第2話 炎が照らす影
村上直人の焼死体が発見された翌日、研究所内は緊張感と恐怖に包まれていた。優秀な研究者たちが集まるこの施設では、一つの命が失われることで、秩序が崩れかけていた。そして、芹沢孝次郎は、事件の背後に潜む人間関係の「影」を探るべく動き出した。
芹沢はまず、研究所内で村上と最も近しい関係にあった研究員たちの話を聞くことにした。研究所の休憩室で彼を待っていたのは、若手研究員の三浦千晶だった。村上の直属の部下として、新薬の開発プロジェクトを共に進めていた人物だ。
三浦は、コーヒーの入った紙コップを両手で握りしめながら、顔を伏せていた。彼女の声には疲労感と、どこか罪悪感のようなものが漂っていた。
「村上さんが亡くなるなんて、まだ信じられません…。あんな優秀な人が…」
芹沢は椅子に腰を下ろし、飄々とした口調で話し始めた。「いやぁ、本当にショックでしょうねぇ。特に、村上さんと近い距離で働いていたあなたにとっては。でもねぇ、三浦さん。村上さんの最後の数日間、何か変わったことはありませんでしたか?」
三浦は少し考え込み、ぽつりぽつりと話し始めた。「変わったこと…特に大きな変化はなかったように思います。ただ…最近、村上さんはかなりピリピリしていました。プロジェクトの進行が遅れていたこともありますけど、それ以上に…何か、誰かを気にしているようでした。」
「誰かを気にしている?それは同僚の誰かですか?」
芹沢の声色は変わらないが、目だけが鋭く三浦の表情を捉えた。
三浦は目を伏せながら続けた。「それはわかりません。でも、片桐さん…片桐翔さんと最近、かなり険悪な雰囲気でした。」
片桐翔――村上と同じプロジェクトに携わる中堅の研究員だ。彼もまた、新薬の特許を巡る競争の中で村上と対立していたと噂されている人物だった。
その日の午後、芹沢は片桐翔に話を聞くべく、彼の実験室を訪れた。実験室の中では、片桐が試薬の調合をしていたが、芹沢が現れるとその手を止めた。
「芹沢さんですか?村上さんの件でお話を聞きたいと…」
片桐は軽く頭を下げたが、その表情にはどこか冷淡さが漂っていた。芹沢は気にするそぶりもなく、片桐の顔をじっと見つめる。
「いやぁ、研究所ってのは独特の雰囲気がありますねぇ。皆さん、村上さんの死で大変なショックを受けているようですけど、片桐さんはどう感じてます?」
片桐は少し眉をひそめた。「ショックでしたよ。優秀な人が突然、こんな形で亡くなるなんて…。ただ、私たちには仕事がありますからね。ここで立ち止まるわけにはいきません。」
その言葉には、一見すると冷静な態度が伺えるが、芹沢はその裏に潜む「感情の揺らぎ」を感じ取っていた。片桐の手の動きや視線の微妙な揺れが、何かを隠していることを物語っている。
「特許を巡って村上さんと対立していたって話を耳にしましたけど、それについてはどうです?」
芹沢は飄々とした口調のまま、核心に切り込んだ。
片桐の顔色が一瞬変わる。その瞬間を芹沢は見逃さなかったが、片桐はすぐに表情を取り戻した。「確かに意見の違いはありました。でも、それは研究の中では普通のことです。特許争いなんて、大げさな話ですよ。」
「ふむ、そうですかねぇ。私には、村上さんが特許の話でかなりストレスを抱えていたように見えたんですが。」
芹沢はそう言うと、実験室をゆっくり歩き回り始めた。そして、片桐の机に置かれた資料に目を留めた。
「ここにある資料、村上さんの研究に関連したものですか?」
片桐は少し戸惑ったように答えた。「ええ、そうです。でも、彼が亡くなる前の資料で、今は使われていないものです。」
「なるほど、なるほど…」
芹沢は資料を一枚一枚確認しながら、小さく呟いた。「ここに何か隠れている気がするんですがねぇ。」
その夜、芹沢は研究所の監視カメラの映像を確認するよう警部補に依頼した。電子ロックの履歴やカメラ映像は、犯人の行動を示す決定的な手がかりになる可能性があった。
監視映像を調べていく中で、芹沢は事件当夜、村上が実験室に入る直前に片桐がその場を訪れていたことを発見した。
「片桐さん…あなたが村上さんに何をしたのか、少しずつ見えてきましたよ。」
芹沢は映像を再生しながら、微かに笑みを浮かべた。
次回予告
片桐翔が村上直人の死に関与しているのか――芹沢はさらなる証拠を探し出すため、監視カメラの映像や電子ロックの履歴を分析する。そして、青い炎が発生した仕組みを科学的に解き明かしながら、犯人の「心理的な隙」に迫る。次回、「密室の罠」――事件のトリックが少しずつ明らかになる。
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