第4話

ここはリーシェ。観光名所や特産物もない、人口5000人ほどの田舎の都市だ。しかし、現在のリーシェは王都に勝るとも劣らないほどの活気に満ちていた。


昨日の深夜0時頃、リーシェの司祭がこの地域全体の魔力の揺らぎを感知し、それを各所に伝え回った。

魔力の揺らぎ。それが示すことは誰もが知っている。


「ダンジョンの誕生…」


この近くにダンジョンが誕生したのだ。

無論、それ自体は歓迎すべきことだ。ダンジョンの誕生は付近の都市の繁栄と同義である。自分の都市が繁栄するのは喜ばしい事だ。

しかし私には喜べない理由があった。それは―


「失礼します。 旦那様、この書類にもサインをお願いします。」


侍女が部屋に入って来て数十枚はある書類の束を私の机に置き、すぐに出ていった。既に机には山程の書類が置かれており、全て合わせれば100枚は優に超えるだろう。


「………」


文句を言う相手もいないので、書類を隅々まで読んでサインをする作業を再開する。本当は流し読みでサインをしたいところなのではあるが、不利益を被らないように全ての書類を読み込む。

…やはり内容はダンジョン発生に伴う軍や隊商の派遣の許可を求めるものがほとんどだ。

私はこのリーシェを治める領主であるため、私のサインなしでは他の貴族の軍や大人数の商人達が勝手に立ち入ることはできない。

そんな事を考えていると再び扉が開き、誰かが入ってきた。


「失礼します!」


また侍女が新たな書類を持ってきたのかと思いつつ、顔を上げるとそこに立っていたのは意外な人物だった。


「辺境伯どの…! 少しお時間をいただきたい…!」


そこには汗だくで焦った様子の男―リーシェの冒険者ギルド長の姿があった。







「……なるほど、彼の話に嘘は無かったようだ。」


私は今、ダンジョンの入り口であろう大穴と対峙し、圧倒的な魔力を感じていた。

ギルド長の言っていた通り、このダンジョンは規格外の力を持っているようだ。


「…進むぞ。ついてこい」


「はっ!」


しかし、この場には家臣の騎士10人に私を加えた11人がおり、全員が実力者だ。このダンジョンがいくら強大な魔力を持つとはいえ、生まれてすぐの今なら問題なく攻略できる戦力はある。―もっとも、まだ攻略をするつもりはない。このダンジョンは利用できる。


「ライア、照らしてくれ。」


「少々お待ち下さい。」


私が騎士の1人に穴の底を照らすように頼むと彼は静かに詠唱を始めた。火魔法を使える彼は普段なら数秒で火の玉を出せるのだが、ダンジョンの周囲に漂う高密度の魔力の中なら詠唱時間は極端に延びる。ここまでの高密度の魔力溜まりは初めてであるため正確には分からないが、恐らく詠唱時間は十倍以上には延びるだろう。


「………」


詠唱をするのを横目に、私は静かに辺りを警戒しながら魔法が完成するのを待った。


「…ライア以外、戦闘に備えておけ。何か来るぞ。」


嫌な予感がする。恐らく、狙われている。


「……!」


私が危険を感じて後ろに飛ぶが、重装備が災いしてわずかに回避が遅れた。胸に大きな衝撃が走る。だが、それだけだ。数発なら受けても耐えれるだろう。それに相手の姿は確認できた。


「全員、離れろ。私が相手をする。絶対に手を出すな。」


相手は予想通り軽装。武器すら持っていないとは思わなかったが、むしろ都合が良い。私1人で確実に勝てる。


「……」


集中する。相手の動きは速いが、十分に目で追える程度だった。今も周囲のどこかに隠れているはずだ。


「…そこだっ!」


私は背後に感じた気配に向かって振り向きざまに剣を叩きつけた。


「…!」


残念ながらギリギリで踏みとどまって回避されてしまったが、相手は大きく体勢を崩した。もちろん私はその隙を見逃さずに追撃する。


「隙だらけだっ!」


一撃目は外したが、それを回避する為に更に体勢を崩したため、それに続く二撃目は相手―少女の胸に突き刺さる…ことはなかった。流石はダンジョンマスターと言わざるを得ない防御力だ。私の剣は少女の体に傷をつけ、僅かに出血させたが、それだけだった。

そして少女は悪態を吐きながらこちらに拳を叩きつけてくる。


「死にさらせ! 人間めっ!」


少女は意趣返しのつもりなのか、私の胸を殴った。鎧を着ているとは思えない衝撃が私に伝わる。


「…なかなかやるな。鎧越しでもかなりのダメージだ。」


数回なら食らっても問題ないと思っていたが、この威力の攻撃を2回も受ければ鎧が使い物にならなくなるだろう。このままやり合えば不利だが…


「だが、私の勝ちだ。」


私は少女がこちらに殴りかかる瞬間、持っていた剣で少女の右腕に大きな傷を付けていた。ダンジョンマスターには驚異的な回復能力があるが、傷が塞がり始めるまで数秒は時間の猶予がある。だが、数秒でも片腕が使えないというのは大きな隙となる。


「はっ!」


まずは逃げられないように少女の足を切りつける。少女は避けようとするが、私の剣が到達するほうが早かった。


「……クソッ!」


少女の足から鮮血が飛び散り、少女の顔が怒りに歪む。

もちろん、私がその隙を見逃す訳がない。

私は少女の顔を狙い、剣を突く。


「……! え? なにこれ?」


剣は狙い通り少女の額を貫いた。素早く剣を引き抜くと、傷口からこれまでとは比べ物にならないほど大量の血が流れ落ちる。意外にも少女は痛がるのではなく驚いている。恐らくは無敵だと思っていた自分が簡単に打ち負かされて驚いているのだろう。


「…ダンジョンマスターの硬さは魔力由来だ。自分で攻撃されると考えてない場所は大した硬さではない。」


ダンジョンマスターの肌は魔力によって大幅に硬度を増し、その硬さはダイヤモンドを超えるとすら言われている。しかし、背中や顔といった攻撃されていると想像していない場所には魔力があまり流れておらず、防御力が低い。それでも下手な鎧よりも硬いが私の剣を防ぐのには至らない。


「私の勝ちだ。ダンジョンマスター。」


私は勝利を宣言した。


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「この戦争を、終わりにできる。」


一瞬、馬鹿にしているのかと思ったが男の顔は至って真剣で、とてもふざけているようには見えない。何より、商人がくだらない嘘をつくとは思えない。


「どういうことだ? 迷宮戦争の事だよな?」


「そうだ。迷宮戦争を終わりにできる。」


…なぜ男がいきなりこんな夢物語を言い出したのかは気になるが、そもそも魔石が欲しい俺にとって迷宮戦争はなくてはならないものだ。


「くだらない。俺は戦争を止めるなんて興味が無いどころか、大反対だ。俺には魔石が要る。」


「いいや、戦争が終了すれば魔石も手に入るかもしれない。」


…きっと、男の話は聞くに値しないものだろう。戦争を終わらせるなんてできるはずがない。ダンジョンとの戦争が終われば冒険者達はどうやって生きていくというのだ。今までダンジョンに潜っていた冒険者が地上にでれば野生の魔物はいつか絶滅するだろう。しかし、魔石が手に入るかもしれないという希望を提示されてしまっては話を聞かないという選択はできない。


「…詳しく聞かせてくれ。」


「悪いな兄ちゃん。詳細は協力を約束してからじゃないと話せねえ。」


…ふざけているのか? 戦争を終わらせ、魔石が手に入るかもしれないとだけ言って他に情報を渡さず、協力するなら詳細を教える? 馬鹿馬鹿しい。


「詳細も分からずに協力するはずがないだろう。他をあたってくれ。」


「いや、兄ちゃんが協力するのは確定事項だ。…協力しないなら死んでもらうことになる。」


男がいきなり腰巾着からナイフを取り出して投げる構えを取っている。


「…俺は冒険者だぞ。商人に負けるわけないだろう。」


数年間愛用していた剣はダンジョンマスターに投げてそのままである為、今の俺は予備の剣しか持っていないが、目の前の商人…恐らく商人というのは嘘だろうが、騎士や魔法使いではないようなので、獲物がただのナイフなら十分勝てるはずだ。


「勘違いしてないか? 殺すのはそっちの嬢ちゃんだ。」


そう言って俺の横に置かれた大きなリュックを指差す。中に入っているのはもちろんミオの遺体だ。…ミオ傷つけないよう守りながら戦って勝つのは無理だろう。それに、この感じだと馬車の御者もこいつの味方だ。そう考え、男


「…何が目的だ。金なら今はほとんど持ってないぞ。」


「金なんて要らないぜ。今言っただろ? 俺達に協力してほしいんだ。」


協力? 明らかに強制だ。というか何故俺が必要なんだ? 空間魔法や回復魔法が使えるミオならまだ分かる。しかし、俺以上の力を持つ冒険者は王都に行けばいくらでも居るだろう。俺をここまでして必要とする理由はなんだ? 


「なぜ…俺なんだ? 金を積めば喜んで協力する冒険者はいくらでもいるはずだ。」


「金じゃあ駄目だ。より多い金があれば簡単に裏切る。」


男は続ける。


「兄ちゃん、必要なのは希望なんだ。…俺達に協力してくれるなら魔石を渡す。もちろん、それとは別に金は払う。協力、してくれるよな?」


「…先払いだ。魔石を渡してくれたらいくらでも協力する。」


断られることは分かっている。そもそも本当に魔石を渡すつもりがあるなら脅したりせず、取引を持ちかけるはずだ。


「それは兄ちゃんが任務をこなしてからだ。」


やはり断られた。しかも、この男の中では俺はもう協力するのが確定であるらしい。


「…何をすればいいんだ?」


すると男は俺に1枚の紙を見せた。

紙には誰もが知る人物の絵が描かれてあった。


「対象はそいつだ。そいつを―法皇ヴェラトルを、暗殺してくれ。」







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