第4話 異世界で稼ぐお約束の方法
光陰矢の如しなんて言うつもりはないが、ぼけっとしていると異世界でも時間はあっという間に流れる。
今日は何曜日だ……?
まだ暦を見ていないが、召喚されてから既に三日が経った。
この世界の食べ物には一応順応した。
独特の衣服にも自然と慣れた。
ああ、服は替えたんだよ。さすがに日本の普段着のままだと目立ちすぎるからな。
今着てるのはマントと半ば一体化した不思議なデザインの服である。
街で見かけてつい衝動買いしたんだが、最初はコミケのコスプレ感覚で着ていたのに着心地がよくて、もう体にすっかり馴染んでしまったよ。
さておき――。
今の俺はベッドにひとりで寝転んで天井の木目を眺めている。
「働きたく……ない」
ここはドワーフが経営する王都の隠れ家的な宿屋だ。
この世界には人間のおじさんが俺以外いない。
必然的に人間の異性に異様に好かれてしまう。
だから俺は自衛のために人間ではない種族が営む宿屋を拠点にしたのだった。
寝ている間にばあさんに夜這いをかけられたら困るからな。
幸いドワーフにとって人間のおじさんは珍しいだけで、恋愛対象ではないようだから安心して過ごせている。
だが――三日目にして財布が空なのは頂けない。
「ったく、柄にもないことしたからだ。俺らしくもねぇ」
じつは昨日少し失敗した。
この街は途轍もなく広大で、街外れには貧民街もあると聞き、見聞を広めるために足を運んでみたのだが、そこで粗末な服を着た幼い子供に出くわしたのだ。
犬の尻尾と耳があって毛はぼさぼさ。
痩せた体が痛々しい獣人の孤児だった。
その子が「お願いします。パンを買うお金をください……」と言って俺の服を掴みやがる。なんでも三日ほど食事をしていないらしい。
はっきり言おう。俺は慈善活動ってやつが苦手だ。
それが本心からの行動なのか、あるいは偽善なのか義務感なのか、自分の中で折り合いがつかなくなってしまうからだ。
だがそのときは理屈抜きに体が動いて気づくと金を渡していた。
「ああ……あなたは命の恩人です! ありがとうございました!」
獣人の孤児は半泣きで礼を言ってパン屋へ駆けていった。
やっちまった――。
クソッ、今のはちょっと魔が差しただけだと自分に言い聞かせて俺は獣人の背中を見送ったのだが、その後がいけない。
いつのまにか俺は大勢の幼い子供に囲まれていた。
さっきと同様の汚い服を着た獣人の孤児たちだった。
「ぼくたちも……おなかが空いてます」
「このままじゃ飢え死にしちゃうよ。お願い、助けて」
ほらな。だから俺は慈善活動が嫌いなんだよ。
こういうのはひとり助けたところで切りがない。国が対処するべき問題なのだ。
――とは思いながらも、気づくと俺は有り金のすべてを彼らに渡していた。
我に返った直後、「なにやってんだ俺ぇ!」と叫んでしまったくらいだ。
いや、本当になにをやってるんだか……自分でも情けない。
でも飢えた子供をどうしても見捨てて行けなかった。擁護のしようがない馬鹿な男だ。
「ほんとにほんとにありがとう!」
「これだけお金があれば元手になる……。なあ、みんな! これをカジノで百倍に増やして今の暮らしから抜け出さないか?」
「それ名案!」
どう考えても危ないことを言い合いながら子供たちは駆けていき、その姿は意外と元気そうに見える。
「おい、変なことに使うなよっ? カジノで使う前にまずはメシを食え!」
ともかく、そんな経緯で俺は一文無しになってしまったのである。
「……まぁ人間よりもずっとタフな種族なんだろうな、獣人って」
そして今、宿屋のベッドに寝転んだ俺が天井を眺めてそう呟くと、ぐううっと派手に腹が鳴った。
ひもじい。
だが食事をする金がない。
他人に施したせいで自分が飢える羽目になるとは――正真正銘の馬鹿野郎すぎる。
一般人なのに巻き込まれて召喚されて、はした金を渡されて追放されて、今度は所持金ゼロか。
まさにどん底だな。
ああクソッ……でも背に腹は代えられない。
異世界に来てまで働きたくはなかったんだが。
◇ ◇ ◇
異世界で稼ぐ仕事をしたければ行き先は冒険者ギルドだ。
ネットの小説には大抵そう書いてある。俺は詳しいんだ。
いやいや、せっかくの異世界なんだからモンスターを倒して経験値と金を稼げばいいと思う人もいるだろう。
残念。無理なんだな、それ。
この世界の魔物は一般人が楽に倒せるような存在じゃない。だからこそ街を強固な壁で囲んでいるのだ。
じつは俺も昨日の夜、モンスター狩りで金を稼ごうと思って街の外に出てみた。
そうしたらすぐにスライムに遭遇して――。
ああ、異世界では定番の最弱モンスターだよ。確かに見た目は例の水色で丸い平凡なスライムだったな。
ところが強いなんてものじゃない。
この世界のスライムは結構大きくて体長40センチ近くある。それが突然ジャンプして体当たりしてくるんだ。
でかいくせにバッティングセンターのボールみたいな剛速球で飛んでくる。
破壊力は言わずもがなで、腹に直撃を受けた俺はゴフッと吐血してしまったよ。
そのとき思い出したのだが、前に魔法師のセラが一般人の戦闘評価値は20にも満たないと言っていた。
比較のためにスライムのステータスを確認してみると戦闘評価値は18とある。
……人間とそんなに変わらないじゃねぇか!
殺るか殺られるか紙一重の差だ。たとえ勝っても深手を負うだろう。
というか俺の今の戦闘評価値は15だから普通に負ける。
駄目だ、これじゃ話にならねぇ!
というわけで俺は命からがら街に逃げ帰って宿屋でふて寝したのだった。
「……まぁ戦うのは専門職に任せればいい。俺は後方で支援に徹する。とにかく安全に金が手に入ればいいんだ」
無論そんな都合のいい仕事は簡単には見つからないだろうけど――なんて思いながら俺が冒険者ギルドを訪ねると予想は呆気なく覆される。
「そういう仕事ありますよ」
「ほんとですか?」
ギルドの受付嬢の言葉に俺は耳を疑った。
「ありますとも。こんな美味しいクエストは滅多にないんですが、あなたが素敵だから特別に紹介しちゃいます。その代わりお金が手に入ったらデートに誘ってくださいね……?」
頬を染めて俺に耳打ちするギルドの受付嬢は20代半ばくらいの人間の女性だ。
しかも結構美人。
やれやれ、ここでもおじさん効果は絶大なのか。異世界って最高だな。
一文無しだけど!
「で、そのクエストの内容は?」
俺が若干たじろぎつつ尋ねると受付嬢は「とっても楽です」と微笑んだ。
「ここから南西に馬車で半日ほど行ったところに閉鎖された廃鉱山があるんですけどね。先日の地震で坑道の岩が崩れて新たに横穴が見つかったそうなんです」
「横穴……。別な洞窟とつながってたってことですか?」
「はい、おそらくは。鉱山の資源はかなり前に掘り尽くされたんですけど、そちらの洞窟にはまだ採掘できるものがあるかもしれません。どんな状態なのか調べてきてほしいんです」
「ふうん。資源の有無の調査ってことですね」
「飲み込みがお早い。大丈夫ですよ。専門家が主導しますから素人でもまったく心配ありません」
受付嬢の話だと、鉱物分析に長けたドワーフがパーティのリーダーを務める。
他に二名の戦闘要員が同行するそうだ。
俺は後方で雑用と荷物持ちをすればいいとのこと。
「なるほど。確かにそれくらいならやれそうかも」
「お気に召してよかったです。――ああ、そうだ。ちょうどメンバーの方々も来てらっしゃるんですよ。顔合わせもしちゃいましょう」
ギルドの奥には冒険者たちが情報交換するための酒場がある。
彼女はそこに「ギルさーん!」と呼びかけた。
やがてドワーフを含めた三人の冒険者がこちらへ近づいてくる。
「おう、呼んだかね?」
「条件に合う方が見つかりましたよ、ギルさん。じつはこの方、当ギルド一推しの優秀な人材でして。すごく善良で誠実で心優しい超一流のおじさんなんです」
じつにいい笑顔で言う受付嬢。……超一流のおじさんってなんだよ!
だが彼らは受付嬢の妄言を額面通りに受け取ったらしい。
「ほほう。ギルドのお墨付きってことなら、ありがたい!」
ドワーフがくしゃりと破顔して白い歯を見せた。
「わしはギル。このパーティのリーダーじゃ。よろしく頼む」
ドワーフのギルがそう言って他の二名にも挨拶を促す。
「あたしは戦士のモモだよ。敏捷性に長けた猫の獣人族。これからよろしくね」
猫耳を生やした小柄な獣人の少女、モモが八重歯を見せて笑った。
「僕は召喚士のグリーンだ。見ての通り人間だよ。仲良くやろう」
ローブを着た20代前半の若者、グリーンが友好的に会釈した。
俺も彼らに一礼する。
「人間のスズキ・アキラです。えっと……この国には来たばかりなんで不手際もあるかもですが、頑張りますのでよろしくお願いします」
無難に自己紹介を済ませて、こうして呆気なく仕事が決まった。
ひさしぶりの労働に気後れする部分もあるが、昔勤めていたブラック企業の連中と比べたら、この三人は遙かにまともそうだ。問題ないだろう。
「では出発は明朝じゃ。各自必要な準備をしてギルド前に集合すること!」
ドワーフのギルがそう告げてパーティは一時解散となる。
うん、これで一応関係はできたよな。
「あの、ちょっといいですかね」
「なんじゃ……?」
俺は帰ろうとするギルを呼び止めると金を借りて、たらふく食事をして飢えを満たしたのだった。
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