第5話

「マスター! しっかりしてください!」


そんなリーナの言葉と共にわたしの意識は覚醒した。


「…あれ。わたしは、今…」


わたしはあの男に殺されたはずだ。しかし、刺されたはずの額には穴はなく、痛みも全く感じない。


「…レン。一体、何があったのですか?」


「―それで額を貫かれてそのまま死んだと思ったらなぜかここで目覚めて…」


その後、わたしはリーナに何があったかをできるだけ細かく説明した。


「それで、わたしが負けたのってどうして? 無敵なはずだよね?」


ダンジョンマスターは無敵なはずだ。わたしが負けるなんてあり得ない。


「…良いですかレン。ダンジョンマスターはダンジョンの中において最強というだけです。ダンジョンの外に出れば弱体化しますし、ダンジョン内でも無敵ではありません。そもそも―」


どうやらわたしは無敵ではないらしい。まだ何か話しているが、もう興味がない。必要な事なら後で言ってもらえるだろう。


「…リーナ。わたし、目標ができたよ。あの男を、殺す。」


あの男、わたしを舐めていた。わたしを舐めるなんて許せる訳がない。


「別に構いませんが…」


「リーナ! あの男のいる場所教えて。」


あの男は絶対に殺す。不意打ちでもなんでも構わない。


「…恐らくその男は騎士でしょうからこの近くの都市、リーシェの城に居るはずです。」


「リーシェはダンジョンを出てどっちの方向?」


「まさか、今から行こうとしていますか?」


確かに、今行ってもあの男を殺すのは難しいだろう。


「…分かった。強くなる方法を教えて。」


「いいですよ。…と言いたいところですが、その前に話しておかなければいけないことがあります。」


「……なるべく短く頼むね。」


多分つまらない話だ。寝転んで聞くに限る。


「あなたを助けた魔物についてです。」


「わたしを助けた?」


「傷ついたあなたを引きずって来てくれた獣形の魔物ですよ。恐らくは近くのダンジョンからやって来た援軍です。私が見たのは一匹だけでしたが、他にもいるはずです。」


援軍? 全く意味が分からない。


「迷宮戦争に備え、付近のダンジョンが新たなダンジョンに送る援軍です。本来なら到着まで数日は時間がかかるのですが、人間の勢力が拡大しているということで通常より早く出発したようです。」


「迷宮戦争って?」


迷宮戦争。いつかリーナが言っていた気もするが、忘れてしまった。


「何度か言いましたが…人間による新たなダンジョンの攻略部隊とそれに対抗するために集まった付近のダンジョンの援軍による防衛軍の戦いです。」


「ふーん。それっていつ起こるの?」


「大体、ダンジョン発生の1週間後ですね。人間の貴族達が集まるのにかかる時間がそれくらいですから。」


「戦績はどうなの?」


「戦績は2勝1敗ですが…いずれも奇襲による結果ですので何とも言えません。」


3回もやって全て奇襲で決まったというのは驚きだ。もしかしたらこの世界では戦争というのは大規模の戦闘全般を指すのかもしれない。


「そして、ここからが重要なのですが…」


そろそろ話を聞くのも退屈してきた。早くあの男を殺しに―


「今回、他のダンジョンの援軍はあまり期待できません。」


「……え?」


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眩い光が消え、目を開けるとそこは見知らぬ場所で、俺は10人程度の人に囲まれていた。


「勇者様! どうかこの世界をお救い下さい!」


俺の前の豪華な椅子に座る恰幅の良い男が俺を見てよくわからない事を言っている。


「…勇者? まさか俺のことか? それにここは何処だ?」


状況が理解できない。

俺はさっきまで普通に買い物をしていたはずだが…もしかして俺はこいつらに誘拐されたのだろうか? 

幸い、両親は裕福であるから身代金目的なら命の危険はないだろう。だが、この男達の発言からはそのような目的があるようには感じない。


「もちろん勇者様のことでございます。どうか名前を教えていただないでしょうか?」


…名前を教えるのは少し怖いが、下手に怒らせるのはもっと怖い。正直に言うべきだろう。


「…俺の名前は柊 凱也だ。」





………。

どうやら、書類の読み込みをしている途中にいつの間にか眠ってしまい、昔の夢を見ていたようだ。


「……ふう。」


仕事が一段落し、少し体を伸ばすと朝日が入ってくる。


「……変わったものだな。私も。」


私が召喚されたことに気づいてすぐはゲームの世界だと興奮したものだが、今となっては元の世界が恋しい。


「本当に、忌々しい。」


…この世界は、歪だ。気づくまでに1週間はかかった。


「最初は、そういうものだと思っていた。」


まず、当たり前のように言葉が通じる事に気づいた。次に、あらゆる単位が元いた世界と同じ事であることに気づいた。そしてそれらに気づいてからはこの世界のあらゆる事が異常に感じられた。


「…この紙だってそうだ。」


紙。この世界に活版印刷の技術がある事自体はおかしいことではない。問題はこの世界の技術水準だ。


「紙はあるが、銃はない。」


この世界には私以外の異世界人も存在していたらしい。言語や単位が同一なのはそれで納得できる。

しかし、それまで誰一人として銃の開発を進めなかったとは奇妙な話だ。


「…いや、こんな事を思い出している暇はない。」


そうだ。私には山程の仕事が残っている。昔を懐かしんでいる場合ではない。

気合を入れ直し、仕事を再開しようとしたその時、部屋に置かれていた電話が鳴る。


「…どうした、ドゥーチェ。」


かけてきたのはドゥーチェだった。電話をとり、用事を聞く。


「成功だ。あの冒険者…レイジを引き込めた。今頃は法皇暗殺の為に聖都に向かっている最中のはずだぜ。俺は今からリーシェに戻る予定だ。」


「分かった。気を付けて帰ってくれ。」


「あいよ。」


電話は数十秒で終わった。任務は問題なく果たせているようだ。

静かな部屋で仕事を再開する。


「……そろそろ、回復しただろう。」


数時間が立ち、昼になってからようやく席を立ち、部屋から出て騎士を呼び出し、リーシェの外へ歩いていく。

目的地はもちろん、あのダンジョン。


「…迷宮戦争を使って革命を成功させる。」


私と家臣の騎士以外の誰もいない森の中、そんな事を呟きながら私はダンジョンへと足を進めた。





「………」


魔物の数が多い。幸いゴブリンしかいないため簡単に対処はできているが、数匹で戦略的な動きをするためかなり時間を取られる。

それでも焦らず、周囲を警戒しながらゆっくりと進むと、周囲から狼が飛び出してきた。


「グルルル…!」「ウー…!」「グルル…!」


…数は3匹、11人の私達にとって脅威ではない。

…普通の狼ならば。


「アオーーーン!」


リーダー格の一匹は恐らくダンジョン産。

何らかの特殊能力を持っているはずだ。


「…左右の二匹はそれぞれ3人がかりで相手しろ。残りの5人であいつを倒す。」


ダンジョン産の魔物は存在そのものが脅威だ。純粋な能力や回復能力の高さはともかく、奴らの特殊能力は戦闘を変える力を持つ可能性がある。例えば、死ぬと大爆発を起こすことができたり、完全な透明化能力を持つといったものだ。もちろん、全ての特殊能力が分かっているわけではない。そのため、ダンジョン産の魔物に遭遇すれば逃げるか気絶させてから出血で殺すといった方法が推奨されている。


「奴は殺さずに戦闘不能にする。足を狙え。」


「グルルル……!」


奴は私に飛びかかり、噛み付いてきた。


「…効かないな。はっ!」


奴の牙は私の鎧に防がれ、ガキンと音を鳴らす。私は反撃に奴の顔を盾で叩く。


「…アオーン!!」


奴は距離を取ったかと思うと、いきなり遠吠えをし、森の奥へ逃げていった。他の二匹もそれに続いて逃走したため、急に戦闘が終わった。


「…逃げたか、厄介だな。」


私は再び歩き出す。目的は、ダンジョンとの和解だ。






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