おじさんのいない異世界におじさんが召喚されたら世界最強だった件&四つ子勇者の冒険

喫茶ネコティー

<第一部:地獄のような悪魔的異世界の章>

第1話 唐揚げという阿鼻叫喚の地獄絵図

 唐揚げの衣は厚ければ厚いほど美味しい。

 小麦粉より片栗粉を使った方が心地いい食感に仕上がる。

 あいつらの好みかどうかは知らないけど――。


 そんなことを頭の片隅で考えながら俺は大量の鶏肉を鍋で揚げていた。

 程よく火が通ったら菜箸でつまんで外に出していく。


「最後は余熱で仕上げるのがコツだからな」


 現在キッチンでこだわりの唐揚げを作っている俺の名前は、鈴木すずきあきら

 つい先日30歳になったばかりの平凡な男だ。

 職業はいわゆるユーチューバーで、主にゲームの実況動画を配信している。

 まぁキャリアは浅いんだけどな。


 もともと俺はサラリーマンとして長年働いてきた。

 だがそこは人を人とも思わないブラック企業で――。耐えられる限界まで耐えた結果、心身が滅茶苦茶にぶっ壊れて長い入院生活を余儀なくされた。

 それを機に俺は会社を辞めて配信者としての新たな人生を歩み始めたのである。

 かれこれもう三年になるかな。


 チャンネルを開設して結構経つのに収益額が少なすぎるのが悩みの種だが、いつも家にいられるのは気が楽で、たまには料理当番なんかも引き受けている。

 こうしてあいつらの夕食を作ったりもするわけだ。

 ああ、あいつらっていうのは――。


 そのとき廊下から足音がしてダイニングに少女たちが騒がしく入ってきた。


「ちょっと。ごはんまだー?」

「おなかが空いたよ」

「あ、今日は唐揚げ!」


 口々に言う三人の少女を前に俺は短いため息をつく。


「……ちょうど今できたとこだよ。すぐ持っていくからテーブルについてろ」

「ふーい」


 どこか舐めた返事をして少女たちはダイニングのテーブルへ向かう。

 さっき言いかけたのはこいつらのこと。

 全員17歳の高校生だ。


 俺たちの同居が始まったのは一か月ほど前で、きっかけは父の再婚話である。

 俺の母親は若くして死去し、その後は父が男手ひとつで俺を育ててくれたのだが、最近好きな相手ができたらしく正式に一緒になりたいと言い出した。


 いいと思う。特に反対する理由はない。

 むしろ長年ひとりで頑張ってきた父にまたいつか幸せになってほしいと思っていた俺は全面的に賛成した。

 そのせいか話はとんとん拍子に進み、籍を入れる前にまずは試しに家族全員、我が家で同居してみる運びとなったのである。


 とはいえ、相手の女性の連れ子がなんと四つ子だったことには驚いた。

 四つ子だからみんな同い年だが、生まれた順にこう命名されている。


 長女の一夏いちか

 次女の二亜にあ

 三女の三衣奈みいな

 四女の四音しおん


 いずれも個性的で我が強いタイプだ。癖がすごいとも言う。

 ねえ、と長女の一夏が俺に顔を向けて言った。


「あたし、ごはん少なめで」

「なんだよ? ダイエットでもしてるのか?」

「は? あたしにそんな必要ないのは見ればわかるでしょ。基礎代謝が高いの。剣道やってるし空手もやってるし、なにをどれだけ食べても太らないんだから」

「じゃあなんで?」

「察しが悪いわね。だから男は駄目なのよ。単に唐揚げを沢山食べるために決まってるじゃない」


 居丈高に答えた長女の一夏は長い黒髪に髪飾りをつけた少女だ。勝ち気なしっかり者だが、大の男嫌い。警戒心も強いようで俺への対応はいつも厳しい。


「わーったよ……。食いたいものを好きなだけ食え」

「わたしは、ごはん普通で」


 ふいに平板な声でぼそっと呟いたのは次女の二亜だった。

 柔らかそうな白い髪をふわふわと長くのばした不思議系少女の二亜は態度こそ穏やかだが、俺を見る目はどこか冷たい。


「普通で」


 俺が若干きょとんとしていたからか二亜がもう一度言った。


「お、おう……了解。二亜は普通ね。じゃあ四音はどうする?」

「わたしは自分でよそいます」

「そっか」

「他人に任せるより自分で盛った方が満足のいく盛りにできますから」


 屈託なく言う四女の四音はミディアムヘアの清楚風な少女。心優しいお人好しに見えるが、そうでもなかったらしい。ごはんの盛り方くらい信頼してくれよ。


 とまあ、こんな感じで彼女たちが俺と友好的にやっていこうとする気配はない。どこかこちらを舐めていて、体のいい食事係くらいに思っていそうだ。

 このままだと、まともな家族になんて到底なれそうもない。

 下手すると両親の再婚話の根幹も揺るがしかねないが――。


 まあいい。まずは食事だ。

 今夜は俺の父と、再婚相手である四つ子の母が都内のレストランへ食事に出かけている。初めての出会いから一年経った記念日なのだそうだ。

 そんなわけで俺としては四つ子に食事をさせて、夜遊びなどにも出かけないように気を配り、平穏に過ごさせる義務がある。


 いわば子守だ。

 億劫だが、大人として一応これくらいは我慢してこなそう。

 さておき、四つ子の三人しかこの場にいないことに俺はもちろん気づいていた。


「三衣奈はどうした?」


 俺は料理の皿をテーブルに並べながら長女の一夏に尋ねる。


「さあ」

「知らないのか? なんだ……どっかに出かけたのか」

「ううん、部屋にはいたわよ。スマホいじってたけど。たぶんSNSの更新でもしてるんじゃない?」

「知ってるじゃねえか! なんだよ……どいつもこいつもめんどくせぇ。食事のタイミングは合わせてくれないと洗い物が手間なんだよ。――あ、唐揚げにレモンかけるか?」

「かける」


 一夏がそう答えると二亜と四音も「わたしも」「かけます」と便乗する。


「そっか。じゃあまとめてかけるぞ」


 俺は大皿に積み上げた大量の唐揚げにレモンを絞って振りかける。

 張り詰めた声が響いたのはその直後だった。


「ちょっとあんた! なにしてくれてんのっ?」


 噂をすれば三女の三衣奈がダイニングに入ってきたところだった。

 なんだろう。理由はわからないが、すごい剣幕だ。

 完全に瞳孔が開いている。


「どうしたんだよ三衣奈、でかい声出して。顔も怖いんだが」

「……っ! バチクソむかつく。あんたってそんなこともわかんないんだ?」

「急にキレられても意味不明なんだよ。なに怒ってんだ?」

「ほんとクソね」


 三衣奈は水色の長いネイルを俺に突きつけて床を強く踏み鳴らした。


「唐揚げに勝手にレモンかけるなんて悪魔がすることじゃん! それ侵略戦争とか仕掛けてるのと同じだし。どう考えても唐揚げにはタルタルソースっしょ!?」


 青いコンタクトをした目を見開いて叫んだ三衣奈は、長い金髪に水色のインナーカラーメッシュを入れた都会的で高身長の少女だ。

 いわゆるギャルである。

 陽キャの白ギャルってやつだ。


 容姿は整っていてスタイルもよく、黙っていれば大人っぽい美少女だが、性格は真逆だから世の中は悲しい。うるさくて攻撃的で、なぜか俺を目の敵にしている。

 ちなみに口癖は「クソ」。

 結構な頻度でこれを使う。

 人間としてあまりにも残念すぎる語彙で、つい「三衣奈、あなたはクソだ」と言いたくなるが、もちろん俺は口に出したことはない。

 思うだけならセーフなんだ。


「……侵略戦争は言い過ぎだろ。つーかタルタルソースは『ない』」


 俺は真顔で三衣奈に言った。


「はぁ? なんで」

「いや、チキン南蛮じゃないんだから。他の場合はともかく、できたての唐揚げにはなにもかけなくていいんだよ。普通に食べた方がうまいの」

「でもあんた、レモンかけてたじゃん?」

「あれは軽いアクセント。タルタルソースは自己主張が強すぎる。脂質も多いし、胃がもたれちまうじゃねぇか」

「あたしは全然、胃もたれとかしねーし」

「お前さぁ……」

「てゆーか? 胃もたれするのは、あんたがおじさんだからっしょ?」


 三衣奈が唐突にそんな爆弾発言をした。


「俺はまだおじさんじゃない」

「はぁ? 30歳は立派なおじさんだと思いますけどー? あんたの胃はもう老化してんのよ。だからタルタルソース程度でクソみたいに胃もたれしちゃうわけ」


 なんつーこと言うんだ。

 もしもこれがSNSなら即炎上して消し炭になって火消し壺に収納されているところだ。

 まぁ実際の話17歳の少女から見れば確かに30歳の男はそう見えるのかもしれないが……若さ故の過ちだぞ、そんな言い方は。


 いや、少し前まで――29歳だった頃は俺も涼しげにこう反論できたのだ。


「待てよ。俺はおじさんじゃない。なぜならまだ20代だからなぁ。お前の好きな韓国アイドルと同じ20代!」


 はーっはっはっはっと俺が余裕綽々で笑い飛ばすと三衣奈は親の仇でも見るような憎悪の表情をむき出しにして地団駄を踏みながら悔しがっていたものだった。

 しかし今やその便利な台詞は使えない。

 今後はどう言い返せばいいだろう。

 なにか気の利いた言葉で逆襲したいところだが……。


 返答に迷う俺を見て三衣奈が嗜虐的に目を輝かせる。


「あ、効いてる効いてる! やっぱこれ効果てきめんだわー。ね、おじさん」

「うぐぅ」

「おじさん! タルタルソースくらいで胃もたれするおじさん! クソザコかよ、腹よわよわの弱者おじさん!」

「やめろぉぉ……」


 俺の心が吐血する。

 異変が起きたのは、そんな今世紀最大の阿鼻叫喚の地獄絵図のような悪魔的修羅場の最中だった。


 なんの脈絡もなく足元から光で描かれた奇妙な模様が浮かび上がってくる。


「……なんだこれ?」


 それは見たこともない不思議な文字と神秘的な記号で構成された図形だった。

 見覚えはまったくないが、ゲームなんかに出てくるいわゆる魔方陣によく似ている。


 とはいっても唐突すぎて正直まったくわけがわからないのだが。


 ……む、待てよ?

 もしかしたらこれは、だいぶ前に流行った異世界召喚ってやつなんじゃないか?


「いやいや、今時それはないだろ。もしかしたら流行が一巡してリバイバルってやつなのか? 待てよ、そういう問題じゃ――って、うわ!」


 唐突に魔方陣から神々しい光が溢れ出す。

 俺と四つ子はたちまち眩しいその輝きの中へ吸い込まれた。





―――――――――――――――――――


初投稿です。

読んで頂いてありがとうございます!


これから本格的に面白くなっていく予定なので

楽しんでくださった方は評価やチャンネル登録など、よろしくお願いします。

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