第5話 人間の闇に潜むもの
事件は解決し、犯人である片桐翔は逮捕された。だが、研究所にはまだ不穏な空気が漂っていた。村上直人の死によって研究所内の権力構造が揺らぎ、研究員たちの間にわだかまりが残っていることを、芹沢孝次郎は敏感に感じ取っていた。
芹沢は再び休憩室を訪れ、若手研究員の三浦千晶と向かい合っていた。事件が解決したにもかかわらず、彼女の表情には晴れやかさが見えない。それどころか、どこか不安げで落ち着かない様子をしていた。
「これで事件は終わったんですよね…?」
三浦はおそるおそる尋ねる。
芹沢はコーヒーを一口飲みながら、飄々とした態度で答えた。「ええ、事件そのものは終わりましたよ。でもねぇ、三浦さん、人間の心っていうのは複雑なものです。一つの事件が解決しても、心の中に残るものっていうのは簡単には消えないんですよ。」
三浦は眉をひそめた。「残るもの…ですか?」
芹沢はテーブルに肘をつき、三浦の目をじっと見つめた。「そうですねぇ。たとえば、罪悪感とか、後悔とか。三浦さん、あなたには何か言いたいことがあるんじゃないですか?」
その言葉に、三浦の手が震えた。彼女は視線を落とし、言葉を詰まらせた。
「私…私は…」
震える声で言葉を紡ごうとする三浦に対し、芹沢は優しく促す。「大丈夫ですよ。ここでは誰もあなたを責めたりはしません。」
三浦はしばらくの沈黙の後、重い口を開いた。「私…村上さんのプロジェクトのデータを、片桐さんに渡してしまったんです。」
芹沢の目が鋭く光る。「ほう…それは興味深いですねぇ。どうしてそんなことを?」
三浦は苦しそうな表情を浮かべながら答えた。「片桐さんに頼まれたんです。最初は、ただのデータ共有だと思っていました。でも、あとから考えると、それが…事件につながる一因だったのかもしれません。」
三浦の告白を受け、芹沢はもう一人、研究所内での重要な人物である研究所長の長谷川信也に目を向ける。長谷川は事件後もどこか冷静すぎる態度を保っており、まるで何事もなかったかのように振る舞っていた。
「いやぁ、所長さん。今回の事件、大変でしたねぇ。」
芹沢は所長室に入り、わざと軽い口調で話しかけた。
長谷川は冷たい微笑を浮かべながら答えた。「まったくです。優秀な研究員を失ったのは痛手ですが、これでようやく研究所内も落ち着きを取り戻せるでしょう。」
「そうでしょうかねぇ?」
芹沢は微笑みを浮かべつつも、核心に迫る口調で続けた。「所長さん、私はずっと疑問に思っていたんですよ。この事件で一番利益を得るのは誰かってねぇ。」
長谷川の表情が一瞬だけ曇った。その変化を見逃さなかった芹沢はさらに言葉を続ける。
「片桐さんは、特許争いの中で確かに動機を持っていました。でもねぇ、所長さん。特許の管理や利益配分を最終的に決めるのは、研究所のトップであるあなたですよねぇ?」
長谷川は椅子から立ち上がり、芹沢を見下ろすようにして答えた。「何を言いたいのかね?私は何も関係ない。片桐がすべてを計画し、実行した。それだけの話だろう。」
「そうですかねぇ。」
芹沢は飄々とした態度を崩さず、ポケットから一枚の書類を取り出した。それは村上が残していた研究記録の一部だった。
「村上さんのこの記録、非常に興味深いですねぇ。特許の利益配分について、村上さんはあなたと何度も意見が対立していたようです。そして、その矛盾をあなたに直接問いただすつもりだった…」
長谷川は無言のまま、書類に目を落とした。その手がかすかに震えている。
「所長さん、あなたは村上さんの行動を恐れていましたよねぇ。そして、彼を排除することで、研究所の利益を独占できると考えたのではありませんか?」
芹沢の追及により、長谷川はついに口を開いた。「そうだ…私は彼を恐れていた。彼がすべてを暴露すれば、私の立場は危うくなる。だから、片桐を利用して村上を消す計画を立てたんだ。」
「片桐さんを操ったんですねぇ。でもねぇ、所長さん。あなたのような冷静な人が、こんなずさんな計画を立てるなんて意外ですよ。」
芹沢は皮肉めいた口調で言った。
長谷川は苦笑いを浮かべた。「完璧だと思ったが、人間の心までは計算できなかった…」
長谷川信也の自白により、事件の全貌が明らかになった。村上直人の死は、片桐翔と長谷川所長の利害が絡み合った結果だったのだ。
警察が長谷川を連行する様子を静かに見つめる芹沢は、深い溜息をついた。「人間の心ってやつは、どうにも計算が難しいですねぇ。でも、それが私の仕事を面白くしてくれるんですよ。」
次回予告
事件は解決したが、芹沢の心にはまた一つ新たな疑問が浮かび上がる。人間の欲望や恐怖が生み出す闇に対し、彼が次に挑むのは何か?次回、「嘘の向こう側」――新たな謎が芹沢を待ち受ける。
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