第14話 100万人突破。スパチャ解禁
「事務所入り断るとか意味わかんないんだけど!? せっかくのチャンスを棒に振るなんて!」
「まあまあ」
D-Live事務所からの帰り道。
マサトは妹をなだめながら暮れゆく夕空を見上げた。
「僕はできるだけ自由に探索したいんだよね。それに半分通ってる神様の血とか退魔師のこととか、事務所にいろいろと説明しなきゃだろ?」
「それはそうかもだけど……」
「プロデュースを任せろと言ったのはミコトじゃないか。ミコトは頼りになるからね。大手にも負けないと信じてる」
「お兄ちゃん……」
マサト自身も迷っていた。
登録者数が桁違いになってから現実感がまるでない。
ふわふわとした雲の上を歩いているかのようだ。
(まずは進むべき方向を指さし確認だ)
浮ついた気持ちでいるのは、バズったあと配信を行っていないのが原因だろう。
将来を決めるのはコメントの様子を窺ったあとでも遅くない。
調子に乗って人生のスピードを上げても事故るだけだ。
「それでミコトP。これからのプランは?」
「あはは……。そこまで期待させておいてノープラン……」
ミコトはヤレヤレと首を横に振るが。
「だったんだけど、D-Liveの話を聞いて思いついたんだよね。アタシたちにしかできない配信のネタをさ」
顔を上げてニヤリと歯を見せて笑った。
「そういうのを待ってた。それでそれで?」
「フリーのメリットは自由に配信できるところでしょ? というわけで……」
***
1時間後。
マサトは池袋ダンジョンの下層入り口に来ていた。
マサトの傍らには撮影用のドローンが浮遊している。
「――カメラの調整完了と。音声はどう?」
「聞こえてる。音量もちょうどいいよ」
ドローンのスピーカーからミコトの声が流れてくる。
ミコトは自宅からドローンを遠隔操作していた。
「――ドローンの操作はアタシに任せて。お兄ちゃんはダンジョンの探索に集中して」
「助かるよ。カメラ位置を調整しながら探索するのは手間だったからね」
「――準備はいい? それじゃあ配信スタート!」
ドローンのLEDランプが緑色に灯る。配信開始の合図だ。
マサトはドローンに向かい、いつもの営業スマイルを浮かべた。
「コン退魔~。退魔師チャンネルの
新しいネタを考える暇がなく、前回滑った冒頭の挨拶を行う。
すると……。
”うおぉぉぉっ! きちゃああああ!!!!”
”マサトきゅんの配信が始まったわ!”
”待ってたぜこの時をよぉぉぉぉ!!”
今まで見たことがないコメントの嵐がマサトを襲った。
「わぁ、すごい。すでに同接が1万を越えている……!」
ゲリラ生配信でこの数は驚異的だ。
時が経つにつれて同接カウントが増えていく。
【スパチャ ¥50,000】
”チャンネル登録100万人おめー!”
【スパチャ ¥50,000】
”100万人おめでとうございます”
【スパチャ ¥50,000】
”初スパです! オレのスパチャ童貞を受け取ってくれ!”
「えっ!? スパチャ!? ありがとうございます!」
収益化が通っているとは思わなかった。
現在進行形で貰っているスパチャだけでも、数年分の小遣いを超えている。
マサトは一度マイクをオフにしてミコトに連絡を取った。
「いつの間に収益化が通ったの!?」
「――細かい条件は満たしてたからね。チャンネル登録者が500人越えればいつでも収益化が可能だったの」
「これも100万人突破の恩恵か……」
配信を行う探索者は若年層が多く、年齢条件も16歳からになっている。
これまでアップロードした解説動画の数、トータルの配信時間、最低年齢をクリアして条件を満たしたのだ。
”急に黙ってどうしたの?”
”マイクの故障?”
「大丈夫です。初めてのスパチャが嬉しくて感動を噛みしめてました」
”マサトきゅんの初めて奪っちゃったぜ”
”いいな~。わたしもお小遣い貯めてマサトくんに貢ぐからね”
「そこまでしていただかなくても。スパチャ目的でダンジョンを潜ってるわけじゃないので」
”うっ……。ピュアなお言葉がおムネに痛いですわ”
”聖人マサトきたぁぁぁぁ!”
”学校でもこんな感じっぽい。浮世離れしてるよね~”
「あはは……。妹にもよく無欲だと言われます」
”妹ちゃんがいんの!?”
”同じ学校の後輩だよ。名前はミコト”
”ミコトちゃんを紹介してくださいお義兄さま!”
妹というワードに食いついてくるコメント欄。
ミコトの名前を書き込んだのは同じ学校の誰かだろう。
ナチュラルに個人情報を流しており、もはや歯止めは利かない。
(ここまではミコトの見立て通りだな……)
ミコトは今回の配信で、個人情報の流出を止めようと考えていた。
打ち合わせ通り、ドローンのカメラを指差す。
「今日から妹が配信を手伝ってくれることになりました。挨拶よろしく」
「――みなさん初めまして。マサトの妹のミコトです」
”おおおーーー! 声だけでわかる。絶対可愛い!”
”顔出しNGですか?”
「――裏方なので表には出ません。ドローン操作を担当しています。モデレーター権限もありますので」
モデレーターとは、視聴者のコメントを管理して炎上リスクを未然に防ぐ配信サポーターのことだ。
生配信の同接者数は1万人を越えており、すべてのコメントをマサト一人で管理するのは難しい。
そこでミコトがモデレーターとして入り、コメントを管理することにしたのだ。
「――というわけで、今さっきアタシの個人情報を流したアカウントはBANします」
”ノーモーションからのカウンターパンチきたーーー!”
”無慈悲系クールな妹ちゃんだ。これは推せる!”
”はぁはぁ……。パンツ何色?”
「――セクハラコメントも削除します。次やったら治安局に通報しますのであしからず」
”はーい。>>ミコト”
”はーい。>>ミコト”
”はーい。>>ミコト”
「――素直なコメントは好きですよ」
”褒められちったwww”
”コメント欄がリアルJKに調教されてる……”
”なにかに目覚めそう(トゥンク)”
【スパチャ ¥50,000】
”お願いします! 金なら払うので罵倒ASMR配信してください!”
「――誰がするか! 目に余るのはBANすると言ってるでしょ!」
配信コメントもミコトも音声のみだが、見事に会話が成立していた。
マサトが探索に夢中になっている間もこれで場がもつだろう。
「コメントの皆さんともうこんなに仲良くなって。お兄ちゃん安心したよ」
「――今の会話のどこが仲良く見えたの……」
”兄妹コントはじまった”
”気に入った。チャンネル登録するわ”
【スパチャ ¥50,000】
”お義兄さまへの愛です。受け取って!”
”前フリはいいから早くダンジョン潜れよノロマ”
”シルヴィアちゃんを寝取ったクズは死ね”
”死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死”
”こらっ。荒らしはおやめくださいまし!”
同接数が増えると厄介なコメントも目立つようになる。
不適切なコメントはミコトが検閲してくれるが、これ以上冒頭の挨拶を長引かせるとさらに荒れそうだ。
「挨拶はここまでにして探索を開始しましょう」
”今日は何をするの? オーガ退治?”
「深層に潜ります」
”深層!?”
マサトの発言にコメント欄がざわめく。
ソロで深層に向かうなど前代未聞だからだ。
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※作者コメントです
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