第7話

「ラジンを襲撃しましょう。」


「どういうこと? ラジンってここから半日くらいかかるんだよね? その間にダンジョンが攻められたらどうするの?」


「攻められても冒険者なら魔物を召喚して撃退できます。それに、半日というのは馬車の速度の場合です。…丁度、馬より速い魔物がいます」


馬より速い? まさか―


「ゴブリンキングのこと?」


「…そんな訳ないでしょう。援軍の狼ですよ。小柄なあなたやゴブリンなら馬のように跨って移動できるはずです。」


「あれ、その援軍の狼達はどこに居るの? まだ一回も見てないけど。」


リーナは援軍の狼を見たらしいが、わたしはまだ姿を見ていない。


「近づいてくるトキヤを見て、敵わないと考えて隠れているのだと思います。おそらく呼べば出てきますよ。」


…確かにただの狼がトキヤを倒せたとは思えないけど、せめてそれを伝えに来てくれれば良かったのに。


「…分かった、ありがとう。でも、その狼って10匹くらいなんだよね? ただのゴブリンを乗せて都市を襲ったところで陽動にもならないと思うけど?」


ゴブリンの強さは分からないが、これまでのリーナの口ぶりからしてかなりの数が居るはず。そんなゴブリンが強いとは思えない。


「はい。ですから陽動用の魔物をさらに召喚しましょう。」


つまり移動用の魔物を用意するということ?


「召喚すべき魔物は、これです。あなたから見て右上のものです。」


そう言ってリーナが前にも見た図鑑を開いた状態で渡してきた。


「メタルパラサイト?」


「それです。説明を読んでください。」


《金属でできた魔物。人間や魔物の体内に入り込む。寄生された生物は普段通り生活するが、無意識のうちにメタルパラサイトの為に行動をするようになる。》


「…寄生するのは分かったけど写真もないし、強いのか判断できないよ。」


このページの魔物はなぜか全て写真がない。図鑑じゃないんだろうか?


「このページは迷宮種の魔物だけが載っています。迷宮種というのは野生には存在しないダンジョンマスターのみが召喚できる特殊な魔物のことです。」


ダンジョンマスターだけが召喚できる? 魔物の召喚はリーナの役目じゃなかったっけ?


「ダンジョンコアだけじゃなくて?」


「はい。迷宮種はダンジョンマスターのみが召喚できます。」


「…もしかして前回見た迷宮龍ってやつも?」


「もちろん迷宮種です。あちらは全ダンジョン共通の迷宮種で、今開いているページはダンジョンごと―正確にはダンジョンマスターごとに異なる迷宮種が載っています。」


迷宮種はダンジョンマスターのみが召喚できて、全マスター共通のものとマスターによって異なるものがある。で合ってるかな?


「ダンジョンマスターによって異なる迷宮種はダンジョンマスター自身の願望などによって変わります。…それで、ここからが本題なのですが…。」


願望によって変わるとはなんだか面白い。

…わたしの願望が寄生なのは何かの間違いじゃないかな? わたしは誰にも関わらず生きていきたい。


「…図鑑に写真が載っていないということはメタルパラサイトという魔物はこれまで一度も召喚された事がないということです。」


「召喚されたことがない? それならすごく弱いんじゃないの?」


「いいえ、召喚されていないのに強さが分かるはずがありません。消費する魔力はゴブリンキングの10倍程度ですからかなり強力なはずです。」


キングゴブリンの10倍。すごそうに聞こえるが、あれに強いという印象は一切ないためよくわからない。リーナが強いと言うなら強いんだろう。


「強いのは分かったよ。じゃあその魔物を都市の近くで召喚して人間に寄生させれば良いんだね?」


人間を操って都市の中で騒ぎを起こし、その隙にわたしが忍び込む。狼とゴブリン10体ずつで陽動するのよりはマシだろう。


「それも良いですが…まずはゴブリンで実験してみたほうが良いと思います。本番で何かあっては困りますから。」


確かにいきなり本番よりもゴブリンで実験しておいたほうが安全だろう。


「分かった。ゴブリン呼んでくる。」


「死んだら勿体ないですからキング以外にして下さいね。」







数分後、わたしはゴブリンを連れてダンジョンに戻ってきた。


「えーっと。魔物の召喚ってどうすれば良いの?」


「集中して魔力を整える必要があるんですが…最初は分からないと思うので代わりに召喚しますね。」


そう言い終えるとリーナの姿が消えた。


「あれ? リーナ? どこへ―」


(心配しなくてもここに居ますよ。私が召喚するので感覚を覚えておいてください。)


頭の中に声が響く。そしてわたしの体の中で何かが動く感覚がする。


「これって…」


(はい。魔力です。これを集めて…)


魔力らしきものが頭に集まる感覚がした後、わたしの手が前に突き出されて部屋に眩い光が満ちた。


「これが…」


「召喚できました。これがメタルパラサイトですか…」


光が消え、メタルパラサイトと対面したわたしは少し驚いていた。いつの間にわたしの体から出たのか姿が見えるようになったリーナも驚いている。その理由は…


「…なんか思ってたより大きい。」


「確かに、ゴブリンくらいのサイズがありますね…寄生できるのでしょうか?」


想像よりも大きい。上から下まで灰色で、顔と両腕がない、1メートル程度の人間の輪郭だ。


「どうやって人の中に入るんだろう…」


「試してみましょう。迷宮種はダンジョンマスターの命令に絶対服従なので裏切る心配もありません。」


「分かった。…メタルパラサイト、そのゴブリンに寄生しろ。」


「……」


そう命令するとメタルパラサイトはゴブリンに向かって歩いて行き…入り込んだ。

口や鼻から入ったんじゃない。歩いていって、貫通して見えなくなった。


「これは…どういうこと?」


「…おそらくは種族専用の魔法のようなものでしょう。それより、そのゴブリンが死ぬとどうなるのか気になります。」


不思議ではあるけど魔法なら仕方がない。

リーナの言う通りここは寄生先が死んだ場合どうなるのか実験しよう。


「ギャギャ! ギャッ ギャ―」


例の料理用の剣で騒ぐゴブリンの首をはねる。すると―


「無事だね。」


予想通り、メタルパラサイトが出てきた。


「予想通りですね。では次は胴体を切断した場合の結果を調べましょう。」






数時間後、わたし達はメタルパラサイトについて様々実験をして能力を調べた。

その結果、分かった事がこれだ。


・ダンジョンマスターを含む、生きている生物にのみ寄生できる。


・一度寄生するとわたしが命令するか、寄生先が死ぬまで離れない。


・寄生された生物は直前の数秒の記憶を失い、寄生された事に気付かない。


・寄生先の魔力を少しずつ吸い取り、一定量の魔力が溜まると新たなメタルパラサイトが生まれる。


・寄生された生物は他のメタルパラサイトを見ても気付かない(反応しない)。


・メタルパラサイト自体は金属の様に硬く、防御力は高いが攻撃力はそこまで高くない。


致命的な弱点もなさそうでかなり強そうだ。


「…まさか、躊躇いなく自分自身に寄生させるとは驚きましたよ。」


「でも、結果は予想以上だったね。」


何体かのゴブリンを犠牲にした後、寄生される方の感覚も知りたかったからわたし自身にも寄生させた。

その結果、寄生された生物は寄生された事に気付かない―正確には寄生される瞬間の記憶を失う事が分かった。


「…予めあなたとゴブリン達に寄生させてから襲撃し、撃退に来た衛兵達にメタルパラサイトを移すのが良さそうですね。」


確かにそれなら高確率で武器を持った人間に寄生できる。


「分かった。出発はいつが良いかな?」


「いつでも構いませんが、できればもう少し待って暗くなってからのほうが良いですね。人に見つかるのはできるだけ避けましょう。」


「それじゃあゴブリンキングと狼に知らせてくるよ。」


「はい。分かりました。」


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「…もう一度言っていただけますかな?」


「あなたの軍の滞在を許可する気はないと言ったのです。」


そう言うと私の前に立つ男の顔が怒りに歪んだ。


「この! 裏切り者め! いずれ天罰が下るぞ!」


男はそう言いながら部屋を出ていった。


「ふう…」


私は静かになった部屋で小さなため息をつく。

このようなことになっているのは彼の軍の滞在を断ったからだ。通常はダンジョンができた場合、最も近くの都市に王や貴族達の軍が集結して攻略部隊を結成する。

しかし、私はそのダンジョンと平和条約を結べたため、軍の滞在を断った。


「失礼します。これらの書類にもサインが欲しいと…」


「分かった。そこに置いておいてくれ。」


侍女がまた何やら書類を持ってきたが、今の私は全く動じない。

書類を手に取り、順番に大きな文字で書かれた要件にのみ目を通す。


《ダンジョン誕生に伴う軍の通行許可について》


これは駄目だ。サインはしない。


《迷宮戦争に備えた…》


これも駄目だ。


しばらくして全ての書類を処理し終え、あのダンジョンとの交易について考える。


(…これはお互いに利益があるはずだ。こちらは貴重な魔石が手に入り、向こうは人間界の複雑な製品が手に入る。)


既にダンジョンマスターとの協力の約束は出来たが、どうやら彼女は私を嫌っているようだ。


(確かに、敵意が無いことを示すために気絶させるというのは本末転倒だったかもしれない。)


敵意が無いことを証明するために攻撃すると言うのはふざけている様に見えるが、私にはその方法しか思いつかなかった。


(だが、彼女がどう思っていようと協力する気はあるはずだ。)


ダンジョンの入り口である大穴の下で話し合ったとき、彼女はいつでも私を殺せたはずだ。それをしなかったということは少なくとも今は協力する気なのだろう。


(いつかは裏切るだろうが…それはこちらも同じだ。)


本当はダンジョンマスターを倒す必要はない。だが、彼女は別だ。


(いずれ奴はこの世界を滅茶苦茶にするだろう。)


私は彼女を倒したが、私はこの世界に来て20年以上は戦闘訓練をしてきた上、こちらの装備は特注の全身鎧にダンジョン産の剣と盾だ。素手のダンジョンマスター1人なら圧倒できるはずだ。それなのに―


(…奴は素手に制服だった。あの感じだと中学生だったにだろう。しかも、ダンジョンの外で戦ったため、弱体化もしていたはずだ。)


私達の計画が成功した場合、彼女を―あの悪魔を倒せるのは間違いなく私だけだ。しかし、今はまだその時ではない。


(蓮、全てが終わればお前を殺す。)


それまでは、共闘だ。

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