第6話 嘘の向こう側

長谷川信也が黒幕であることが明らかになり、事件の幕は一応の閉じ方を見せた。片桐翔は利用された末に村上直人を殺す道具とされ、長谷川はそれを巧みに操って研究所の利益を守ろうとした。しかし、事件が終わった今も、芹沢孝次郎の表情にはどこか満たされないものが残っていた。


事件が解決した翌日、芹沢は研究所のカフェテリアに座り込み、コーヒーカップを回しながらぼんやりと考え込んでいた。そこへ、若手研究員の三浦千晶が現れ、恐る恐る近づいてきた。


「芹沢さん…すみません、少しお話してもいいですか?」


芹沢はコーヒーを一口飲みながら軽く手を振った。「もちろんですよ。事件が終わった後も、まだ何か引っかかることがあるんですかねぇ?」


三浦は頷きながら、椅子に座った。「実は、今回の事件で私が関与したこと…それがどうしても心に引っかかっていて…。片桐さんを信じてデータを渡したことが、こんな結果を生むなんて思っていませんでした。」


芹沢は静かに頷いた。「ええ、それは当然ですよねぇ。でもね、三浦さん。あなたが片桐さんにデータを渡したことだけが事件の引き金だったわけじゃない。それを利用した長谷川さんの策略があってこその結果です。それを忘れないでください。」


三浦は涙ぐみながらも芹沢を見つめた。「でも、もし私が渡さなければ…」


芹沢は微笑みながら言葉を返した。「人間というのはねぇ、誰かが自分の行動に責任を感じすぎてしまうと、心のバランスを失うことがあります。でも、あなたは今回の事件から学ぶことができる。重要なのは、これをどう受け止めて次に進むかですよ。」


三浦は涙を拭いながら小さく頷いた。「ありがとうございます…。少し気持ちが楽になりました。」


芹沢はその後、研究所の廊下をゆっくりと歩いていた。途中、村上直人のオフィスが目に入り、ふと立ち止まる。扉は開いており、中には村上のデスクや彼が大事にしていた研究資料がそのまま残されていた。


静かに部屋に入ると、芹沢はデスクに座り、村上が残した書類を一枚一枚眺め始めた。その中には、新薬の研究データや、研究所の利益配分に関する詳細なメモが含まれていた。しかし、ある一枚の紙が彼の目に留まった。


それは、村上が研究所の運営について懸念を記した手紙だった。その手紙には、次のような一文が記されていた。


「科学とは、真実を追い求めるための手段であるべきだ。しかし、この研究所では利益が真実を凌駕している。それがどれほど危険なことか、誰も気づいていない。」


芹沢はその文章をじっと見つめ、ゆっくりと息を吐いた。「村上さんは、ただの野心家じゃなかったんですねぇ。彼が目指していたのは、もっと大きなものだったのかもしれない。」


その夜、警部補と共に事件の総括を行うために警察署へ戻った芹沢は、最後に一つだけ警部補へ提案をした。


「警部補、この研究所の内部監査を徹底的に行うべきですよ。この事件をきっかけに、他にも隠された問題が見つかるかもしれませんからねぇ。」


警部補は眉をひそめながら答えた。「芹沢さん、あんたの言う通りだな。ここまでの事件を解決できたのも、あんたのおかげだ。」


芹沢は笑いながら肩をすくめた。「いやいや、私はただの心理学者ですから。でもねぇ、人間の心の裏側を見るのは、私の趣味みたいなものなんですよ。」


警部補は苦笑しながら「趣味で事件を解決するってのも、あんたくらいだろうな」と呟いた。


芹沢が警察署を後にする頃には、夜の闇が深くなっていた。彼は静かに車に乗り込み、エンジンをかけると、助手席に置いてあった村上の手紙をそっと取り上げた。


「真実を追い求める…ねぇ。」

芹沢はしばらくその言葉を反芻しながら、車をゆっくりと走らせた。「でも、人間は嘘をつく生き物ですからねぇ。嘘の中に潜む真実を見つけるのが、私の仕事ってわけです。」


彼の車が静かに夜道を走り去る中、その背中には、次の事件への期待と覚悟が滲んでいた。


次回予告


芹沢孝次郎が解いた事件は、科学と欲望、そして人間の弱さが交錯した悲劇だった。しかし、次なる事件が彼を待ち受ける。それは、より複雑で、より人間の本質に迫るものだった――次回、「沈黙の告発」――真実を隠す静寂の中で、新たな謎が始まる。

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