第5話 『裏』

「…もう一度言います。今来ている数十体の魔物以外の援軍は期待できません。」


援軍は来ない。その言葉ををわたしの頭が理解するまで数秒かかった。


「え、援軍が来ない? それじゃあ迷宮戦争はどうするの?」


「何とかして時間を稼ぐしかありません。時間が経てば貴族達は自分の領地に帰っていきます。」


あの男1人に勝てなかったわたしがおそらくそれより多い数の敵を前に時間を稼ぐ?


「…そんなの、できるわけないよ」


無理だ。あの男はわたしを舐めてかかっていた。10人の部下らしき騎士達を下がらせ、わたしを圧倒した。今のわたしではあの男1人にすら勝つ自信がない。


「…可能性はあります。大きな危険を孕みますが…」


リーナに何か案があるみたい。歯切れが悪いのは気になるが、それを聞く以外の選択肢はない。


「何もしないのが一番の危険。リーナ。その方法、教えて。」


何もしなければ攻略部隊によってダンジョンが破壊されてわたしも死ぬ。それならどれだけ危険でも全ての方法を試してから死んでやろう。


「…防衛では勝ち目がありません。こちらから攻撃しましょう。都市に攻勢をかけ、領主や大商人などの重要人物を殺害します。領主が変われば他の貴族が都市に入るのが難しくなりますし、大商人がいなくなれば物資の輸送は滞ります。」


なかなか面白そうだ。しかし、そんなこと、できるのか?


「領主とかって、城にいるものじゃないの?」


「…はい。その通りです。なので領主は城に忍び込んで殺す必要があります。加えて、都市自体も壁で囲まれている為、そこでもバレないようにしなければなりません。」


…難しそうだ。でも、やらないとわたし達は死ぬ。


「わかった。リーナの言う通りに動くよ。わたしは何をすればいいの?」


都市や城に忍び込むのはわたしにはできそうもない。なにか良い方法があるのだろう。


「まず、攻勢用の魔物を召喚しましょう。」


今まではわたしが戦いたかったから魔物の召喚を行ってこなかった。しかし、もうそんなわがままを言っている場合じゃないのはわたしもわかっている。しかし―


「…魔物の召喚はコアの役目じゃなかった?」


確かリーナが前にそんな事をいっていたはずだ。わざわざわたしに言う理由はなんだろうか?


「魔物には色々な種類が居ます。魔物達を指揮するのはレンの役目ですからあなたが最も指揮しやすい魔物を選んで下さい。」


そう言ってリーナは分厚い本をこちらに渡す。


「これは…?」


中身は魔物の図鑑のようで、魔物の写真と説明が載っている。どうやらこの中から都市を攻撃する魔物を選ぶみたいだ。


「見ての通り、魔物図鑑です。その中からの魔物を選んで下さい。」


…陽動用? 言ってる事が分からない。


「陽動? 召喚した魔物で攻撃するんじゃないの?」


「いいえ、召喚する魔物はあくまで陽動として使います。本命はあなたです。レン。都市の衛兵達が魔物に対処している間に都市に入り、重要人物を殺害して下さい。」


そういうことか。しかし―


「…ダンジョンマスターの力はダンジョンから離れると使えないんじゃないの?」


ダンジョンマスターはダンジョン内では最強らしいが、ダンジョンの外では弱体化し、離れるほど弱くなると言っていた。弱体化した状態で護衛を持つであろう重要人物を殺せるとは思えない。


「はい。その通りです。しかし、これを使えばその限りではありません。」


リーナがいつの間にか手に持っていた拳程度大きさの石をこちらに見せて言った。

この石に特別な力が…?


「これは魔石です。先代のマスターが遺していたようです。あなたがアレを食べてくれたおかげで見つけることができました。」


魔石。確かダンジョン産の魔物が稀に遺し、死んだ人を蘇らせるのに使うはずだ。それをなぜ今見せたんだろう?


「魔石は魔力の塊です。そして、ダンジョンコアも同じく魔力の塊です。」


…言っている意味がよくわからない。魔力の塊だったらなんだと言うんだ。


「魔石があれば、一時的にではありますが、ダンジョン外でも完全な力が使えます。」


「…! それなら、これを使えば都市を正面から陥落させることも…」


そんな便利なものを手に入れたならわたしは今度こそ最強だ。陽動なんてせず、都市に乗り込んで重要人物達を…


「それはできません。魔石はあくまで消耗品となっています。効果時間は魔力を使い切るまでで、戦闘をするならおおよそ10分が限界といったところです。変な抜け道を探すのではなく、早く召喚する魔物を決めて下さい。」


そんな甘い話はないらしい。残念だが、よく考えれば当たり前か。ダンジョンマスターがダンジョン外でも最強なら人間はとっくに絶滅しているはずだ。


「…はーい。真面目に探しますよっと…あ、この迷宮龍ってやつ、強そう!」


図鑑を見ていると強そうな見た目の魔物が載っていた。説明文は…《迷宮を守る龍、召喚されたダンジョンによって異なる魔法適正を持ち、鋭い爪による高い攻撃力と強靭な皮膚による高い防御力を併せ持つ》

魔法適正というのはよくわからないが、かなり強そうだ。


「…サイズを考えて下さい。攻撃魔法の餌食になりますよ」


…確かに、この魔物はかなり大きそうだ。他のものを探そう。


「うーん…強そうなのはどれも大きいものばっかりだなー」


「どうせ陽動用なんですから強さはそこまで必要ありませんよ? 強い魔物ほど召喚に多くの魔力を使いますし。」


そうは言ってもわたしにとっては人生初めての魔物の召喚だ。せっかくなら強い魔物を呼びたい。


「……この、ゴブリンキングって言うのは?」


わたしが見つけたのはゴブリンキングという安直な名前の魔物だった。大して強そうには見えないが、《他のゴブリンを従わせ、国を創る》という説明文に惹かれてしまった。


「キング種ですか…通常なら悪手と言わざるを得ない選択ですが、あなたなら問題なく扱えるでしょう。」


なんだか回りくどい。とりあえず召喚できるということで合っているだろうか?


「…召喚できる?」


「はい。今召喚します。」


リーナがそう言い終わるとわたしが召喚されたときと同じ様に部屋は眩しい光に満ち、そこにはわたしと変わらない大きさで緑色の皮膚と長い耳を持つ、図鑑通りのゴブリンキングが立っていた。


「…呪文とか唱えなくて良かったんだ。」


意外とすんなり召喚できて変な気持ちだ。

召喚魔法がどんなものか楽しみにしていたのに。


「ダンジョンマスター召喚は別世界から連れてくるため詠唱が必要ですが、他の魔物の場合は魔力を使って生み出すだけなので詠唱は不要です。…それより、早くゴブリンキングに指示を与えて下さい。」


「し、指示? 何の指示をすればいいの?」


「近くのゴブリンを従わせて近づく人間を倒すのと、他のダンジョンから来た援軍を襲わないように指示して下さい。ダンジョンマスターの言葉は配下の魔物に伝わるので心配なく。」


「ギャギャッ!」


…ゴブリンは明らかにわたしが知らない言語を使っているが、リーナが伝わるといったのだから間違いないはずだ。


「近くのゴブリン達を従わせて近づく人間を倒せ。他の魔物は攻撃するな。」


「ギャッ! ギャギャ!」


そう言うとゴブリンはダンジョンの外へ出ようとして…ダンジョンの出入り口が大穴である為、出ることができずにこちらを向いてギャーギャー騒いでいる。






「リーナ。あいつ、本当に使えるの?」


ゴブリンを大穴の上まで担いで上がった後、ダンジョンに戻り、リーナに文句を言う。


「まあ、キングの役割は戦闘ではなく部下の指揮ですから…それより、これからのことについて話しましょう。」


「…まあ、いいけど。キングが仲間を増やしたらリーシェに攻撃させて、その隙にわたしが都市に入ればいいんだよね?」


確かこんな作戦だったはずだ。正直成功するかどうかは全くわからないが、リーナを信じるしかない。


「はい。大体100匹程度のゴブリンを配下にしたら攻撃する事を推奨します。」


意外と少ない。この森はかなり広そうだし、もっと数を集めたらだめなのかな?


「…少なくない? ゴブリンってかなりの数居そうな感じだけど」


「あまりにも多くの数を集めてしまうとキングが反逆を起こすかもしれないので、あなたが対処できる数以上は使えないんですよ。」


反逆…考えれば当たり前かもしれないけど、やっぱり魔物にも意思があるのか。


「ゴブリン達が攻撃を始めたら、あなたは誰にも気付かれずに都市に入って下さい。」


この世界の都市がどのような形をしているかは知らないけど、そう簡単に入ったり重要人物を殺したりできるんだろうか?


「リーナ。この世界の都市ってどんな形なの?」


「そうですね…都市全体が城壁で囲まれていて、いくつかの門から出入りでるようになっています。そして中心部に教会と領主の居る城があります。冒険者ギルドの位置は都市によって違うので何とも言えません。」


壁に囲まれた都市の中に城とは領主というのはとんでもなく臆病な生き物らしい。


「…領主は都市の中の城に居るの? それなら領主を殺すのは辞めたほうがいい?」


「そうですね。大商人を殺せば戦争は十分延期されるはずです。」


つまり、わたしは大商人を殺せばいいのか。


「ギャギャ! ギャギャ!」


その時、わたしはダンジョンの外で騒ぐキングの声に気づいた。


「何かあったのかも。聞いてくる。」


「はい。何もないとは思いますが気を付けてください。」


再び部屋を出て、大穴を跳び上がる。そこにはゴブリンキングと…わたしを打ち負かしたあの男がいた。

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