第6話
わたしが地上に出ると憎いあの男とゴブリンキングが向かい合っていた。
「私に戦う意思はない。私達は協力できる。」
何か言っているがそんな事は関係ない。こいつは敵だ。
「死ねえええ!」
わたしの拳は簡単に躱され、傷をつけることができなかった。しかし、それは予想通りだ。
「ギャ! ギャギャ!」
細かな指示は出せなかったが、想定通りゴブリンキングが奴に剣を振るう。
「…! なかなかやるな。」
剣は盾に阻まれ、ギリギリと金属が擦れる音を立てる。やはり、こいつは手強い。だが、前回と違ってこいつは仲間を連れてきていない。そしてわたしにはゴブリンキングという配下が居る。
「待て、私はあくまで―」
わたしはダンジョンの大穴を飛び降りる。奴が何か言っているが聞く意味はないだろう。
「レン? 何かあったのですか?」
ダンジョンに入り、リーナの声をよそにすぐさま肉を切るのに使っていた先代マスターの剣を持ち、再びダンジョンを出る。そして―
「食らえクソ野郎!」
10メートルはある大穴を跳び上がり、持った剣を奴に叩きつけた。
「なっ! そんな跳躍力が!」
おそらく大穴を上がるのに時間かかると予想をしていたのだろう。奴はゴブリンキングと再び向かい合っており、隙だらけだった。それでも奴はわたしの剣を盾で防ごうとするが、わたしの剣は盾を弾き飛ばした。
「あはっ。わたしの勝ちだね。」
思わず笑みがこぼれてしまう。奴は盾を失った。いくら全身を覆う鎧をしていると言っても盾がなければ鎧ごと壊せる。
「さあ、どうやって殺してあげようかな? やっぱりわたしと同じように額を―」
「話を聞け、ダンジョンマスター。私は協力する為にここに来たのだ。」
協力? 何を馬鹿なことを。
「…命乞いは要らないよ。生かして返す気はないからね。」
そう言ってわたしは殴りかかる構えを見せると、奴は焦った様子で話を続ける。
「ま、待て。私はお前と同じ世界から来た! 私達は協力できるはずだ!」
…同じ世界? まさかこいつもダンジョンマスターなのか?
「…お前、名前は?」
「柊 凱也だ。この世界ではトキヤと呼ばれている。」
「それで、何で襲ってきたの?」
その後、リーナにも意見を聞き、わたしはあの男―トキヤとダンジョンの大穴の下で話す事にした。ここならわたしが全力を出すことができ、ダンジョンコアも攻撃されない。そして半径2メートル程度の狭い空間なため、剣を扱うのは難しい。ちなみにゴブリンキングは置いてきた。
「協力をするためだ。前回、私があえてとどめをささなかったのは分かっているだろう?」
「…今回は仲間は居ないの?」
「連れてきたが、ダンジョンから100メートルは離れた所に置いてきた。」
「どうして?」
「言っただろう。私は協力するために来た。」
…協力。ダンジョンは人間と戦争をしているはず。それなのに、協力なんてできるのか?
「…協力って具体的には何のこと?」
「それはこの紙に書いてある。読んでく
れ。」
紙は大量の文字で埋め尽くされており、とても読めそうじゃないのでリーナに代わりに読んでもらうことにする。
「…ちょっと待ってて、相談してくる。」
「構わない。よく話し合ってくれ。」
いちいち喋り方が鼻につく。こいつ、自分の状況を分かっているのか? ここは大穴の底で、わたしはダンジョンの力で強化される。対してこいつに重装備では大穴を登る事すら出来ないだろう。
そんな苛立ちを抑えつつも扉を開いてコアルームに入り、リーナに紙を渡す。
「リーナ。これ読んで。」
「はい? 何ですか?」
「協力の内容について書かれた紙。代わりに読んで。」
読み終えるまでに10分はかかると踏んでわたしは肉を食べながら待つ。
この肉をあの男にプレゼントしたらどんな
反応をするのかを考えている間に時間が経ったらしく、リーナがこちらを向いて話しだした。
「―なるほど。協力する価値はありそうですね…。」
「なんて書いてあったの?」
「簡単に言えば交易と平和条約ですね。魔石の原料となるダンジョン産の魔物の命と引き換えに人間界の物品を用意するそうです。」
へぇ。確かに人間界の物は欲しい。特に服が。召喚時に着ていた学校の制服はもうかなりボロボロになっていて着心地が悪い。だけど、気になる点もある。それは―
「…今まで戦争を止めようとする人やダンジョンマスターはいなかったの?」
お互いに利益があるように感じるが、逆になんで今まで戦争を続けているのか気になる。
「人間界ではダンジョンは災いをもたらす悪そのものだと考えられているんですよ。強ち間違いではありませんが。」
「なるほど。それで、これは受けたほうが良いの?」
人間とダンジョンの和解が難しい事は分かったが、それを向こうから提示された今、どうするべきなのかが分からない。
「……受けるべきですね。交易での利益がどうなるかは分かりませんが、彼は戦争の終結を目標としているそうです。少なくともこのダンジョンが成長するまでは彼との協力には大きな意味があるはずです。」
…戦争の終結か。元の世界でもそんな事を言っている人は山程いた。結局実現は出来ていなかったけど。あの男もそれを知っているはずなのに、どうしてそんな夢をみるんだろう?
「…分かった。伝えてくる。」
わたしは再びコアルームを出てあの男と向かい合う。
「協力する気になったか?」
本当にこの男はどこまでわたしを馬鹿にする気なんだ。怒りを隠さずに返事をする。
「協力してやる。」
「そうか。感謝する。書いてあった通り、私はもうこのダンジョンを攻略しようとすることはない。」
偉そうなことだ。その余裕に満ちた顔を殴ってやりたいが、今はまだその時じゃない。
その代わりに重い装備で大穴を登れない男を馬鹿にする。
「上まで送ってあげようか?」
笑いながら言うが、その返事は予想外だった。
「いや、結構だ。」
奴はそれを断り、剣を突き立てて少しずつ大穴を登っていく。
「………」
ああ、本当に嫌いだ。今すぐにでも殴ってやりたい。
「それでは失礼する。」
10メートルはある大穴をあっという間に登り終え、男はどこかへ歩いていった。
「ただいま、リーナ。これで都市の攻撃の必要はなくなったってことでいいの?」
「…何とも言えません。彼はリーシェの領主だったようで、この平和条約はあくまでリーシェとの平和です。彼や彼の部下は攻めてきませんが、他の貴族や冒険者には関係がないことです。」
「…?」
何をいっているか分からない。あの男は人類の代表じゃないのか?
「簡単に言えば最も近くの国とだけ平和条約を結んだという感じです。他の国には関係ありません。」
なるほど。少しは分かった。
「それで、時間稼ぎはまだ足りないの?」
リーナは時間を稼げば良いと言っていたが、まだ足りないのだろうか?
「リーシェと平和条約を結べたのはかなりの幸運です。人間側はおそらく近くに新たな都市を作ってこのダンジョンに攻め込んできます。」
「つまり?」
「リーシェを攻撃する必要はなくなりました。しかし、新たな都市ができるのを阻止する必要があります。」
とりあえず状況が好転しているのは分かった。
「分かった。都市の建設が始まるまでは何をすれば良い?」
都市の建設が始まるまで少しの時間があるはず。その間は何をすれば良いんだろう?
「………」
「おーい。リーナ?」
何やら考えているようだが返事してくれないのは困る。
「…いえ。レンならやはり問題ないはずです。」
「何のことを言ってるの?」
いきなりわたしなら問題がないと言われても意味が分からない。
「都市に忍び込みましょう。」
「え? リーシェは攻める必要がないはずじゃ―」
「いいえ。リーシェではありません。隣の大都市、ラジンです。」
……え?
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