第6話 世界の秘密の種明かし
一度の戦闘で急激にレベルアップした俺がステータスの詳細を確認していると、大精霊が妙な話を切り出した。
「ところであなた、なんでこの世界におじさんがいないか知ってる?」
はたと俺は我に返った。
「あんた知ってるのか?」
「もちろんだよ」
「マジか! や、じつは俺もその件が滅茶苦茶気になってたんだ。いろんな人に訊いたけど誰も知らねぇし……」
この世界の人間の男は29歳を超えると急激に老化し、あっという間に肉体年齢が50代になる。
つまり見た目が30代と40代の男がいない。
召喚に巻き込まれて別世界からやってきた俺ひとりを除いて。
「でもそうだな。確かにあんたみたいな存在なら知っててもおかしくない。教えてくれ大精霊! なんでこの世界にはおじさんがいないんだ?」
すると大精霊が妙に大げさな重々しい表情で口を開く。
「神が――嫌ったから」
「なんて!?」
「神。つまりこの世界を創造した女神だね。彼女が人間のおじさんの外見を好みじゃないって拒絶したんだよ。あたしは認めないとか言って駄目出ししたんだ」
「そんな女神様があるか! 理不尽すぎるだろ!」
「いやぁ、神様なんて大概そんなもんじゃない? 神話を紐解けばわかるけど、どこの世界の神様だって、わりと理不尽で意味不明なものだ。あなたの国ではどう?」
「まぁ確かに日本神話にも意味がよくわからない話はあるけども……」
「それと一緒! この世界を創造した女神は、どうも渋い老人の外見が好みだったらしくてね。成人男性の加齢の仕組みを自分好みに少し寄せたんだ。だから人間の男はみんな29歳をすぎると急激に老化するんだよ」
「……そんなゴミみたいな理由だったのか」
この世界を創造したのは最低の駄女神だったというわけだ。
「とはいえ、男たちの情熱とエネルギーはなくならない」
ふいに大精霊の口調がほんの少し真剣味を帯びる。
「いくら女神の力で老化させられても男の活力はただ消えてなくなるわけじゃないんだよ。空気中に溶けて世界に浸透して川の流れが海に辿り着くように一箇所に集まる。そして結集した力にいつしか意思が宿ったんだ」
「まさか――」
「ご名答! わしはその失われた男たちの活力の集合体なんだよ。この世界に存在するはずだった、おじさんたちの熱量の塊。こうしてる間にも力がどんどん流れ込んできてるんだ」
「そういうことだったのか……!」
「いわばわしは『大きな男たちの精気の霊』というわけだね。だから大精霊!」
「うまいこと言ったな! かなり騙された感あるけど!」
おかげで俺もやっと腑に落ちる。
だから異世界で唯一のおじさんである俺だけが契約できたのだ。
全人類のおじさんの生命エネルギー。創造の女神によって奪われた無限に近いその力がすべて俺に味方する。
俺の強さの理由はこの世界のシステムに組み込まれているのだ。
「納得だよ。そりゃ最強なわけだ」
「でもまあ、さすがのわしも創造の女神には勝てなかったんだけどね。大昔に戦いを挑んだら紆余曲折の末に負けちゃってさ。ここに封印されたわけだよ」
「なるほど。それでこんな見つけにくい場所に封印されたのか……」
そして俺はふと気づく。
「でも待てよ? その創造の女神とやらは今どこにいるんだ?」
そのクズ女神に俺もクレームを入れてやりたいんだが。
「知らない。あいつはわしとの戦いには勝ったけど、大怪我して傷を癒やすために他の世界に行っちゃった。あと六十億年は帰ってこないだろうね」
「スケールでかぁ! 地球の年齢より長いじゃねぇか。でもまぁ、いい気味だな。だったら今のところあんたは」
「安心安全。まあそういうこと」
大精霊は笑顔で自分の腹にぴしゃりと平手打ちした。
「相撲取りかお前は……」
「じゃあ当面の危険も去ったようだし、わしは寝るよ。中年男性というのは昼寝が三度の飯より好きな生き物だからね」
「嘘つけ! そんな話、今初めて聞いたわ。……まぁ別にいいけどな。寝たいなら寝ろよ」
絵面としても暑苦しいから普段は引っ込んでいてもらおう。
「わしはいつでもそばにいる。必要なときは呼んでね」
大精霊は鬱陶しいことを言うと後方に素早く宙返りして消えてしまった。
◇ ◇ ◇
さて、大精霊が消えると俺は大急ぎで馬車に戻り、積荷のポーションをありったけ持ってきて仲間に使いまくった。
三人ともまだ息が合ったのだ。
この世界のポーションの効果は蓄積するので、回復に時間こそかかったものの、傷は着実に癒えて最後には全員すっかり元気になった。
「すまん……。不甲斐ないリーダーで本当に申し訳なかった。君は命の恩人だ。心から感謝する!」
ドワーフのギルが深々と頭を下げた。
「僕たちだけなら確実に死んでいたよ。ありがとう。初戦であんな魔物を倒してしまうなんて君は戦いの申し子だ。本当にすさまじい」
召喚士のグリーンが実感を込めて言い、猫の獣人のモモが続ける。
「ありがとね。本当に恩に着るよ。そうだ! 今度うちの村に遊びに来て。新鮮な魚のパイをご馳走するから」
新鮮な魚のパイってどんな料理だ? 刺身でも載せてるのか……?
でもまぁ、きっと得意料理なんだろう。想像すると胸が仄かに温かくなる。
そんな感謝の一幕が終わると、俺たちは後片づけを手早く済ませて馬車で王都へ帰還した。
実際のところ肝心の依頼自体はすぐに終わったからな。
ギルの話だと鉱物資源は見つからず、それは一目瞭然の状態だったらしい。
でも今回はその有無を調査するのが目的だから、報酬は予定通り全額支払われるのだそうだ。
俺たちは王都の冒険者ギルドに赴くと結果を窓口に報告し、見事にクエスト達成の報奨金を手に入れたのだった。
「よしっ……!」
これでしばらく働かずに遊んで暮らせるぞ。
最後に皆で握手して俺たちのパーティは解散する運びとなった。
「ではな、スズキ・アキラ。また機会があったときはよろしく頼む」
「さよならアキラ。君に負けないように僕も魔法の修練を積むよ」
「あたしの家にいつでも遊びに来てね、アキラ!」
ギルとグリーンとモモはそれぞれの親愛の言葉を残して去っていった。
いい最終回だったな。
って待てよ? そういえば――。
ふと思い出した俺はグリーンに走って追いつく。
「どうしたんだい? アキラ」
「聞き忘れたことがあってな。……魔法ってどうすれば使えるようになるんだ?」
というのも不思議だったからだ。
俺は巨大サソリを倒してレベルが一挙に16まで上がった。大精霊と契約したから大精霊スキルは増えたが、他にはなにも習得していない。
これはおかしくないか?
普通の異世界小説なら、もっと多くの魔法や技能を覚えているところだろう。
「そうか、君はここに来たばかりで日が浅いんだっけ。魔法は基本的に魔法を使える職業にクラスチェンジしないと覚えられないよ」
「えっ、そんなシステムなのか?」
確かに今の俺の職業は一般人である。正確には大精霊と契約した一般人だが。
なんだ……。いくらレベルが上がっても一般人のままじゃ駄目なのか。
「戦士とか騎士も同様でね。一度その職業にクラスチェンジしないと専用の戦技を覚えられない。例えば騎士の戦技の中には魔法より強力なものもあるんだよ」
「ったく、そんな仕組みだったとはな」
だったら今の状態でこれ以上レベルを上げるのはまずい。
強いスキルを覚えないまま成長が頭打ちになってしまう。
この世界ではいつどこで戦闘が起きるかわからないし、安全のためにも今のうちに早めにクラスチェンジだけはしておいたほうがよさそうだった。
「殴り合いとかするの柄じゃねぇし……。うーん、やっぱ遠くから魔法をちくちく当てる戦い方が俺らしいか。なぁグリーン、魔法使いにクラスチェンジするにはどうしたらいいんだ?」
「一緒に来るかい?」
「え?」
「王都の少し西にあるフォルマの街。伝統ある学術都市さ。じつは僕はフォルマ魔法大学の生徒でもあるんだよ。あの大学に通えばいろんな魔法が使えるようになるんだけど、どうかな?」
「はあ、大学ね」
やや苦い気分になった。
というのも、じつは俺は高校までしか出ていないのだ。一応大学には行く予定だったが、ちょっと入り組んだ事情があって断念した。
「……でもそうだな。せっかくだから、ここで試しに通ってみるのもいいか」
「うん、じゃあ行こう。お礼も兼ねて僕が大学へ紹介するよ」
こうして俺とグリーンは王都を出てフォルマの街へ歩き出したのだった。
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