第9話 鬼バズった朝
「登録者10万人……!? たったの一晩で!?」
「今は口コミで広がってるだけだからその数字だけど、これからもっと増えるよ」
ミコトはそう言ってリビングのテレビをつける。
テレビの画面には……。
・【特集:闇バイトによるモンスター密猟の実態に迫る】
・【新進気鋭のダンジョンダイバー現わる!】
・【大手ダンジョン配信事務所D-Live、コンビニとのコラボ実施中】
・【ダンジョンハザード警戒月間:不審な魔力を感じたら治安局にお電話を】
という4つのニューストピックが映し出されていた。
「ニュースでもやってる。『新進気鋭のダンジョン
「もしかして……」
「お兄ちゃんのことだよ。名前と顔もバッチリ出てる」
「えええええええっ!? 僕がテレビのニュースに!?」
「シルヴィアちゃんを助けたのが大きかったね。人気チャート1位の配信であれだけの活躍したんだもん。そりゃあ有名になるよ」
「そういうことか……」
「認知度上げるために配信やってたんでしょ? よかったじゃん」
ミコトは自分の頭に両手を当てて「ピョコピョコ」と動かし、キツネ耳のジェスチャーを行う。
「霊力を感じない? アタシはお兄ちゃんみたいに霊感ないから、そういうのよくわからないけど」
「あっ、また耳が生えてるのか。さっき隠したばかりなのに」
「別に隠さなくてもいいのに。可愛いよその耳。ケモラーに一定のニーズがある」
「他人事だと思って。外で耳を見せたら職質されるでしょ。モンスターが外を歩いてるってさ」
「田舎と違って都会はそういうのに寛容だから大丈夫だよ。コスプレだと思われる」
「コスプレして学校に行くのは、それはそれで痛い子だろう……」
マサトはため息まじりにキツネ耳を引っ込める。
探索者がスキルを使う際に魔法的なエフェクトが発動する。
中には体が変化するパターンもあるので、ダンジョン内ならケモ耳が生えても不思議に思われないのだ。
「半妖の体は不便だねぇ。ご先祖さまが狐の神様を宿した影響で、子孫までとばっちりを受けてる。もはや呪いじゃん。クーリングオフできないの?」
「それができたら苦労しないよ。それにもう割り切ってる」
マサトの家系で狐神の血が覚醒したのは、近代だと彼一人だった。
幼い頃は呪われた血を怨んだりもしたが、成長するにつれて自分の境遇を受け入れた。
「時間は誰にも平等に流れるからね。人を怨んでる暇があるなら自分の将来のために時間を使いたい」
「その歳で達観してるねぇ。じじ臭いとか言われない?」
「言われないよ。むしろ子供扱いされる」
「お兄ちゃん童顔だからね。たまに女の子に間違われるくらい。それも狐の神様の影響? 言い伝えだと、すごい美人さんなんだよね」
「笑いたければ笑えばいいさ。デザートは抜きね」
「ごめんなさい! 神さま仏さまお兄さまっ!」
「現金なやつめ……」
慌てて頭を下げるミコトに、マサトは呆れ顔を浮かべる。
ついさっきまで食べたくないとかゴネていたくせに、すぐ手の平を返す。
「これで目標達成だね。10万人もいれば、多少登録者が減っても霊力は維持されたままでしょ」
「それはまあ……」
「嬉しくないの?」
「嬉しいけど流れが早すぎて現実感がない……」
「しっかりしてよね。いつもポヤ~っとしてるんだから」
ミコトは文句を垂れつつ、マサトお手製の味噌汁を飲む。
「配信始めたときもそうだった。アタシがいないとドローンもろくに扱えなかったでしょ」
「あのときは本当に助かったよ。僕が今も配信を続けていられるのも、ミコトが手伝ってくれたおかげだね」
「ん……まあ。お兄ちゃんは機械オンチだからそれくらいは……」
マサトが素直に褒めると、ミコトはほんのり頬を紅く染めてそっぽを向く。
人気がない頃にチャンネル登録していた唯一の人物は、ミコトだった。
恥ずかしくて口にしないが、これまでずっと陰ながら応援していたのだ。
(僕が腐らずにいるのもミコトのおかげだ……)
世界中が敵に見えてもミコトは味方でいてくれた。
顔を上げて周りを見回せば、他にもマサトを支えてくれた人がいた。
退魔術を教えてくれた父のように。美味しいご飯を作ってくれた母のように。
「改めてありがとう」
「むぅ……。その笑顔禁止。調子くるっちゃう」
ミコトは頬を紅くさせながら味噌汁を飲む。
実の兄だが、柔らかな印象のある笑顔にドキっとさせられる。
「お礼がしたいならアタシの問題を解決してくれる?」
「困りごとがあると言っていたね」
「そう! 入学したばかりなのに身バレしたんですけど!」
ミコトはそう言って茶碗を置くと、自分のスマホをマサトに見せた。
スマホの画面にはクラス内チャットが表示されていた。
”兄貴と同じくおまえも退魔師なの?”
”悪霊退散www悪霊退散www”
”巫女服着て登校しなよ。バズるよ”
”いますぐお兄さまに会わせて!”
”【即決】10万まで出します。お兄さまの靴下をください”
「靴下なんて買い取って何をするんだろう。食べるの?」
「なに他人事みたいに言ってるの。こうなったのも全部お兄ちゃんのせいなんだからね。死んで詫びろ!」
「あはは。死ぬのはやだな~」
「アタシは目立ちたくないの! 退魔師にも興味がない。ただ静かに推しを愛でて暮らしたかったのに!」
ミコトは自分のスマホを握りしめて涙ながらに嘆く。
スマホの待機画面にはミコトの最推し”氷の
(あ……っ。どこかで見たことあると思ったらミコトが推してたのか)
「ちょっと聞いてるの!?」
「ああ……。けど、どうしてこんなことに」
「実名でチャンネル開いてるからでしょ。家族も高校も特定するのは簡単だよ」
「あ~……。誰かがネットに情報を流したのか」
「ネットでもリアルでもお兄ちゃんの話題で持ちきりだよ。クラスの女子が勝手にファンクラブ作るほどにね」
「僕にファンクラブ? あはは。ないない。ミコトが推してるアイドルじゃないんだから」
「笑っていられるのも今のうちだよ。お兄ちゃんに現実を見せてあげる」
***
朝の登校風景。
「きゃーーー! マサトくんよーーー!」
「こっち向いてお兄さま~~~!!!!」
ミコトの言う通り、マサトは女子生徒から黄色い声援を浴びていた。
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