第8話
暗い森を駆ける10の狼。そしてそれに乗るわたしとゴブリン達。
わたし達は今、ラジンへ向かっている。目的はもちろん、襲撃だ。
「…アルファ、一度止まって。全員、もう少し広がって辺りの安全を確認。」
アルファというのはわたしが乗っている狼の名前だ。ダンジョン産で特殊な能力を持つらしいけど、どんな能力かは分からない。
「異常はない?」
狼達が頷く。ゴブリンに聞くと鳴き声で伝えようとしてくるから狼に聞くようにしている。援軍だからいつかは返さないといけないのが残念。
「分かった。進んで。」
そう言うと狼達が進みだす。ゴブリン達は乗っている狼に振り落とされまいと必死にしがみつく。
「…! 速度を落として。」
数十分経ち、森の出口が見えてきた。森からラジンまでは歩いて十分もかからないとリーナが言っていたためここからはより慎重に動かないといけない。
…森を抜けたわたしの前に広がっていた光景は意外なものだった。
「あそこが、ラジン…」
まず目を引くのは都市を囲う壁。大体5メートルくらいの高さはあって、人間が登るのは無理そう。ここから見える入り口には衛兵らしき影が複数見える。
リーナが言っていたから知っている事ではあったけど、実際に見ると想像以上のプレッシャーだ。
…これは潜り込むのは大変そう。だけど、潜り込めさえすればこっちの物だ。
「わたしには魔石がある。」
先代マスターが遺した魔石。これを使えば10分はダンジョン内と同じ力を出せるそうだ。だから、暗殺の対象に近づけさえすれば簡単に殺して逃げれる。
「全員、作戦は覚えてる?」
「「「ギャギャッ!」」」「「「アウ!」」」
予定通り、ゴブリンと狼達で陽動している間にわたしが忍び込む。ゴブリンが死ぬとメタルパラサイトが出て、衛兵に乗り移って混乱させる。
「…よし。行け!」
「アオーン!!」
わたしとアルファ以外を衛兵に突撃させる。わたし達は気づかれない様に少し遠回りして門に移動する。
門までは大体1キロ。狼なら1分もかからない。遠回りするアルファも身体能力が高い為、同じ時間で移動できる。
「―――――――、――。」
「―――――。」
口の動きで衛兵達が何か喋っているのが分かる。衛兵の数は5人で全員が同じ鎧とヘルメットを身に着けている。想像より多いが、計画を変えるほどじゃない。
「――い。 狼じゃないか?」
「―かに。 テイマーでも乗ってるのか?」
もう10メートルもない。わたし達は壁のそばに着き、他の狼が衛兵の気を引くのを待っている。
「アオーン!!」
「ギャギャッ!!」
さあ、ここからが重要だ。
「何だこいつら! ゴブリンじゃねえか!」
「敵意はありそうだな…応援を呼んでくる。」
「数は9体か。 狼もいるから俺たちだけじゃ無理だな。」
ゴブリンライダー達は門まで20メートル程度。わたしとアルファは門から10メートル近く離れた壁のそば身を潜めている。
門は閉められているけど応援を呼びに行ったということは衛兵用の扉か、門を開けるスイッチがあるはずだ。
「ギャギャッ!」
ゴブリン達が狼から降りて衛兵に近づく。
「おい! こいつら木の枝しか持ってないぞ! ゴブリンは無視して良い!」
そう。ゴブリンにはまともな武器を持たせていない。先代の剣はわたしが持っているし、冒険者が落とした剣はゴブリンキングに渡してキングは置いてきた。
丁度良いサイズの木を拾って渡していたのだが、トキヤほどではないがしっかりとした防具を持つ衛兵にはほとんどダメージはないだろう。
「ギャギャッ!」
「このっ! ちょこまかと!」
作戦通り、少しずつ衛兵を門から引き離してくれている。もう3歩…いや、2歩離れてくれれば…
「グルルル…!」
「クソッ。 狼は結構強いな…」
よし。今だ。
「アルファ。離れて。」
わたしは重い鎧と剣を持ちながら全速力で門へ走る。衛兵達のヘルメットは見るからに視界が悪い。戦闘音が鳴り響く暗い夜なら数メートル後ろで何かが動いていようと気が付かない。
「アオーン!!」
そして、わたしの逃走用にギリギリまでそばに置いていたアルファが攻撃に参加できるようになり、さらに余裕を奪う。
「な、なんだ? その狼、なんか変だぜ? というか、いつの間に居るんだ?」
「も、もしかしてダンジョン産じゃないかな?」
「おい! 喋らずに戦え!」
予想通り、衛兵達の立っていた場所に扉があった。急いで中に…
「おい! そこのお前! 誰だ!」
見つかってしまった。でも、止まるわけにはいかない。
「……」
「待て! 止まらないと―」
「ちょっと! 今は目の前の敵に集中してください!」
「…クソッ!」
なんとかラジンに入り、わたしは門から離れた所にあった建物の影に隠れて次の行動を考えていた。衛兵に侵入者がいることがバレた以上、長居はできない。できれば1時間以内に都市を出たい。
…! この建物の中、誰かが話している。とりあえず盗み聞きだ。
「それで、リーシェが平和条約を結んだというのは…?」
「声が大きい。聞かれたらどうするつもりだ。」
「こんな時間にこんな場所に来る奴なんていませんよ、旦那。それより、どっちですか? マジなんですか?」
「まあ、それもそうだな。…平和条約の話は間違いない。部下が直接聞きに行った。」
…商人同士の会話、だろうか? 侵入者がいるというのはすぐに騒ぎになるだろう。ここで適当にでも殺したほうが良いかもしれない。
「…例の物はいつ用意できる?」
「もう用意できてますよ、旦那。しかも、ナイフを!」
「ほう、流石だな。金はここだ。確認してくれ。」
「旦那が金をちょろまかすなんて考えてないっすよ! なんでこんな物欲しいのかは理解できないっすけど…」
「詮索はするな。それでは失礼する。」
「あ、ちょっと待って下さいよ!」
考える。襲うべきかどうかを。
男達はおそらく商人。どれくらいの影響力を持つかは不明だが、取引を行っている今なら金と物の両方も手に入るはず。
(襲う。扉から出てきた瞬間に)
奇襲が失敗したときに備えて魔石を咥え、両手で剣を握る。そして扉が開いた瞬間。わたしは、そう。狙った一撃を…
「あれ、あんた誰っす―」
わたしの剣が男の喉を貫き、命を奪う。
「おい、止まらず…」
「はっ!」
よそ見をしていたのか仲間の喉が貫かれた事に気付かったもう1人の男の首を刎ねる。
「メタルパラサイト。この近くで隠れて待機し、適当な人間に寄生しろ。」
混乱は大きいほど良い。それだけ戦争が延期される。そして男達が取引に使った2つのアタッシュケースらしきものを担ぎ、走って門へ向かう。
「ああ! 間違いなく、侵入者が居る!」
「何人でどんな格好だ?」
「多分、1人で鎧を着けたガキだ!」
衛兵と兵士らしき人間がいる。衛兵は1人しかいない所を見るにゴブリン達はかなり善戦したんだろう。
「…おい! そこのお前! 止まれ!」
兵士がわたしを見て叫ぶ。侵入者の特徴に合致していて、血まみれな奴が走っていたら誰であっても叫ぶだろうが。
魔石をかじり、2回に分けて飲み込む。
すると、なんとなく力が湧いてきた気がする。
「はあっ!」
「なにっ?! 跳ん―」
言い終わる前に、男の首が落ちる。
この剣は肉を切りやすいとは思っていたが、木を切り倒したりといった事はできなかった。
…その剣で鎧やヘルメットさえ切り裂くとは魔石の力は想像以上。消耗品なのが残念だ。
「これでも喰らえ!」
持ってきたアタッシュケースを衛兵に投げ
る。
「ぐ…!」
「はあ!」
落ちたケースを回収しながら剣で心臓を一突き。鎧を貫通するのはなんだか気持ちいいが、できれば素手で戦いたい。
「…いたぞ! あそこだ!」
「…!」
さらに応援の兵士が来た。今度は10人以上居る。これ以上は魔石の効果が切れる。逃げよう。
「逃げたぞ! 追え!」
「アルファ! こっちに!」
「アオーン!」
アルファはさっきの場所に居てくれた。素早く乗って指示を出す。
「森まで走って!」
「弓を持っている奴は撃て! 騎兵は追いかけろ!」
矢が飛んでくるが、今は深夜だ。当然、かすりもしない。騎兵が来るまでにはもう森の奥深くまで進んでいる。いくつか気になる事もあるが、とりあえずは…
「わたしの、勝利だ。」
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