03.疑問解消

「グレーデンがそう言ってるそばから悪いんだけど、しばらくの間だけ手を縛らせてもらうよ」

「え……」

 カムラータがロープを取り出し、素早くアシェリージェの両手首を拘束する。抵抗する暇もなかった。

「無理に動かさないようにね。すれると痛いから」

 アシェリージェの指より太い荒縄で、確かにほどこうとすれば肌にこすれて傷ができそうだ。

 太さこそ違うが、ささくれた綱引きの綱みたいに見える。テレビドラマで誘拐された人間が縛られているものと、目の前の縄が似ているような気がした。

 どうしてこんなこと……。あたしがここから逃げられるはずないのに。逃げたって、今みたいにすぐ連れ戻されるんだし。や、やっぱり、何かされるの? 傷付ける気はないって言われたけど、意識がなくなったら文句も言えないし。

 アシェリージェが呆然として、縛られた自分の手を見ていると。

「これさ、今のアシェリを守るためのもんだから。今すぐに用意できるのが、こんな無粋できったねーのしかなくてさ。ごめんよ」

 ディアランが両手を合わせ、申し訳なさそうな顔をする。

 嘘やごまかしって訳じゃない……のかな。

 傍目はためには、明らかに物騒な状態にされている。助けて、と叫んでしかるべきだ。

 まったくもって状況が理解できないアシェリージェだが、彼らの言葉や表情を信じるなら、これは「アシェリージェのためにしていること」らしい。

「詳しくは後で。このままだと無意識にランダムな場所へ飛んでしまうから、その力を抜くね」

 いつの間にかアシェリージェの後ろへ回っていたノーゼンが、彼女の背中に手を当てる。

 あれ、今まで自覚してなかったけど、もやもやしてたものが消えていく感じ?

 自分の後ろなので何をされているかわからないが、アシェリージェは身体が少し軽くなったような気がした。

「んー、予想はしていたけど……」

 後ろにいるノーゼンの声が、何やら困惑している。

「やはり、全部は無理か?」

 グレーデンの言葉に、ノーゼンがうなずく気配がした。

「でも、無意識に飛ぶことはなくなったんだろ?」

 ダイウェルが確認するように言い、またノーゼンがうなずく気配がした。

「がんばっても、半径一キロの範囲ってところかな」

「だったら、それでいーじゃん。無意識に次元を行き来するよりさ」

「うんうん。ひとまず、これで落ち着いたってことで、いいよね?」

 ディアランの軽い口調にうなずきながら、カムラータがアシェリージェの拘束を解いた。

 思っていた以上に早く、手が自由になる。拘束時間は二、三分といったところだ。

「傷は……できてないね。よかった」

 カムラータが、アシェリージェの手首をチェックする。

 アシェリージェは驚くと同時に「よくわからないけど、本当にあたしのためだったんだ」と改めて納得した。

 どうやらこれは、テレポートできなくする効果を持つらしい。ただ、荒縄状なところを見る限り、たぶん「いい人」に使われる物ではないだろう。

「ようやく、ゆっくりと話ができそうだな」

 いつの間にかイスが一つ増えていて、ダイウェルがアシェリージェの隣に座った。

 やっとアシェリージェの疑問が解消されそうだ。

☆☆☆

 ここリブラッドは、アシェリージェのいる地球とよく似た環境なのだが、エネルギー源が違う。

 地球でのエネルギーは太陽の光であったり、ガスや石油などだ。しかし、リブラッドではそういったエネルギー資源はほとんど得られず、太陽の代わりとなる恒星の光はかなり弱い。

 さっき、アシェリージェが屋根に飛んでしまった時に見た景色は夕暮れのようだったが、あれがリブラッドでは昼間の明るさとなる。

 そんな環境で彼らが利用しているのが、地球界の持つエネルギーだ。色々な次元を探して、ようやく見付けた使い勝手のいい活動力。

「地球のエネルギー、ですか?」

「いや、地球界だ。人間界って言う方がわかりやすいか? 地球の人間は色々なエネルギーを空間に放出していて、それを俺達が吸収し、動力源に変換するんだ」

 喜びや悲しみ、憎しみといった感情から生まれるエネルギーがあり、人間には見えていないが、それらが大気中に放散されている。

 リブラッドは、そのエネルギーを利用して生活しているのだ。

「人間から生きる力を奪ってるって訳じゃ……」

「ない。仮にそんなことをしていたら、そのうち人間は滅亡しかねないだろ。そうなると、エネルギーがなくなる訳だから、こっちも滅亡するからな」

 ダイウェルの話を聞いて、自分達が利用できないエネルギーなら問題ないよね、とアシェリージェは素直に受け止める。

「色々な感情から生まれるエネルギーってことは、あまりよくないものもあったりするんですか」

「戦争をしている地域には、やっぱり負のエネルギーが多いよ。だけど、プラスだけではバランスが取れないからね。最終的に取捨選択はするけれど、ほとんどのエネルギーは活用できているんだよ」

 ノーゼンがアシェリージェの前にカップを置きながら、補足する。カップの中には、紅茶のような色の液体が入っていた。

「こっちのお茶だけど、地球界の人間に影響はないから」

 人間が受け付けない食料もあるが、ほとんどの物は問題ないらしい。

 アシェリージェは恐る恐る口にしてみたが、本当に紅茶みたいな味でおいしかった。こんな状況でお茶を飲めるとは思わなかったので、何となくほっとする。

 色々なことがあったし、緊張したしで、かなりのどが渇いていたことに気付かされた。

「で、アシェリージェが突然テレポートするようになった理由だが、エネルギーを吸収する際にどこかで不具合が起きているらしい。そのために、ごく少数ではあるが、地球界の人間には本来ない能力が現れてしまうことがある」

 アシェリージェの場合は、テレポートの力が現れた。他にも、念力や予知などの、いわゆる超能力と呼ばれる力を持ってしまう人間がいる。

「我々の力がどこかで逆流しているのでは、と考えられたりもしている。が、原因は不明だ。長年、調査は続けられているのだが」

 グレーデンの説明に、アシェリージェは首をかしげた。

「我々の……力?」

 力が逆流している。アシェリージェは、それためにテレポートの力を得た。

 つまり、ダイウェル達にはテレポートの力がある、ということ。

 そう言えば、さっき屋根から落ちそうになった時、ダイウェルさんが突然現れてた。それに、空中に浮いてたよね。マージェストさんの部屋を出てここへ戻る時も、一瞬だったし。そういうことか。テーブルの上から知らないうちにおりてたのも、テレポートさせられてたんだ。

「リブラッドでは、神気しんきと呼んでいる力だよ。アシェリの世界だと、超能力とか魔法とかって呼ばれたりする奴」

「こっちじゃ、ほぼ全員が神気を一つは持ってんの。おいら達はかなりの種類を持っててさ。能力って言い方をしたりもするよ。アシェリはその方がわかりやすいかな。ケガを治したり、色んなやり方で攻撃したり。あと、姿を変える力もあるよ。で、それを見抜く力を持つ奴がいたりしてさ」

 カムラータやディアランが、力の説明をしてくれる。アシェリージェとしては、中身より力の呼び方が不思議な気がした。

 角があって見た目は鬼っぽいのに、力は「神の気」なんだ……。

 どうしてそんな呼び方なのか気になったが、細かいことを気にしていると話が前に進まない。そこは「そうなんだ」とスルーすることにした。

 その神気には、地球界の人間がアシェリージェのような力を得たことを感知するものもある。力を持ってしまった人間を特定するのだ。

 さらには、その人間に現れてしまった力を抜く、という神気を持つ者もいる。さっき、ノーゼンがアシェリージェに使った力だ。そうすることで、人間は元の状態に戻る。

 突然現れた力に翻弄され、危険な状態になる人間もいるので、リブラッドではそういう人間がいないか、日々監視しているのだ。

「ただ、我々の手が追い付かないことも多い。超能力が使えるとか言って、世間に現れる人間がいたりするのを見聞きするだろう? あれは、ほとんどリブラッドが原因だ。ごくまれに、本当に自分の力だという場合もあるが」

 アシェリージェの場合も、リブラッドのエネルギー吸収の弊害で力を得てしまった。

 グレーデンが最初に謝罪したのも、こちらの不手際で、というものだったのだ。

「さらに、たまーにだけど、アシェリージェみたいに力が強すぎて完全に無力化できないって場合があるんだ。私がさっきやったところで、ぎりぎり。あれ以上すると、アシェリージェの身体によくないから」

「こういう場合、俺達は手の内を明かすことにしている。警告しておかないと、どういう危険があるかわからないからな」

 次元を飛び越える程に強い、テレポート能力。

 今はノーゼンによって、能力がかなり弱まった状態。だが、完全に力を消されなかった。つまり、まだテレポートはできる。……できてしまう。

 アシェリージェはそのために、こうしてリブラッドや神気について説明をされているのだ。

「警告ついでに、もし地球界で何かあったら協力してくれって依頼もしておく。ほとんどそういう機会はないけどな。まず、会うことも滅多にないし」

「協力って、何の?」

 テレポートで協力、となると、何かを運ぶくらいしか思い浮かばない。

 だが、彼らもテレポートはできそうだし、だとしたらアシェリージェが協力する場面はないような気もする。

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