとでもいうのか?


「クソッ! もうどうにでもなれ!」


 俺が光の扉に触れると、体が強引に引きずり込まれる。

 目も眩むような白い輝きに包まれて――。


 やがて瞼を開けると俺は見たこともない神秘的な場所にいた。

 強いて表現するなら石造りの古代神殿のようなところだ。

 あきらかに鉱山内ではない。


「なんだ……? どこかに転移させられたのか?」


 辺りは静まり返っている。

 きょろきょろしながら進んでいくと、神殿の祭壇の中央で見知らぬ人物が手足を鎖でつながれて力なくうなだれていた。


 白いドレスをまとった髪の長い美女だ。


「この人は……」


 まさか女神?

 ふと、そう思う。


 というのも異世界ものの小説では時々ある展開なのだ。平凡な男が女神的な存在と出会ったのをきっかけに栄光への階段を駆け上っていくみたいなやつ。


 だったらここは女神を封印しておくための場所なのか……?


 ふいに彼女が口を開く。


「契約を――」

「え?」

「お願いします。どうかわたしと契約してください。そうすれば神の鎖が解かれます。わたしは長い間、あなたのような人が来るのを待っていたのです」

「俺のような人って」


 本気で言っているのか? 俺はただの一般人なんだが。


「どうか……助けてください。封印を解いて」


 彼女が哀願の視線を俺に向ける。

 降って湧いたような展開だが、やはりこの女性は力を封じられて無理やり幽閉されているらしい。廃鉱山の奥の奥の誰も見つけられないような隠し部屋に。


 誰がなぜ彼女にこんな仕打ちをしたのだろう?

 同情するし、もちろん助けるつもりではあるが、経緯が気になる。


「あなたは一体……」

「わたしは大精霊。そう呼んでください」


 いや別に名前を聞いたわけじゃないんだけど――と出鼻をくじかれた俺に彼女が続ける。


「わたしと契約してくれれば特別な力を授けます。あなたは一瞬にして世界最強の存在となり、どんな魔物も呆気なく倒せるようになるでしょう。それに、この空間では時間の流れが限りなく遅くなりますが、あなたの仲間は今もなお窮地なのではありませんか?」

「……っ! 確かにな」


 四の五の言っている余裕はない。


「わかった。契約しよう」

「本当ですかっ?」

「すると言ったらする。その代わり力を授けた後はすぐ元の場所に戻してくれ。知り合ったばかりだが、俺はあいつらにサソリの餌になってほしくないんだ」

「承りました。それでは契約の接吻をお願いします」

「え?」


 接吻……。

 それってキスのこと?


 いや、ためらっている場合か。確かに俺は彼女いない歴=年齢の童貞だが、仲間の命がかかっているんだぞ。

 俺は勇気を奮い起こして彼女の美しい唇に顔をそっと近づけていき――。


「ん」


 唇に触れる寸前、素早く回り込んで耳の裏にキスをした。

 いや、だって接吻の場所は特に指定されなかったからな。別に構わないだろ。


 実際、それで契約とやらは無事に有効になったらしい。

 ふいに彼女の手足を縛っていた鎖が砕ける。

 拘束を解かれた美女は歓喜もあらわに高く跳躍して、空中でボォンと爆発した。


 え……爆発?


「やったああ! ようやく本来の姿に戻れたたぞおおー!」


 野太い叫び声がとどろいて何者かが地上に降り立つ。

 爆発の煙が引いたところには先ほどまでの美女とは似ても似つかない相撲取りのような体格のおじさんがいた。

 有名な格闘ゲームのキャラクターに喩えるなら……エドマンド本田?


 でも日本人じゃない。

 西洋人にも東洋人にも見えない無国籍な外見だ。特注とおぼしき金色のローブを身にまとった、肉付きのいい銀髪オールバックのおじさんである。


「誰だテメェェェ!?」

「大精霊」

「大……精霊?」

「だからさっき、ちゃんとそう名乗ったじゃない。わしは大精霊だって」


 恰幅のいい銀髪の中年男が苦笑する。


「や、でもさっきの人は美女だったぞ? キスとかしちゃったぞ俺」

「あれは世を忍ぶ仮の姿だよ。これが本物のわしの姿でごわす」

「なにがごわすだ! ていうか化けてたのか! よくも俺のファーストキスを」


 いや――あれは耳の裏だからノーカウントでいいか。


「だってこの姿のままだと誰も契約してくれないだろうからね。要は女性のメイクみたいなものだよ。あなたは上っ面の化粧にまんまと騙されたわけ」

「化粧ってレベルじゃねぇだろ! 性別が変わってるじゃねぇか」

「おっと、今はそんな話してる場合じゃなかった。契約したときの約束だからね。すぐ元の場所へ戻そう」


 すると視界がさっと白く染まって、次の瞬間には俺は再び地下の薄暗い大空洞で巨大なサソリの化物と対峙していたのである。


「くっ、なんか一杯食わされた気分だが……まぁいい。おい大精霊! 俺は最強になったんだろ? どうすればこの敵を倒せる?」


 俺が尋ねると銀髪オールバックの中年男――大精霊は朗らかに笑う。


「心配しなくても、もう身についてるよ。あなたはレベル1だから使えるスキルはまだ多くないけど、それでもあの程度なら楽勝。ステータス画面を確認して」

「なんだっつーんだよ……」


 俺は怪訝に思いつつもウインドウを呼び出した。



 鈴木彰(スズキ・アキラ)

 職業 大精霊と契約した一般人

 レベル 1

 戦闘評価値 15

 特殊スキル おじさん

 大精霊スキル 確定瞬殺



 ん……なんだこれ?

 ほぼ前と変わらないが、大精霊スキルという項目が増えている。

 そこに表示された「確定瞬殺」という文字をタッチすると説明文が表示された。


『確定瞬殺――対象を見ながらスキル名を唱えると相手は瞬時に必ず絶命する』


 なんだこりゃ。

 必ず絶命って……。常軌を逸した無茶苦茶な能力じゃないか。

 つまりこれはレベルや戦闘技能とは無関係に、発動したら相手を問答無用で殺すスキルってことなんだろう?


 そういうチート能力、俺は感心しないな。


 使うけど。

 ギュイイイッと耳障りな音を立てて巨大サソリが俺に突撃してくる。


 どのみち今はやるしかないんだ。

 殺ってやるさ。

 俺は静かに右手を掲げて口を開く。


「――確定瞬殺」


 刹那、バシッと破裂音がして巨大サソリは絶命した。

 光の塊となった大精霊がスーパー頭突きのように魔物に向かって飛んでいき、命中した瞬間に息の根を止めたのだ。


 秒速の決着。


 いや、攻撃行動そのものには一秒もかかっていない。

 たぶん光速度に近い気がする。使用者だから感覚でわかるのだ。

 ともかく大精霊スキル――「確定瞬殺」は発動した瞬間、ほぼ光速で魔物を殺してのけたのだった。


「やあ、お見事! あなた初めてなのになかなかやるねえ」


 大精霊が満足そうに拍手しながら俺のそばに歩いて戻ってくる。


「そうか? なんか微妙に達成感がないんだが……」

「達成感なんて無用の長物。男の乳首と同じだよ」

「嫌な表現はやめろ! なくなったら、それはそれで寂しいだろ」


「ま、少しだけ真面目に理論を語らせてもらうと、この世界でわしと契約した者は限りなく主人公に等しい存在になる。そして異世界の戦闘において主人公が勝つのは規定事項なんだ。勝負の結果は必ず勝利。だったら長引かせるのは愚の骨頂でしょ? 時間は人間の命そのものなんだから、誰もがわかってる結果は可能な限り早く訪れた方がいい。だからこそ『確定瞬殺』」


「……色々ふざけたこと言ってるが、言ってみりゃ今時のソシャゲみたいな考え方だな? 戦闘の途中経過をスキップして、いきなり結果が表示されるようなものか」

「ソシャゲなんてやったことないから知らないよ」

「散々メタ的な発言してたくせに、なんなんだお前は!」

「だからわしは大精霊だって。――とりあえず史上最強になったんだから、もっと喜んでくれない? 自分より高レベルの敵を倒したから経験値も沢山もらえる。一挙にレベルアップだ!」


 大精霊の言葉通り、ふいに途轍もない量の経験値が俺の中に流れ込んでくる。

 ああ、この辺は他の異世界小説と同じだな。

 たった一度の戦闘で俺のレベルは大幅に上がった。



 鈴木彰(スズキ・アキラ)

 職業 大精霊と契約した一般人

 レベル 16

 戦闘評価値 430

 特殊スキル おじさん

 大精霊スキル 確定瞬殺、完全絶対防御



「おお、なんかすごい力が体の奥から湧き出てくる――気がする!」

「その通り。あなたは実際強くなったんだ。わしの愛の力で」

「うるせぇよ」


 大精霊の妄言を一蹴して俺はふと気づく。

 俺は四つ子に巻き込まれて召喚された勇者でもなんでもない一般人だが、彼女たちには持ち得ない取り柄をひとつだけ持っていた。

 それが「おじさん」だ。

 そしてこの世界におじさんは俺しかいない。


 結局のところおじさんとはこの陽気な中年男――大精霊の封印を解いて契約するための資格だったらしい。

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