第4話 『裏』

「いただきます!」


レンが手に持った肉をかじる。


「…おいしくない」


「当たり前です。何でそのようなものを食べるのか理解できません。」


そもそも何で生で食べようとしたのだろうか? 私の火魔法で焼けばまだマシな味にはなったはずだ。


「…病気の心配はしないのですか?」


「え? 病気ってこっちの世界にもあるの?!」


随分とお気楽なようだ。まあ、本当に危ない事をしようとしたら止めるが。


「ありますよ。…というか、《それ》はこっちの世界の物ではなくあなたの世界出身です。ないわけがないでしょう。」


私はレンが食べている肉を見る。冒険者が落とした剣を使って食べやすいように切られているが、判別可能な程度には形が残っている。どうやら今は右手を食べているらしい。


「うーん。脂が乗りすぎてあんまりかな。」


…イカれている。ただ人を殺すのが好きなのかと思ったが、他にも色々狂っているようだ。


「…本当によく食べれますね。野生の魔物を狩るとかは考えなかったんですか?」


「食べ物を無駄にするのは良くないからね!」


快楽の為に人を殺した者が道徳を説くか。世も末だ。もっとも、本当にこの世界が終わることはありえないが。


「まあ、いいです。野生の魔物とは協力できますし。それより、ダンジョンの防衛はしないのですか?」


「防衛って罠とか配下とかだよね? わたしは自分で人を殺したいんだ。少なくとも今は何もしないよ。」


…ふざけている。さっきの冒険者達はただの偵察だ。戦争が本格化すればダンジョンマスター1人だけでは勝てない。


「レン。それでは駄目です。1週間程度で騎士達がやってきます。そうなれば負けます。」


1週間。貴族達が近くの都市に集まり、ここに攻めてくるまでのタイムリミット。ダンジョンはそれに備えて野生の魔物を従わせたり、ダンジョンに罠を置いたりする必要がある。


「え? わたしは無敵なんだよね? どうして勝てないの?」


「敵が何人居ると思ってるんですか。あなたは丸一日戦い続けられるんですか? そもそも、ダンジョンマスターは別に無敵では―」


「えー。まあ分かったよ。そこら辺は任せるからいい感じにやっておいてよ。」


やはりこいつは話を聞いていない。しばらくは敵が来るにしてもただの冒険者でレン1人でも十分勝てるだろうが、もちろんダンジョンマスターは無敵ではない。ダンジョン内で最強というだけだ。さっきのようにダンジョンの外に出ると弱体化する上、ダンジョン内でも別に最強ではない。


「良いですかレン。ダンジョンマスターというのは―」


レンに注意をしようとするが、その時私は奇妙な不快感を覚えた。これの正体は―


「…レン。人間が接近中です。おそらくは冒険者でしょう。」


「ほんとっ? よーし、今度は楽しむぞ!」


楽しそうで何よりだ。だが―


「レン。今回は無駄にいたぶったりせずに倒したらすぐに帰ってきてください。」


前回のように逃げられては勿体ない上、何かあったら心配だ。


「………」


しかし、レンは不満そうだ。…そこまでして痛みつけたいとは元の世界でどうやって暮らしていたのか甚だ疑問である。


「…分かりましたよ。ダンジョンに連れて帰った後ならいくらでも痛みつけて良いですから遊ぶような真似はしないでください。」


「…はーい。」


レンはまだ不満そうだが前回逃してしまった負い目があるのか、渋々納得してくれた。


「それじゃあ、行くね。」


「はい。気を付けてください。」


そしてレンは扉を開け、ダンジョンから出ていった。あとに残されたのは私と、右手がない男の死体だけであった。

そして私は奇妙なものを発見する。


「……?」


今まで気付かなかったが、男―元マスターの死体の下に淡く光る何かがある。


「これは…」


信じられないほどの豪運だ。私が最初に召喚したマスターが大ハズレであったのも、その後レンを召喚したのも、レンが狂っていた事も、全てが運命のように感じられる。


「まさか人喰いがこんな幸運に繋がるとは…」


そこには魔力の塊、魔石があった。


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わたしはダンジョンを出て、近くの木に隠れる事にした。本当はもっと面白い事をしたかったが、前回のように遊ぶのはリーナに文句を言われるからやめておいた。今回は最初から本気で倒す。


「ライア、照らしてくれ。」


「少々お待ち下さい。」


人の声が聞こえる。どうやら今回も複数人のようだ。ライアと言われた男が何やら詠唱を始めた。ダンジョンの周囲なら通常魔法でも完成するまで数分はかかるらしいが、わざわざ待ってあげるようなことはしない。1人が詠唱中ならその分奇襲も成功しやすい。わたしは木の影から飛び出すタイミングを伺う。


「…ライア以外、戦闘に備えておけ。何か来るぞ。」


どうやらわたしがいる事に勘づいたみたい。でも、警戒しても無駄だ。今回は一撃で殺す。

わたしは木の影から飛び出し、最も近くにいた男に殴りかかる。

リーナの予想とは全く異なる相手の姿や人数に驚きながらも、拳の速度は緩めない。


「……!」


攻撃は一応は当て、わたしは他の木の影に隠れたが、男はギリギリで回避し、ダメージは少ないだろう。

それよりも相手の人数が多い。10人は居そうだ。加えて全員が重装備。恐らくは騎士だ。少し苦戦はするかもしれないが―


「全員、離れろ。私が相手をする。絶対に手を出すな。」


…手を出すな? 1人でわたしに勝てると? こいつ、わたしを舐めている。そう意識すると怒りの炎がわたしの中で大きくなる。絶対に苦しめて殺す。


「……」


木の影に隠れているため、見えないはずだがなんとなく敵の様子が分かる。


(敵は11人。わたしを舐めているリーダーらしき男が5メートルほど離れた場所にいて、ライアと呼ばれた魔法を詠唱している男がそれより5メートルは離れている。そして他の騎士たちは10メートルは離れている。…相手の動きは速くない。こっちを舐めているならそれを利用して殺す。)


わたしはリーダーの男がこちらに背を向けたと感じた瞬間、木の影から飛び出して一気に距離を詰め、殴ろうとする。しかし―


「…そこだっ!」


男はこちらを見ることもせず、持っていた剣をわたしに叩きつけた。


「…!」


なんとかギリギリで踏みとどまって回避できたが、体勢を崩し、追撃が飛んで来る。


「隙だらけだっ!」


一撃目は回避したが、二撃目はまともに食らってしまった。わたしの服を切り裂き、胸から血が飛び散る。

わたしが、傷をつけられた…? 正確には冒険者から傷をつけられた事はあるが、その時は遊んでいただけだ。わたしが本気で戦っているのに、傷つくなんてありえない。


「死にさらせ! 人間めっ!」


わたしは怒りを隠さず、男に殴りかかる。ここまで距離が近ければ避けられないだろう。


「…なかなかやるな。鎧越しでもかなりのダメージだ。」


攻撃は当たったが、あまり効いていない。

…鎧を壊せるとまでは思っていなかったが、衝撃でもっとダメージを与えれるはずだった。この男の強さは装備に頼り切りではないのだろう。


「だが、私の勝ちだ。」


…わたしが殴りかかる瞬間、奴は持っていた剣でわたしの右腕に大きな傷を付けていた。これでは殴っても大した威力は出ない。


「はっ!」


そして奴は続けてわたしの足を切りつける。回避は間に合わず、足から鮮血が飛び散る


「……クソッ!」


悪態を吐きながらも、次の攻撃に備える。

次に男はわたしの顔を狙い、剣を突いた。


「……! え? なにこれ?」


足を怪我している状態では回避ができるわけもなく、剣はわたしの顔に当たり―額を貫いた。直後、これまでの人生では感じたことのない痛みがわたしを支配し、わたしに『死』を想起させる。

…無敵のわたしを、貫いた? わたしが…死ぬ?

いや、そんな事はあり得ない。あり得るはずがない。わたしは男に憎悪の感情を向ける。


「…ダンジョンマスターの硬さは魔力由来だ。自分で攻撃されると考えてない場所は大した硬さではない。」


男が何か言っているが聞いている余裕はない。何か、この状況を打開する方法は―


「私の勝ちだ。ダンジョンマスター。」


わたしの意識は激しい痛みと共に沈んでいった。


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私がダンジョンマスターに勝利を宣言し、ダンジョンに突入しようとすると家臣の騎士が近づいて話しかけてきた。


「閣下。閣下の戦闘中に魔物の遠吠えを聞きました。撤退を進言します。」


…どうやら、ここまでのようだ。この森に住む野生の魔物はゴブリンや鹿といった遠吠えをしない魔物ばかり。つまり、遠吠えをした魔物はダンジョンと関係している可能性が高い。そして恐らく獣形。私や騎士達はこれまで対人間に特化した訓練を行ってきた。魔物の戦力も分からない以上、これ以上の進行は不可能だろう。


「分かった、撤退だ。ライア、魔法はもう良い。帰るぞ。」


「承知致しました。」


…ライアは別に魔法を専門にしている訳ではないが、それでも10秒もあれば火の玉は出せる。それなのに3分以上かけてできないとは、やはりこのダンジョンは規格外のようだ。


「閣下、とどめはささないのですか?」


ライアがそう言ってダンジョンマスターの少女を指差す。


「いや、このダンジョンを攻略するのは今ではない。」


「分かりました。」


そうして私達はダンジョンを離れた。




「おい、あれって領主様じゃねえか?」


「領主様! 無事だったのか!」


「無事ってどういうことだ? まさか、ダンジョンにでも行ってたのか?」


私がリーシェの門をくぐると人々はそんな話しながら私を迎えた。


「もちろん、無事ですよ。心配していただきありがとうございます。 少しだけダンジョンの様子を見に行っていました。」


私が城に着くまでに同じような返事を数回したが、人々が私の事を嫌っているわけではないことを再確認し、安心する。


「…旦那様、お帰りになられたのですね。旦那様が留守の間にも様々な書類が来ております。確認をお願いします。」


私が部屋に入るやいなや、侍女が大量の書類を持って来た。今日は寝れないのは確定だろう。


「分かった。だがその前にドゥーチェと話がしたい。呼んできてくれ。」


「ドゥーチェというと…あの商人の方でしょうか?」


「ああ、頼んだ。」


…本当に私はついている。近くにダンジョンができるなんて思いもしなかった。このチャンスは絶対に無駄にできない。


私が書類の読み込みを始めてしばらく経った頃、部屋の扉が開かれた。


「邪魔するぜ、トキヤ。」


「久しぶりだな、ドゥーチェ。会いたかったぞ。」


彼はドゥーチェ。私が領主になる前からの長い付き合いの冒険者だ。いや、今は商人であるが。そして、私が気を許せる少ない相手でもある。


「それで、呼び出した理由はやっぱりアレだよな?」


「ああ、少し待ってくれ。」


私は机に置かれた箱型の魔道具のスイッチを押す。これで外部から話を聞かれたり覗かれたりする心配はない。


「良し。ではこれからの計画について話そう。」


「ダンジョンのことだよな?」


「そうだ。…ついさっき仲間達とダンジョンに行ってきた。」


「ダンジョンに行った?! 大丈夫なのかよ? 新しくできたダンジョン、規格外って噂だぜ?」


やはりダンジョンに行ったことに驚いている。だが、そのリスクに見合う情報は得られた。


「私1人で何とか勝てる程度の相手だったよ。しばらくの間は冒険者に攻略されることはないだろう。」


「そうか。なら、やるんだな? 今。」


「…これは最大のチャンスだ。絶対にやり遂げなければならない。」


そうだ。このチャンスを逃せば次の機会が何十年後かも分からない。だから、失敗は許されない。


「ドゥーチェ、君にはまずこの男を勧誘してもらいたい。」


そう言いながら私はある冒険者の顔が描かれた紙を見せた。


「こいつは一体?」


「元はここの冒険者だった。ダンジョンの捜索中に負傷して今は眠っているはずだ。」


「それは分かったが…どうしてこいつなんだ? 何か特殊な魔法を使ったりするのか?」


ドゥーチェが当然の疑問を口にする。


「特殊な魔法を使うのは彼じゃない。彼の仲間さ。もっとも、今は死んでいるが。」


「なるほど。協力させて後戻りできなくなったところで仲間を復活させ、特殊な魔法の使い手を仲間にするって訳か! 流石はトキヤだ。」


「大したことではないさ。これはただの綱渡りだ。それに、これがうまくいっても計画の完遂の為には何度も綱渡りをすることになるしな。」


そう。この計画は綱渡りだ。しかし、私はこの計画を絶対に成功させなければならない。


「―じゃあ、失礼するぜ。」


「ああ。」


しばらく計画の詳細について話をした後、ドゥーチェは部屋を出ていった。

1人残された私の独り言が部屋に響く。


「…革命を成功させる。」


自分のためにも、人々のためにも、革命は絶対に成功させなければならない。

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