第4話 青い炎の真実
翌朝、芹沢孝次郎は再び研究所の実験室を訪れた。ここ数日間、彼が探していたピースがようやく全て揃い、事件の全貌が彼の頭の中で組み立てられようとしていた。研究所のスタッフや警察が見守る中、彼は事件の真相を明らかにするための最終確認を始めた。
芹沢は机の上に置かれている金属製のコーヒーマグを手に取りながら話し始めた。
「この事件の鍵は、村上さんが最後に触れたとされるこのマグカップです。皆さん、このカップに仕掛けがあることは気づいていましたかねぇ?」
誰も答えない中、芹沢はカップを机の上に軽く叩きつけた。その音に続いて、カップの底部から小さな電子装置が見つかった。それは、極めて高温になるヒーターが内蔵された装置だった。
「このカップの底部には、小型のヒーター装置が仕込まれていました。おそらく、村上さんがいつものようにコーヒーを飲むためにこのカップを使った時、ヒーターが作動し、机の上に散布されていたメタノールに着火したんです。」
警部補が驚いて声を上げた。「つまり、炎が発生した原因は、この装置というわけか…?」
芹沢は頷きながら続けた。「そうです。青い炎の正体はメタノールの燃焼です。メタノールは無色無臭の液体で、しかも非常に揮発性が高い。犯人は、村上さんがこのカップを使うことを知っていて、机の表面にあらかじめメタノールを散布していたんです。そして、このカップが発する熱によって、メタノールの蒸気が一瞬で炎を生じさせた。」
芹沢は、机の表面に残された微かな跡を指し示した。「ここにその証拠が残っています。焼け跡が青白く見えるのも、メタノールの燃焼特性によるものです。」
「さて、問題はこの『密室』ですねぇ。犯人はどのようにして、誰も侵入できない密室状態を作り出したのか。」
芹沢は電子ロックのパネルに歩み寄った。「犯人は、事件当夜、この電子ロックに特殊な装置を仕掛けました。その装置は、ロックが作動しているように見せかける『フェイクデバイス』です。実際には、外部から簡単にロックを解除できる仕掛けになっていました。」
警部補が質問する。「つまり、犯人は密室を偽装していた…と?」
「その通りです。」芹沢は頷いた。「監視カメラ映像を確認した際、片桐さんが村上さんの入室直前にこの扉に何かを取り付ける様子が映っていました。その装置を用いて、事件後に部屋を完全な密室状態に戻したんです。」
「さて、ここまででトリックは解けましたが、問題は犯人の動機です。」
芹沢はその場にいる片桐翔に視線を向けた。片桐は顔を強張らせながら芹沢の言葉をじっと聞いている。
「片桐さん、あなたは村上さんに強い恨みを抱いていましたねぇ。それは特許を巡る争いだけではありません。あなたにとって、村上さんはあなたの研究の成果を奪い続ける存在だった。」
片桐は反論する。「私は…そんなこと…」
芹沢は遮るように続けた。「でもねぇ、片桐さん。あなたの心理はそう単純ではありませんでしたよね。あなたは村上さんに嫉妬しながらも、同時に彼を超えたいという欲望を抱いていた。それがねじれた形で、こんな計画的な犯行に繋がったんです。」
芹沢の言葉に、片桐の顔が青ざめる。「証拠は…どこにあるんです?」
「証拠なら十分に揃っていますよ。」芹沢はにやりと笑いながら、机の引き出しから小さなUSBドライブを取り出した。「これは、村上さんのパソコンから見つけたデータです。そこには、特許の改ざん記録が残されていました。そして、その改ざんを行ったのは、あなたでしたねぇ。」
片桐は沈黙した。その場にいる全員が息を飲む中、彼はついに口を開いた。「そうだ…俺がやった。だが、これは仕方のないことだったんだ。村上が俺の研究を奪い続ける限り、俺の未来はなかった…!」
芹沢は深くため息をつき、静かに語り始めた。「片桐さん、あなたの行動は確かに理解できる部分もあります。人間は追い詰められると、正しい選択ができなくなるものです。でもねぇ、殺人という手段に出た時点で、それはただの犯罪なんですよ。」
彼は片桐に向かって最後の一言を投げかけた。「あなたが村上さんを超えたいと本当に思ったのなら、こうするべきではなかった。あなたが越えるべき相手は、他人ではなく、あなた自身だったのではないですか?」
片桐は俯き、何も言えなくなった。
次回予告
事件は解決し、犯人は逮捕された。しかし、芹沢の心には一つの問いが残る――「人間の心は、どこまで理解できるのか?」。次回、「心の闇に迫る」――芹沢が心理学者として探求し続ける人間の本質に迫る。
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