04.帰宅
「地球界と同じで、リブラッドにも犯罪者って奴がいる。そいつが、地球界へ逃げることもあるんだ。そういう
「じゃあ、あたしも形だけってことですか?」
「ああ。他の人間に余計な話はしないでくれって、頼むくらいだな」
話したところで、相手が信用するかは別問題。アニメや小説に影響を受けすぎ、と笑われるのがオチだろう。
地球界の人間が自力でリブラッドへ来ることは、ほぼ不可能。なので、話が真実だと証明できないし、協力も本当に形だけの依頼だ。
ちなみに、ダイウェルは犯罪者を追う、つまり地球界で言う警察のような仕事をしている。気配を感知し、そちらへ飛んで捕縛するのだ。
アシェリージェを彼が捜しに来たのも、気配を追うことに一番
トップの地位なら彼自身が動かなくてもよさそうだが、リブラッドでは力を持つ者が動く、というのが当たり前。上司だから、と席についたままふんぞり返ったりはしない。
なので、ダイウェルも部下と現場へ向かう。
カムラータは情報収集と分析、ディアランは安全なエネルギー吸収研究の部署にいて、どちらも最高責任者。
ノーゼンはさっきアシェリージェにしたように、特殊能力を得てしまった人間から力を取り除く神気を持つメンバーの統括を、そしてグレーデンは副司令官をしている。さっきアシェリージェが会ったトップ、マージェストの次に偉い地位だ。
話を聞いて、本当にすごい人の真ん中に出て来ちゃったんだ、と改めてアシェリージェは恐縮した。
こうして落ち着いて座り、彼らの顔を見ていると……ダイウェルだけでなく、みんな顔立ちがいいことに気付く。
角はともかく、彼らが地球界へ来たら絶対もてるだろうなぁ、とそんな場合ではないが、アシェリージェはこっそり思った。
「家に帰っても、アシェリージェのテレポート能力は残ってる。さっきまでみたいに勝手にどこかへ飛ぶってことはもうないけど、あまり使わないようにね。私達みたいに完全にコントロールできるかははっきりしないし、出た場所が交通量の多い道路の真ん中だったりしたら大変だからね。見知った池のそばにって思っても、実際に飛んだら水の中に出た、なんてこともありえるから」
「は、はい……」
ノーゼンに怖い可能性を言われ、アシェリージェは少し青ざめながらうなずく。
物を浮かせるようなタイプの力ならそういった問題はあまりないが、テレポートは便利なようで制御できなければ実はかなり危ない力だ。
「他人の前にいきなり出たら、お互いびっくりだよな。知らない相手なら逃げてそれっきりにもできるけど、友達とかだったら言い訳に困るよー」
ディアランは笑いながら言うが、実際にそうなったらかなり困りそうだ。
「その時はさっさと逃げて、後で聞かれたら、夢でも見たんじゃないの? で通すしかなさそうじゃない?」
どこまでごまかせるかはともかく、いざとなればカムラータの言う方法で乗り切るしかなさそうだ。その前に、アシェリージェが無闇にテレポートしなければ済む話、ではある。
「我々の手の内としては、こんなところか。何か聞きたいことはあるか?」
「えっと……あたしはどうやって帰ればいいですか」
ノーゼンに力を抜かれたらしいから、テレポートでは帰れない。そもそも、あまり使うな、と言われたばかりだ。
でも、ここと自分の家では次元が違うらしいので、歩いて帰れない。
「俺が送る」
ダイウェルにさらっと言われた。
「他の奴でも問題ないだろうが、関わりついでだ」
「こん中じゃ、地球界へはダイが一番行き慣れてるもんね」
ディアランが言うように、犯罪者を追って地球界へ行くことが多いダイウェルが、この中では一番の適任者だ。
「あ、そうだ。マージェストに後で報告するって言ってあるんだ。グレーデン、代わりに頼む」
「ああ、やっておく」
こうしてリブラッドのトップ達に見送られ、アシェリージェはダイウェルに連れられて無事に地球界、つまり自分の住む街へ帰って来た。
出た所は、アシェリージェが通う高校のすぐ近くにある脇道だ。最近は陽も長くなってきている。空の色からして、夕方の五時前後といったところか。周囲に人影はない。
「家の正確な位置がわからなかったから、ここにした。ここからなら、自宅へ帰れるか」
「はい。そんなに遠くないので。ありがとうございました」
屋根の上に出てしまった時は、もう自分の家には帰れないかも、と思った。見知った光景を目にして、アシェリージェは今日という日の中で一番ほっとする。
それから、知っている場所を見て、思い出した。リブラッドへ飛んでしまう前のことだ。
学校から帰ったら、母親は買い物に出ていたようで誰もいない。とりあえず手を洗い、ジュースでも飲もうかな、と冷蔵庫を開けようとした時にリブラッドへ飛んだのだ。
まだ着替える前だったから、制服のまま。スクールバッグは階段にぽんと置いていたので、リブラッドでは手ぶら状態だった。もし持ったままだったら、亜空間に放り出していたかも知れない。
「色々ご迷惑をかけて、すみませんでした」
「いや、気にするな……って言うより、俺達の技術がまだ未熟なために、こっちの世界に迷惑をかけているんだ。アシェリージェが気に病むことじゃない」
そう話すダイウェルが、少し後ろを見る。人の気配を感じ取ったのだ。
アシェリージェはともかく、彼の鮮やかな赤い髪は目立つ。髪はともかく、角を見られて騒がれるのも、面倒だ。
「それじゃあ、俺はここで。気を付けて帰れよ」
「はい。ダイウェルさんも気を付けて」
来慣れている、とは聞いたが、アシェリージェは他に言葉も思いつかず、そう口にする。ダイウェルは軽く手を上げ、次の瞬間にはアシェリージェの前から姿を消していた。
最初はよくわからなくて怖かったし、すっごく緊張したけど……こうして帰って来たら面白い体験と思えるよね。それに……。
耳元でダイウェルがささやいた声が、まだ残っているような気がする。
思い出すと、アシェリージェはどきどきしてきた。
う……あの声、反則だよぉ……。
☆☆☆
朝刊の一面記事に、でかでかと派手な見出しが踊る。
子どもの拳大もありそうなルビーの大きな写真も見出しの横に掲載され、スポーツ新聞の様相を呈していた。
「あらら、またやられたんだ。今度は何?」
アシェリージェは、テーブルに置かれた新聞を手に取った。
見出しには「クリムゾンブラッド盗まれる!」とあり、さらにその横の見出しに「異世界の使者、再び」などと書かれていた。
「えー、クリムゾンブラッドって、あのクリムゾンブラッド? うっわー、物好きな泥棒ねぇ」
ここ半月近くの間で「異世界の使者」と名乗る泥棒が世間を騒がせている。なぜかいわく付きの品々を盗み、自分が盗んだことを主張するように「異世界の使者」と書いたカードを残しているのだ。
最初は、博物館に展示されていた「アダムの林檎」だった。
純金でできたリアルな大きさの林檎なのだが、その中に「アダムが食べた林檎の種」が入っている、と言われている。
その中に本当の種が入っているのかどうかはさておき、それを手にした人間は必ず言語障害や脳に異常をきたす、と言われているような代物なのだ。
怪異が重なるにつれて、知恵の実であるはずの林檎が逆に知恵を奪う、などと恐れられるようになり、やがて個人ではなく博物館の所有となった。
二つ目は「フェレスの肖像画」だ。
何の変哲もない中年紳士の肖像画なのだが、夜中に絵から抜け出して歩き回る、目が動く、舌が異様な長さで口からはみ出す、など、実質的な傷害こそないものの、不気味な目撃談が後を絶たない。
これもまた、個人から美術館へ寄贈された。そう言うと聞こえはいいが、持ち主が押しつけたのだ。
三つ目は「蝋人形」である。
某国の女王を模したもので、ある街の蝋人形館に展示されていたが、それがいきなり人に襲いかかった、という噂がたった。首を絞められそうになった、という人もいる。
最初は客の方へ倒れかかっただけだ、と思われていた。だが、それが何度も続き、しかも腕の形や表情などが明らかに変わっている。それらを見て、館の責任者は手や足をテグスで固定し、一番奥で展示するようになったという、不気味な人形である。
そして、報道によると「異世界の使者」によって、四つ目が盗まれたようだ。
ターゲットとなったのは「クリムゾンブラッド」と呼ばれる、血の色をした大粒のルビーである。まさに、新聞に載っている写真の宝石だ。
所有者はそのルビーを手に入れた直後、まるで人生の絶頂のような幸福を手にする。だが、その後で必ず所有者と因縁のある誰かに胸を一突きにされ、まるで大輪の赤薔薇を胸に飾ったかのような状態で亡くなってしまう。
人間いつかは死ぬのだから、その前に最高の幸せを得たい、と思う者はたくさんいる。だが、さすがに死者の数が二桁に突入すると、手を出そうとする者は減っていった。
そして、これもまた宝石博物館に寄贈されていたのだが……。
高校生のアシェリージェがそんな噂を知っているくらいなのだから、かなり有名かつ危うい代物だ。都市伝説かも知れないが、実際に亡くなっている人はいるらしい。
それを盗んだとなれば、女子高生に「物好き」と言われても仕方ないだろう。
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