06.ダイウェルの依頼
「あと一つ残ってる。でも、それについては俺達だけじゃ、絶対に不可能なんだ。それを手伝ってほしい」
「じゃ、泥棒の片棒を担ぐんですか? あたし……この年で前科持ち……」
まさか依頼が「泥棒の手伝い」とは思わなかった。
「逮捕されなければ、前科はつかないだろうが。そもそも、捕まるようなドジは踏まない。それに……元々これはリブラッドにあった物ばかりだ。俺達にすれば、返してもらってるようなものだな」
「クリムゾンブラッドとかいう宝石が? 他のも?」
「頭がいかれた奴らが作った物だ。こういう地雷的な物を、こっちでばらまくのが好きな奴がいてな」
盗まれた全ての品は、いわく付きの物ばかり。オカルトマニアなら喜びそうな危険物だが、地球界の物ではなかったのだ。
「そうなんですか。あの……達って、誰のことですか?」
俺達がやった。俺達だけじゃ、不可能。
ダイウェルの話では、明らかに複数いる。
「グレーデン、カムラータ、ディアラン、ノーゼン。で、俺」
その名前を聞いて、アシェリージェはまた目を見開く。
「えっと、この前あたしがお会いした方ばっかり、ですよね?」
リブラッドのトップの名前ばかりが並んでいる。
「そうだ。ついでに言うと、
アシェリージェはさっきから見開きすぎて、目の周りが疲れてきた。
「どうしてそんなことに……」
「罰ゲームでな」
その言葉を聞いて、立ち話できないはずだ、とアシェリージェは思った。
☆☆☆
ダイウェル達は、アシェリージェの世界で言うところの「ポーカー」のようなカードゲームをしていた。
メンバーは、アシェリージェが会った五人と、マージェスト。数分だけ顔を合わせた、彼らの上司である。
ゲームはもちろん、仕事の時間外で、だ。たとえ世界のトップだとしても、その辺りの節度はちゃんと守っている。
この日は、マージェストの一人勝ちで終わった。まぁ、こういう日もある。
が、それで終わらないのが、彼らのゲームだ。
「さぁ、何をしてもらおうかな~」
本日圧倒的勝利を収めたマージェストは、とても嬉しそうな顔をしている。勝利者は、敗北者に対して何でも命令できるのだ。
もちろん、マージェスト以外の誰かが勝ったとすれば、マージェストに対して命令できる。仕事上の上司だろうが、そんな地位や役職など関係ない。
彼らは時々、こんなルールのゲームをするのだ。
ゲームの内容はその時によって変わるが、ゲームそのものを決めるのもその時による。じゃんけんだったり、くじだったり。
上司に命令できる機会なんて、そうそうあるものではない。この時とばかりに全員が張り切るのだが……この日は惨敗だった。
敗者に何をさせるかは、その時の勝利者の性格にもよる。他愛のないものだったり、とんでもないものだったり。
マージェストの場合……時々とんでもないことを言い出すので、油断できない。仕事に支障が出かねない時でも、部下にやらせておけ、で終わってしまう。
パワハラになりかねないが、あくまでもゲームの一環なので、文句は言えない。
「神気なしで、何かしてもらおうかな。地球界で」
その言葉に、五人の目が点になる。
「神気なし……で?」
代表して、グレーデンが質問する。
「そう。その方が面白いしね。何か……何がいいかな」
マージェストだけがとても楽しそうだ。その頭の中で、どんな計画が形作られているのか。五人は死刑執行を待つような気分である。
「ああ、そうだ。昔、地球界へ持ち込まれた厄介な物が、最近になって掘り出されたらしいと聞いた。それを回収してもらおうか。行くついでだから、他にもいくつか」
一つでいいだろ! とは思ったが、勝利者には逆らえない。
マージェストの思い付きで、五人は神気をほぼ抜かれた状態になり、さらには他にもあれこれと妙な設定付きで地球界へと放り出された。
☆☆☆
「すごい罰ゲームですね……」
話を聞いて他に言い様もなく、アシェリージェはそれだけを言った。
「って言うか、世界のトップの方々が集まって、遊んだりするんですか」
地位の高い人間が醜悪なゲームをし、そのとばっちりが力のない庶民にくる。
そんなストーリーの物語はたまに見掛けるが、そういうことを彼らもするのだろうか。
「ゲームをする時は、役職その他関係なし。あくまでもプライベートで、これは純粋な遊びだ。この前は言ってなかったか。俺達はみんな、地球界で言うところの幼なじみって奴だ」
仕事を始めたのは同じ年、と聞いたような気がするが、全員が幼なじみとまでは知らなかった。
「遊ぶ時は本当の遊びで、罰ゲームはリアルに大変なことをするんですね」
何だか、ものすごくリスクのある遊びに思える。
純粋な遊び、ということだが、それはつまり息抜きということだろうか。アシェリージェがそんなゲームに参加しても、とてもじゃないが楽しめないし、絶対息抜きにはならない。
「全く神気がない訳じゃないが、使えば消費する体力がいつもと桁違いだ。何かやっても、後でぶっ倒れてしまったら意味がないからな。事実上、神気はないんだ」
そんな状態で地球界へ来ると、五人はマージェストから言われた品々を盗み、もとい回収に回った。
回収したものは、ピンキリであっても、鑑定すればそれなりに高値が付けられる。しかし、どれだけ高級品だろうが、彼らにとってその点はどうでもいい。金銭が目的ではないから。
問題なのは、回収した品々の中身や素材そのものなのだ。
金の林檎は普通の金でできているが、種と呼ばれているものがよくない。その種というのが、人間の神経に悪影響を与えてしまう石なのだ。
実際のところは、少し離れていたり、ガラスなどの
蝋人形は、骨組みに使われた針金がよくない。マッドサイエンティストもどきの、迷惑な発明家が作った物質である。
人間の負の感情を吸い取る性質を持ち、やがて意思を持つようになってしまう。人を襲うようになったのは人形ではなく、中にある針金のせいなのだ。
絵画については、使われた画材がリブラッド産のもので、やはり魔物が憑きやすい状態になっている。地球界の小物な霊が憑いたりして、いたずらしているのだ。しかし、放っておけば、いつかもっと面倒なことになる。
ルビーと思われている宝石は、リブラッドにいる魔物の心臓が結晶化したものだ。何でもない浮遊霊が影響を受け、悪霊化しかねない。
実際、何人もの人間が亡くなっているので、かなりよくない状況へ向かいつつある、と言えるだろう。
「え、リブラッドって、魔物がいるんですか」
「ああ、いるぞ。単なる獣より、ちょっと面倒な力を持った奴がな。能力は大したことは……俺達から見ればないけど、一般市民にとってはそうじゃない場合もよくある」
リブラッドであれこれ解説される前、アシェリージェはマージェストの部屋や、建物の屋根に飛んでしまった。よくそんな魔物がいる所へ飛ばずに済んだものだ、と今更ながらにほっとする。
それはともかく。
追跡調査をしっかりせずに今まで放っておいた……じゃなく、調査を保留にしていた代物ばかりだから、今更焦って回収することもない。
だが、そこは罰ゲーム。
行ったついでに回収してこい、というのがマージェストの命令である。それは相応の担当者がやるべきだろう、とは思うが、勝利者には逆らえない。
「神気がないってのは、本当に面倒だよな。いつもなら一瞬で行ける場所へも、何時間も飛行機だの車だのを乗り継いで行かなきゃならないんだから。回収しろって言われた物がいやがらせかと思うくらい、あっちこっちの国に散らばってやがる。おかげで、想像以上に苦労したぜ」
思った瞬間、目的地へ行く。そんな状態に慣れていると、今の状態がひどくもどかしくなる。のんびり車窓を楽しむ旅ならいいのだが……。
「でも……どこか楽しんでません? カードを残したりして」
神気はなくても、人間以上の技術はある。物語に登場するような、怪盗もどきの真似をするのは簡単。カードを置いて行ったのは、律儀な使者の名刺代わりだったのだ。
もっとも、本当に「異世界の使者」の仕業だと思う人間など、いないだろう。
「あのカードの名前、そのまんまじゃないですか」
「嘘をついてるんじゃないから、いいだろ。やり方は泥棒みたいだが、俺達にすれば自分達の世界の物を返してもらってるだけだし、そういう意味では泥棒じゃない」
嘘つきは泥棒の始まり。だが、泥棒じゃないし、嘘つきでもない。なので、彼らにすれば「カードに本当のことを書いておいた」となる。
「でも、それで人間が納得するかしら」
「納得しなくても、あれらは人間がもてあました物ばかりだ。周りが騒いだとしても、美術館や博物館の責任者は今頃ほっとしてるかも知れないぜ」
あっても嬉しくない物なら、そうかな、とも思える。犯人は絶対捕まらないから迷宮入りとなって、警察にすれば嬉しくない事件だろうが……。
「それで、あと一つ残ってるってことなんですか? やっぱり、持ち主が死んじゃうような物とか」
「いや、まだ死者は出てない。お前、エール遺跡って知ってるか? 三年前にドラードって国で見付かった遺跡だが」
「ドラードって、五年に一度のお祭りがある国ですよね。ちょうどもうすぐ始まるってニュースで……って、遺跡とは関係ないか。ごめんなさい、遺跡は知りません」
「興味がなければ、そんなもんだ。とにかく、その遺跡の中で、黒水晶が安置されているのが見付かった。最後のターゲットが、それだ」
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