第13話 大手配信事務所にスカウトされる


 都内某所にあるD-Liveの事務所。

 その第Ⅳ会議室にて、マサトとミコトは眼鏡をかけたスーツ姿の男性と対面していた。



「シルヴィアのマネージャーをしている孤杉こすぎと申します。以後お見知りおきを」


「ど、どうも。退魔師チャンネルの葛乃葉くずのはマサトです」


「妹のミコトですん。あっ! 噛んじゃった!」



 ペコペコと頭を下げて名刺を受け取るマサトとミコト。

 二人はまだ高校生だ。大人との挨拶は慣れていなかった。



「マサトさまは改めまして。妹さんは初めまして。氷の剣姫けんきシルヴィアですわ」



 孤杉の隣にいたシルヴィアが胸を張って挨拶する。



「きゃーーー! 生シルヴィアちゃんだー! かわいいー!」



 するとミコトが奇声を上げて立ち上がり、スマホで写真を撮り始めた。



「ミコトさんはワタクシを推してくださっているのですか?」


「デビューからずっと追ってます! いつものお願いしていいですか!?」


「それでは期待にお応えして……」



 シルヴィアも席から立ち上がると、制服のスカートを摘まんで会釈した。



「みなさまご機嫌麗しゅう。氷の剣姫シルヴィア、ここに推参ですわ」


「きゃーーー! シルヴィアちゃーーーん! 愛してるーーー! シルヴィアーン!」


「ふふふっ。よくてよ、よくてよ」



 ミコトが黄色い声援を送ると、シルヴィアは微笑を浮かべて手を振っていた。



「えっと……なんですかこれ?」


「お決まりの挨拶です」



 マサトが目を点にしていると、孤杉が眼鏡をクイっと上げて答えた。



「トレビアンとシルヴィアをかけて『シルヴィアン』と声をかけるのがファンの間で流行っています」


「お兄ちゃんが『コン退魔~♪』とか言ってダサい挨拶するのと同じだよ。ああいうのはシルヴィアちゃんみたいな可愛い子がするから映えるんだよ」


「うぐっ……。痛いところを……」



 マサトも挨拶を変えたいと思っていたが、まさか身内に後ろから刺されるとは。



「そろそろ本題に入りましょうか」



 マサトが心の中で血反吐を吐いていると、孤杉は眼鏡をキラーンと輝かせた。

 プロジェクターを操作して壁にD-Liveのロゴを映し出す。



「シルヴィアからすでに打診があったと思いますが、葛乃葉さんをウチの事務所……Dungeon-Liveにスカウトしたいと考えています」


「契約書を突きつけられたときは驚きました」


「おほほ。ごめん遊ばせ。いさみ足でしたわね」


「まったくです。転校までして何を考えているのやら……」



 孤杉がヤレヤレとため息をつく。

 シルヴィアは暴走しがちだ。マネージャーとして気苦労が絶えないのだろう。



「スカウトの件も独断で?」



 マサトの問いかけにシルヴィアが首を横に振る。



「上の許可は得ていますのでご安心を。マサトさまの実力は孤杉さんも認めるところですわ」


「そうですね。登録者100万人越えですから配信者としても申し分ありません」


「えっ? ちょっと待って。100万って……あっ! 達成してる!」



 マサトがスマホでチャンネルを確認すると、いつの間にか大台を超えていた。

 隣にいたミコトが補足を入れる。



「今朝のニュースでさらに登録者が増えたみたいだね。メディア露出はやっぱり強いよ」


「数多くいるダイバー探索者の中で、登録者数が100万人を越えているのは事務所所属のトップランカーくらいなものです」



 孤杉は説明を行いながらスライドを操作して、大手企業や有名事務所のロゴを表示させた。



「たったの一晩で大台を超えた『退魔師チャンネル』は注目の的です。業界の内外問わず、多くの企業から声をかけられるでしょう」



 孤杉の言葉を受けて、ミコトが意地の悪い笑みを浮かべる。



「他の会社に出し抜かれる前に声をかけたわけですね。それでトントン拍子に話が進んでるわけだ」


「妹さんは聡明でいらっしゃる。それなら事務所預かりのメリットもご承知でしょう」


「まあね~。シルヴィアちゃんの追っかけしてたら業界に詳しくなっちゃった」


「フリーと所属だと何が違うの?」



 マサトの問いかけにミコトは指で輪っかを作る。



「社会的信頼かな。所属だとローンを組めるよ」


「うわ……いきなり世知辛いのがきた……」


「お金は大事だよ~。配信機材や装備を調えるのも金金金、だから」



 ミコトがすれた笑みを浮かべると、孤杉は最新型ドローンの映像を表示させた。

 これにはミコトが食いつく。



「わぁ! タイプⅢ型だ! 通信範囲も広くてボディも頑丈で、いま一番人気なんだよね」


「事務所に入れば最新の配信機材だけでなく、探索用の各種装備も手配いたします」


「ワタクシの水着やレイピアもオーダーメイド。登録者100万と200万の記念でいただきました」


「シルヴィアちゃんのスキル【氷の剣姫】の効果を高めるんだよね」


「レイピアの効果で無数の氷の刃を召喚可能です」


「あっ。それは格好いいかも……」



 マサトは綺麗な宝石がついた宝杖を手に、キメ顔で戦う自分の姿を想像する。

 これなら冴えない自分でもバカにされず、シルヴィアのような人気者になれるだろう。



(だけどなんだろう。しっくりこないんだよな……)



 有名になればなるほど信仰力が増して霊力が強くなる。

 登録者1億人を目指しているのも、霊力を高めて自分の価値を証明するためだ。



(でも、その先は……?)



 成果を出すことに精一杯で、次のステップが見えていなかった。



(僕は何のためにダンジョンへ潜るのか……)



 手にしたモノに万能の力を授けるとされるダンジョンコア。

 それを見つけるのが全探索者の共通の夢だ。



(仮に万能の力を手に入れたとして、僕が叶えたいことはなんだ?)



 考えれば考えるほど思考の深みにはまる。

 ここにきてマサトは、自分の行く道に悩み始めていた。



「どうかしましたか、マサトさま? ご不安な点でも?」


「い、いえっ。そういうわけじゃないんですけど」


「所属になれば各種メディアで広告が打てます。葛乃葉さんの名を広めるにはもってこいかと」


「そう言われると確かに……」



 孤杉の提案にマサトの心が揺らぐ。

 メディア露出の強さは100万人突破で実証されている。

 D-Liveは、ダンジョン配信界隈で知らない者がいない超大手事務所だ。

 事務所の看板があれば、常時同接1万人超えは堅い。



「ワタクシも個人で配信を始めたときはゼロスタートでした。ですが、そのあと今の事務所にスカウトされて登録者数が爆伸びしました」



 シルヴィアの話を受けて孤杉が別のスライドを見せる。

 グラフを使ってわかりやすく、登録者数の伸びを提示していた。



「登録者を増やすには有名探索者とのコラボは欠かせません。弊社の名前を出せば、余所のダイバーさんともコラボしやすいでしょう」


「治安局にもコネがありますの。裏で連絡を取ったりと、ちょっとした融通が効きますよ」


「こほんっ。今のはオフレコでお願いします」



 シルヴィアがうっかり口を滑らせたのか、孤杉が慌てて咳払いをする。

 流れを変えようと孤杉はマサトに問いかけた。



「ここまでお話してどうでしょう? 私たちの事務所に興味を持たれたのでは?」


「そうですね……」



 事務所に入るのはメリットばかりだ。断る理由が見当たらない。

 だが、マサトにはひとつ懸念があった。孤杉に問いかける。



「事務所に入ったら退魔師チャンネルはどうなりますか?」


「事務所の規定で名称を変えていただくことになります。衣装や武器もこちらが用意したものを使用していただきます」


「配信内容は?」


「タレントに危険が及ばないよう安全な狩り場での探索をお願いしています。シルヴィアが前回行っていた下層でのソロ探索は、イレギュラー中のイレギュラー。規則違反です」


「そうなりますわ……」


「そんな調子だからネクロオーガなんて危険なモンスターに襲われるんです。これに凝りたら無茶はしないこと。いいですね」


「はい……。申し訳ありません……」



 孤杉が説教をするとシルヴィアは肩を落としてしまった。

 いつもこんな調子で叱られているだろう。



「配信のサポートとプロデュースは?」


「精鋭スタッフが万全のバックアップを行います。費用は当然、弊社持ちです」


「なるほど……。よくわかりました」



 孤杉の返答にマサトは一度だけ頷いて――

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