第2話 地獄的な、あまりにも地獄的な追放理由

 気づくと俺は見知らぬ西洋風の広間のような場所にいた。

 近くで四つ子が尻餅をついている。


 光の魔方陣が薄れて消えると視界が明瞭になり、ここが巨大な城の中だとわかった。

 天井がやたらと高くて、周りの壁は中世みたいな石造り。

 足元の赤絨毯の先には階段があって、その上の玉座には王冠をつけた白ひげの老人がふんぞり返っている。


 どう見てもあれは――うん、王様だな。裸じゃなくて服を着ている王様だ。

 その左右には大臣らしき者や騎士たちが緊張気味に控えている。


「ったく、やっぱ異世界召喚だったか……」


 俺はふうっと深呼吸して前髪を掻き上げた。

 驚きはしたが、決してパニックにはなっていない。

 なぜなら俺は今まで異世界もののネット小説を大量に読んできた男だからだ。

 あれ面白いんだよ。暇潰しのはずが熱中して、それこそ一日じゅう読んでいたこともある。

 だからこそ現状を冷静に受け入れることができた。


 やはりこれは異世界召喚だった。

 異世界は実在するのだ。そして突然の召喚は実際に起こり得ることだった。

 あれはみんな実話であり、ノンフィクションだったのだ!


 なにを言ってるんだお前は……と突っ込みたくなる者もいるかもしれないが、今の状況的にそう考えるしかないだろう。

 ってことは次の展開は予想できる。古式ゆかしい昔の召喚もの小説は大抵こう始まるのだ。


 君たちはこの世界を救うために選ばれた勇者である――みたいなことを王様が言うんだろ?


 だが違った。王様が口を開く寸前、三衣奈が勢いよく立ち上がる。


「ちょ待って? 唐揚げは? あたしの唐揚げ、どこいったし!」


 予想の斜め上の発言だった。

 空気を読まないにも程がある。


「てか、あたしバチクソおなか空いてるんですけど! 腹がクソみたいに唐揚げを――」

「うるせぇよ! 食い意地張ってる場合か。あー……気にしないで話を進めてください」


 俺が三衣奈を黙らせると口を開けて唖然としていた王様が我に返って咳払いする。


「……ようこそ、勇者たちよ!」


 予想外の一幕はあったが――案の定、この手の物語でお約束の話が始まった。


「ここは大陸最大の国家、バーガンディ王国。余は国王だ。現在この国は邪悪な魔王からの侵略の危機に晒されておる。我が国の騎士団は優秀だが、魔族の力は強大でな。先行きは暗く、今のままではいずれ滅ぼされるであろう。ゆえに勇者の力を持つ、そなたたちを召喚させてもらったのだ」


 なるほど。まぁ掴みとしてはそんなところだろうな。


「召喚はこちら側だけではなく、召喚される側も心が高ぶっている状態でないと難しいらしい。異なる世界間の壁を超越するような爆発的な感情が必要だと聞かされていたのだが――こんなにすぐに成功するとは思わなんだ。そなたたちは普段から心を熱く燃やして生きているのだな。さすがは勇者よのう!」


 王様がすっかり感心した顔でそんなことを言うので、俺はたらりと汗をかいた。

 おいおい、異なる世界間の壁を超越する爆発的な感情って……。


 あの唐揚げの一幕にそこまでの力があったのか!


 風が吹けば桶屋が儲かるって言葉があるが、それになぞらえると唐揚げにレモンをかければ異世界に行けるってところだな。

 自分で言っておいてなんだが、意味不明である。


 さておき、そんな余裕ぶった思考を巡らせながらも自分が勇者だということがわかった俺は内心高揚していた。

 まだ多少混乱してはいるものの、正直わくわくする。

 いいじゃないか。

 俺は世界を救うために選ばれた勇者――。


 子供の頃に何度その手の妄想をしたことか。はっきり言ってたまらないな。


「セラ。後は任せるぞ」

「はっ」


 王様に声をかけられた女が一歩前に出た。


「それでは事の詳細はわたしから述べさせて頂きます」


 俺たちに近づいてきたのは青いローブを着た20代の聡明そうな女性だった。


「わたしは宮廷魔法師のセラ。魔法師団の長にして、この召喚の儀の責任者を務めております。以後お見知りおきを」


 なんだろう。気のせいか?

 セラと名乗った魔法師が妙に俺をじっと見てる気がする。


「あー……。俺の顔になんかついてます?」

「いえ、決してそんなことは」


 魔法師セラが顔を素早く横に向けた。


「それでは勇者の皆様お聞きください。今から果たすべき使命を説明致します」

「ちょっと待ってよ! 勝手に話を進めないでくれるっ?」


 長い黒髪を振り乱してセラの前に出てきのは長女の一夏だった。


「なにか?」

「や、なにかじゃないわよ! どういうことなの? 突然その……異世界? とやらに連れてこられて勇者だの魔王だの言われても、頭が全然ついてこないんだけど!」

「申し訳ございません。ですが、すぐに順応するはずです。かつての勇者様たちもそうだったと言われておりますから」

「や! だからそういう問題じゃなくて」


 一夏が苛立った顔でセラを睨んだ。


「そもそも勝手すぎるでしょ。あたしたちの都合も考えないで勝手に変な世界に連れてきてさ。こんなの人権蹂躙だわ。実際問題、国としてどうなわけっ?」


 じつに現実的で真っ当な指摘だったが、セラは平然としていた。


「勇者召喚はこの国の法によって定められた正当な措置です」

「え?」

「つまり合法です。我が国では王が絶対。そして王が非常事態だと判断して許可した勇者召喚は、この国にいる以上、誰であれ全面的に従う義務があるのです」

「なにそれ……」


 無茶苦茶な理屈に一夏が言葉を失ったが、そんなところだろうなと俺は思う。

 郷に入っては郷に従え――世界のルールそのものが違うのだ。

 この国の召喚システムは俺たちの世界の人権や法律みたいな概念が一切当てはまらない緊急措置であり、万事に優先される絶対的な行為でもあるのだろう。


 そうでないと異世界召喚自体が成り立たないからな。

 江戸時代の人間が現代日本の法律について考慮しないのと同じことだ。


 ふいに次女の二亜が一夏のそばに歩み寄る。

 マイペースな不思議系少女の二亜はこの状況でも淡々とした態度でセラに顔を向けた。


「わたしたちは勇者にも魔王にも興味ないよ」

「そうなのですか?」

「うん。だから元の世界に帰して」

「残念ながら現状では致しかねます。勇者召喚はあくまでもこちらに連れてくるだけのもの。呼び出すための一方通行の魔法ですから」

「そうなんだ。でも今『現状』って言ったよ。将来的にはできるようになるということ?」

「可能性はあります」

「そっか」

「ただし魔王を倒すことができれば――ですが」


 セラが両手を軽く広げて二亜に続けた。


「魔王は『天の宝珠』という唯一無二のマジックアイテムを保有しています。これはあなたたち異世界から来た人間にしか使いこなせませんが、どんな願いも叶える奇跡の宝具。かつてはこの王国の所有物でした。あなたがたが魔王を倒して天の宝珠を取り戻せば、たちまち元の世界に帰還できるでしょう」

「……なるほど。そういう話なんだ」


 二亜が細いあごをつまんで黙り込んだ。なにか考えているようだが、その内心はうかがい知れない。


「でもよかった。ちゃんと帰る方法はあるんですね!」


 ふいに四女の四音が胸の前で両手を合わせる。


「だったらこの国の人たちを少し助けてあげるのも悪くないかもですよ。わたしたちは勇者みたいですし、なにか秘められた力があるんだと思いますし……」


 四音は若干無理している感じだ。本気で言っているのか、どうなのか?

 おそらく状況が状況だけに、あえて友好的に振る舞っているんだろう。

 実際ここで反感を買えば、誰のなんの庇護もなく放り出されて、見知らぬ世界で野垂れ死にしかねないからな。


 現実的に考えると相手の要求をすべて突っぱねるのは危険なのだ。

 ある意味、ここでの立ち回り方で天国と地獄が決まる。

 そのことを姉たちも少し遅れて察したらしい。


「確かに国の一大事みたいだし、無力な人たちが苦しむのはね……。わたしだって嫌だけど」


 一夏が不承不承という顔で呟くと二亜がうなずく。


「国を滅ぼすなんて行為は許されないよ。ジェノサイド以上の非道だね」

「確かにねーわ。そりゃねーわ。あたしも魔王、止められるもんなら止めたい」


 らしくもなく三衣奈までがそんなことを言う。……お前は単に周りに流されてるだけじゃないか?


 だけどまぁ仕方ない。

 ここは俺も一応合わせておくか。


「わざわざ召喚されたくらいだ。きっと俺たちには魔王を倒せる潜在能力があるんだろ。なあセラさん、能力の確認は例のあれでいいのか?」

「あれと言いますと?」

「『ステータスオープン』――でいいのかな?」


 俺はきっと渋い決め顔でそれを言ったと思う。


「おお、なんと! よくぞご存じですね。さすがは異世界の勇者様です!」


 セラが驚いた顔で俺を見た。


「これでも俺は博識なんだ。ネットの異世界小説を山ほど読んでるからな。――おいみんな。ちょっとステータスオープンって言ってみろ」

「はぁ? なんて? ステーキハウス、オープン?」


 三衣奈が斬新な聞き間違いをした。


「どんだけ腹が減ってるんだお前は……。いいから言ってみろ、ステーキハウスオープンって」

「あんたも同じこと言ってンべ?」

「悪い、つられてしまった。正しくはこう。ステータスオープン!」


 俺がそう言うと目の前に半透明のウインドウが現れる。

 おお、本当に出てきたぞ――ちょっと感動。

 さて、俺のステータスはどんなものだ……?

 自分の能力を確認する俺を見て好奇心を刺激されたのか、四つ子たちも同じようにウインドウを呼び出す。


「ヤッベ! ガチでなんか出てきたんだけど! ねー、この画面ってなんなん?」


 三衣奈が自分のステータス画面を皆の方にくるりと回転させて見せた。



 花守三衣奈(ハナモリ・ミイナ)

 職業 勇者

 レベル 10

 戦闘評価値 370

 特殊スキル 覚醒限界突破



 その途端、今まで冷静だったセラが目をかっと見開く。


「素晴らしい! これは本当に素晴らしいです! 通常の人間は召喚するとレベルが1にリセットされるのですが、召喚勇者には補正効果が働く! しかもレベル10にして既に正規の騎士以上の戦闘評価値です!」


 興奮してまくし立てるセラの様子はちょっと早口のオタクに似ている。


 なんでも彼女の話によると、この世界の一般人は大半がレベル5以下で、戦闘評価値は20にも満たないそうだ。

 戦闘評価値とは戦いでの強さを数値化したもの。細かなパラメータやスキルや魔法の効力などを神の計算式で総合的に指標化したものだという。

 毎日訓練に明け暮れている王国の騎士でも戦闘評価値が300を超える者は少なく、そういう意味だと三衣奈は勇者にふさわしい破格のステータスなのだそうだ。


 つまるところ、この世界における勇者とは『一騎当千の戦闘適性を持つ者』。

 成長すれば世界のパワーバランスを単独で左右する、それこそ国家戦略レベルの強者のことを指すらしい。

 まぁ俺たちの世界で言うところの核兵器みたいなものだろうか。

 それを持っているか否かで国の命運が左右される――。

 だからこそ国家総ぐるみで召喚する価値があるわけだな。


 ちなみに後で知ったことだが、勇者の召喚には莫大な召喚エネルギーを蓄積する必要があり、今後あと十数年は誰も呼び出せないという話だった。


 さておき、一夏と二亜と四音も同様のステータスだったらしい。


「細かいところは違うけど、あたしも似たような感じね。勇者だわ」

「わたしも勇者だよ」

「よかった。わたしもです!」


 口々に言う四つ子の隣で俺は自分のステータス画面を凝視している。

 正直なところ焦っていた。見れば見るほど嫌な汗が止まらねぇ。

 おいおいマジか。マジなのかよ。

 というのも俺は――。


「ところであんたのは?」

「あ、よせ!」

「けちけちしないで見せろし。ぺろーん」


 三衣奈が俺のステータス画面に手をかけて皆の方にくるりと回転させた。

 そしてこの内容が衆目に晒される。



 鈴木彰(スズキ・アキラ)

 職業 召喚に巻き込まれた一般人

 レベル 1

 戦闘評価値 15

 特殊スキル おじさん



 おじさん――。

 その文字列が目に入った途端、城内の人々は凍りついた。


 永劫のような長い沈黙の時間が流れ、やがて三衣奈が「ぷっ」と噴き出すと、無言だった四つ子たちの衝動は一気に解き放たれる。


「ひゃはははは! スキル『おじさん』ってなにそれ! ヤッベ面白すぎ! きゃはははは、ガチでウケるぅー!」


 四つ子たちの無遠慮な大爆笑を俺は浴びた。

 心の中で血の涙を流し、「俺が……なにをした?」と呻き声をあげながら。


 やがて魔法師セラが足早に歩み寄ってくる。


「申し訳ございません! まさか勇者ではなく単に巻き込まれた一般人だったとは。わたしとしたことが本当に不覚です」


 とはいうものの――セラまでつられて半笑いじゃねぇか、おい!


「勇者でもない一般人に魔王討伐は到底無理です。お詫びを兼ねた支度金を差しあげますので平和な場所でご自由に生きていってください。ではご機嫌よう」


 なんだそりゃ。

 ぞんざいな扱いにもほどがある。さっきまでの俺の期待感を返せ!



 こうして俺は異世界に来るなり痛烈に侮辱されて、お払い箱になったのだった。

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