第9話 闇に潜む顔
森山彩香との対話から、「プロジェクトXX」が高瀬健一の死に深く関係していることを掴んだ芹沢孝次郎。しかし、その全貌は未だ見えず、さらなる手がかりを求めて彼は次の一手を打とうとしていた。
翌日、芹沢は再びライフクエストを訪れた。前回よりも硬くなった空気がオフィス全体に漂い、社員たちの表情にはどこか緊張が見え隠れしていた。そんな中、広報部の一角で森山彩香がパソコンに向かっている姿が目に入る。
「森山さん、少しだけお時間いただけませんか?」
芹沢が声をかけると、森山は一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに彼を応接室へ案内した。戸惑いを隠せないまま、彼女は椅子に腰を下ろす。
「芹沢先生、また私に何か…?」
芹沢は飄々と笑みを浮かべながら言った。「いやいや、前回お話ししたプロジェクトXXについて、もう少し詳しく知りたくてねぇ。森山さんが知っている範囲で構いません。何か教えていただけませんか?」
森山は沈黙した。指先でテーブルを軽くなぞる仕草が、彼女の迷いを物語っている。
「プロジェクトXXは…特定の薬品に関する研究開発プロジェクトでした。ただ、それ以上の詳細は私にも分かりません。ただ…」
彼女は少し声を詰まらせた。「ただ、社内で“人体実験が行われている”という噂がありました。それが本当かどうかは分かりません。でも、高瀬部長はそれに強く反対していて…」
芹沢の表情が少し変わる。「反対していた?それは興味深いですねぇ。何か具体的に言及していたことはありませんか?」
森山は目を伏せ、握りしめた手を緩めることなく続けた。「高瀬部長は“これ以上この研究を続けるべきではない”と言っていました。倫理的に問題があるだけでなく、会社全体の信用を揺るがす危険がある、とも。」
「ふむ…それで、彼は告発しようとしていたのかもしれませんねぇ。」
芹沢はメモを取りながら、静かに言葉を付け足した。「その矢先に、命を落とすことになった…と。」
森山は小さく頷きながら呟いた。「ええ…でも、それが事故だったのか、それとも…」
彼女の声が小さく消えた。芹沢は優しく微笑み、「ありがとうございます、大変な中お話しいただいて」と感謝を述べた。
その日の午後、芹沢は人事部長の野口達也に会うために、再びライフクエストの応接室を訪れた。広報部から報告を受けていた野口は、芹沢の再訪にわずかに表情を曇らせたが、それをすぐに平静な顔に戻した。
「芹沢先生、またお越しいただきありがとうございます。今日はどのようなご用件でしょうか?」
芹沢はにこやかに笑いながら椅子に腰を下ろした。「いやいや、大したことではありませんよ。ただ、プロジェクトXXについて少し気になりましてねぇ。」
その言葉に、野口の目が一瞬だけ鋭さを帯びた。だが、すぐに笑顔を作り直し、平然と答えた。「プロジェクトXXですか?あれはすでに終了した案件で、今は社内でもほとんど話題になっていません。」
芹沢はゆっくりと頷きながら、手帳を開いて中に書かれた高瀬健一のメモを示した。
「高瀬さんは、このプロジェクトに強く反対していましたよねぇ。それが原因で命を落としたのではないかという話を耳にしまして。」
野口の口元がわずかに歪む。だが、すぐに冷静を取り戻し、「先生、それは憶測に過ぎません。高瀬の死は警察によって事故だと判断されています。」と冷静に言い返した。
「ええ、それは分かっています。」芹沢は笑みを浮かべたまま続ける。「ただねぇ、野口さん。プロジェクトXXが倫理的に問題を抱えていたことを考えると、その隠蔽のために何かが行われたと考えるのは、自然ではありませんか?」
野口の目が鋭く光った。「先生、これ以上この件に深入りするのはお勧めしません。あなたが危険な立場に立たされることになりますよ。」
その言葉に、芹沢は笑みを深めた。「いやぁ、ますます興味が湧いてきましたよ。野口さん、人は隠そうとするほど、真実を語ってしまうものですからねぇ。」
その夜、芹沢は早川正樹に電話をかけ、これまでの進展を報告した。プロジェクトXXが人体実験を含む違法な研究であり、高瀬健一がその真実を告発しようとしたことで命を奪われた可能性が高いことを共有した。
「早川さん、どうやらこれは簡単に片付く話ではありませんねぇ。まだまだ掘るべき部分が多そうです。」
「先生、これ以上深入りすると危険ですよ。既に誰かに監視されているかもしれません。」
早川の言葉を聞きながら、芹沢はふと背後に視線を感じた。振り返ると、暗い路地の向こう側に停められた車の中から、無表情の男がじっとこちらを見ていた。
「早川さん、どうやらあなたの言う通りですねぇ。私たちの動きがバレているようです。」
芹沢は笑みを浮かべながら言った。
電話を切り、芹沢はゆっくりとその場を離れた。背後から感じる視線が消えることはなかった。
翌朝、薄曇りの空の下、芹沢孝次郎は早川正樹と共にライフクエストの本社ビル前に立っていた。ビルはガラス張りで反射する灰色の空が不気味に歪んで見える。周囲には忙しなく動く社員たちの姿があったが、どこかピリピリとした空気が漂っていた。
「いやぁ、こういう場所に来るたびに思うんですよねぇ。大きな組織というのは、外から見ると立派ですが、中は意外と腐っていたりするものですからねぇ。」
芹沢は皮肉を込めた口調で言いながら、ポケットから取り出した名刺を眺めた。
早川は苦笑いを浮かべながら答える。「先生、冗談にしては少し怖いですね。ここで何を掴むかで、私たちの命運も決まりそうです。」
芹沢は軽く肩をすくめ、「そうかもしれませんねぇ。ただ、私は人間の本性を見るのが好きなだけですから」と言い残して、ビルの中へと足を踏み入れた。
受付で広報部の森山彩香が芹沢を迎えた。いつもと同じ丁寧な笑顔を見せているが、その目はどこか落ち着きを欠いていた。会議室に案内される途中、ガラス張りの廊下から見える社内の様子に、芹沢は目を凝らした。
広々としたフロアには社員たちが忙しなく動き回り、それぞれのデスクには書類やパソコンが山積みになっている。しかし、その動きはどこか不自然で、まるで見られていることを意識しているかのようだった。
「森山さん、ここの社員さんたちは皆さんお元気そうですが、どこか緊張感が漂っていますねぇ。」
芹沢の言葉に、森山は小さく頷く。
「ここ数日、社内で監査が始まったという噂が広まっているんです。社員たちも落ち着かないのでしょう。」
森山の声には微かな震えがあった。その理由を探るように、芹沢は彼女の横顔をじっと見つめた。
「そうですか、監査ねぇ。それは興味深い話ですねぇ。」
芹沢は何事もないように会話を続け、やがて森山に連れられた会議室に入った。
室内にはすでに一人の男性が待っていた。内部監査部の井上慎一だった。前回の駐車場での接触以来、芹沢は再び彼と顔を合わせることになった。
「芹沢先生、またお会いできるとは思いませんでした。」
井上は緊張した表情を浮かべながらも、しっかりとした声で言った。
「いやいや、井上さん。あなたの協力には感謝していますよ。今日はもう少し詳しい話をお聞きしたくてねぇ。」
芹沢が席に着くと、井上はポケットからもう一つのUSBドライブを取り出し、机の上に置いた。
「これが最後の資料です。これ以上、私が関与するのは危険すぎます。」
その言葉には、明らかに恐怖が滲んでいた。
芹沢はUSBを手に取り、静かに頷いた。「分かりました。これだけでも十分です。井上さんの勇気に感謝しますよ。」
その夜、芹沢は早川のオフィスでUSBの中身を確認していた。薄暗い部屋にはパソコンの画面が青白く光り、二人の顔を照らしている。
USBに保存されていたのは、プロジェクトXXに関する最終報告書だった。その中には驚くべき記述が含まれていた。
「試験対象者:被験者A~H
目的:新薬XX-301の効果検証
結果:50%以上の対象者に深刻な副作用。死亡例も複数発生。」
さらに、報告書には高瀬健一の手書きのメモが添付されていた。
「この研究は、企業の利益を優先するために倫理を踏みにじるものだ。これを公にする必要がある。」
早川が画面に映るデータを見て小さく息を飲んだ。「これが…これが真実なんですね。高瀬部長はこれを止めようとして…」
芹沢は目を細めながらメモをじっと見つめ、低く呟いた。「そして、それが命を奪う結果になった…」
報告書の最後にはライフクエスト幹部たちの承認サインが記されていた。その中には、野口達也の名前も含まれていた。
「なるほど、野口さんもこの計画に深く関わっていたわけですねぇ。」
芹沢は静かに言った。
その時、突然電話が鳴り響いた。早川が慌てて受話器を取ると、相手は森山彩香だった。
「早川さん!…芹沢先生に伝えてください。私のいる広報部でも動きがあります。野口部長が誰かと秘密裏に会議を開いています。何かが動いている…」
電話の向こうから森山の息が荒く聞こえた。その声には明らかな焦りが混じっていた。
その夜、芹沢と早川は森山の連絡を受けてライフクエスト本社の外に向かった。夜のビルは静寂に包まれているはずだったが、一台の黒い車が裏口に停まり、何者かが密かに出入りしている様子が見えた。
芹沢はその様子をじっと観察しながら言った。「いやぁ、いよいよ核心に迫ってきましたねぇ。ここで何が行われているのか、直接見に行く必要がありそうです。」
早川は不安げに尋ねた。「先生、本当に大丈夫なんですか?相手は何をするか分かりませんよ。」
「それは分かっています。でもねぇ、こういう場面でこそ人間の本性が見えるんですよ。」
芹沢は飄々とした笑みを浮かべ、静かにビルへと足を踏み入れた。
次回予告
ライフクエスト本社で密かに行われる秘密会議。そこで明らかになる真実とは何か?そして、芹沢が直面する危険とは――次回、「闇を裂く光」――全ての謎が解き明かされ、事件は衝撃の結末を迎える。
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