【毎日17時更新】『青い炎の密室』芹沢孝次郎シリーズ 第4弾

湊 マチ

第1話 青い炎の密室

ロサンゼルスに負けないほどの大都市である東京。その一角に佇む研究施設「国際化学研究所」。最先端の技術と頭脳が集結するこの場所で、誰もが予想だにしない惨劇が幕を開けた。


深夜の実験室。周囲は真っ暗で、静寂に包まれていた。その静けさを突然破ったのは、青白い光だった。炎が一瞬部屋中を青く染め上げ、その中心にあった人影がゆっくりと崩れ落ちる。揺らめく炎はすぐに消え、部屋には焼け焦げた匂いだけが漂った。人影は、研究所の主任研究員である村上直人。卓越した才能を持つが、周囲から嫉妬と敬意が入り混じった目で見られる人物だった。


翌朝、研究所の警備員が巡回中に異変に気づいた。密室状態の実験室の扉を開けると、そこには村上の焼け焦げた遺体が横たわっていた。驚きと恐怖で声も出せないまま警備員は倒れ込むように警察へ通報。現場はすぐさま封鎖され、事件性を疑った警察の捜査が開始された。


「青い炎…だと?そんなもの聞いたことがない」


現場を確認した警部補の顔には困惑の色が浮かんでいた。村上の全身は焼け焦げているが、周囲には火災の痕跡がまったくない。化学薬品の棚も、実験機器も無傷で、実験室の扉は電子ロックで施錠されていた。つまり、この部屋は完全な密室だった。


机の上には、まだ熱を帯びた金属製のコーヒーマグが置かれていた。それだけが、この異常な状況を説明するかのように異彩を放っている。


「事故にしては奇妙だが、他殺と考えるのも難しい…」警部補は苦い表情を浮かべながら現場を見回した。


部下が報告する。「村上直人、47歳。化学研究所の主任研究員。最近、ある特許の問題で同僚とトラブルがあったそうです。何でも、新薬の特許を巡る争いだとか。」


「特許争い?それが動機になるのか…?」


警部補が呟いた瞬間、別の部下が駆け寄ってきた。「警部補、心理学者の芹沢孝次郎氏が現場に向かっているとの連絡が入りました。協力していただけるとのことです。」


「芹沢孝次郎?あの風変わりな心理学者か?どうして彼が?」警部補は訝しげな表情を浮かべたが、心のどこかでは、あの男なら何かを見つけてくれるかもしれないと期待していた。


午後、ヨレヨレのスーツに擦り切れたスニーカーというラフな出で立ちで、芹沢孝次郎が研究所に現れた。警察官たちの緊張感のある雰囲気に全く動じることなく、彼は飄々とした態度で現場に足を踏み入れた。


「いやぁ、これはまた珍しい事件ですねぇ。青い炎なんて、理科の教科書以来ですよ。」

彼はそう言いながら、机の上に置かれたコーヒーマグに興味を示した。何気なく手に取ると、微かな熱を感じ取った。


「このマグカップ、まだ温かいですねぇ。それに…妙に重い。」

彼はマグカップの底をじっと見つめた。


警部補が声を掛ける。「芹沢さん、何かわかりますか?」


芹沢は肩をすくめながら答えた。「うーん、今のところはただのカップです。でもねぇ、この密室、そして青い炎。この二つを結びつける何かがここに隠れているはずですよ。」


彼は次に村上の遺体に視線を移した。その焼け跡には独特の青白い痕が残されており、それをじっと見つめる芹沢の目が光った。


「普通の炎じゃこうはなりませんねぇ。何か特殊なものが使われているようです。たとえば、メタノールのような可燃性液体…」


警部補が興味を示した。「メタノール?それが青い炎の原因になるのか?」


芹沢は頷きながら床に膝をついた。「ええ、青い炎を作るにはメタノールが有効です。ただ、それだけじゃ説明がつきませんねぇ。犯人がどうやってこれを利用したのかがポイントでしょう。」


芹沢は次に電子ロックの制御パネルに目を向けた。「この密室も興味深いですねぇ。履歴を調べれば、扉がどう操作されたかわかるでしょう。それが事件の核心を解く鍵になるかもしれません。」


警部補はその提案をすぐに受け入れ、部下に電子ロックの履歴解析を指示した。


芹沢は再び机の上の資料やノートに目を通し始めた。その中には、村上が手掛けていた新薬の開発に関する詳細なメモが記されていた。特許を巡る争い、そしてそれに関わる同僚たちの名前がいくつか挙げられていた。


「ふむ、この研究所内には特許を巡って緊張が高まっていたようですねぇ。それが動機につながる可能性が高い。」

彼は指でページをめくりながら言葉を続けた。「村上さんが命を狙われるほどの理由がここに隠れている気がしますね。」


芹沢は立ち上がり、部屋全体を見渡した。「青い炎、密室、特許争い…。これらがどう繋がるのか、もう少し調べてみる必要がありますねぇ。ただ、一つ言えるのは、犯人は自分の計画が完璧だと思っているはず。でもねぇ、人間の心ってやつは、そんなに単純なものじゃありませんから。」


彼はニヤリと微笑み、ポケットからメモ帳を取り出して一言書き加えた。


「焦点は、どうやって炎を発生させたか。そして、なぜ密室を作ったのか。それさえ解ければ、真実はおのずと見えてきます。」


次回予告


密室を解く鍵となる電子ロックの履歴、そして村上の研究に隠された特許争いの真実。芹沢は、研究所内の緊張した人間関係に目を向け始める。次回、「炎が映し出す心の闇」――事件の全貌に少しずつ光が差し込む。

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