第2話 『裏』
「とりあえずその鎧を、着てもらえるかな?」
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わたしは結局鎧は着ないことにした。リーナは少し意外そうな顔をしていたがいくらなんでも血まみれの鎧を着る気にはなれなかった。リーナもそれには納得してくれた。
「それで、冒険者って人達が攻めて来るのは分かったけど、わたしはただの一般人だよ? そんな強そうな人たちと戦って勝つ自信はないよ?」
そう。わたしはただの中学生だ。そんなわたしが戦える相手はせいぜい中型犬といったところだろう。もちろん実際に戦ったことはないから憶測ではあるが。
「問題ありません。ダンジョンマスターはダンジョン内であれば最強の存在です。例え重装備の騎士が相手でも素手で殴り勝てる程度の力はあります。」
…何だって? 騎士というのがどのような存在かは分からないがおそらくは冒険者よりも強力な人間なのだろう。そんな人間と殴り合って勝てる?
「それってどういう…」
わたしがリーナに真意を問おうと口を開いた瞬間、彼女がわたしの声を遮って言った。
「人間が接近中です! おそらく冒険者です 数十秒後にはおそらくこのダンジョンの出入口を発見されます!」
どうやらわたしは情報を手に入れることも叶わないようだ。
「…今のわたしで勝てる?」
意外と動揺はない。ついさっきまで下校中だったとは思えない、などと他人事のように思いつつ彼女の返事を待つ。
「油断をしなければおそらく勝てます。ただ…」
何か言いたそうだが一旦無視する。
「分かった。 ダンジョンの出口はどこ?」
「まだ出入口は作ってませんが…」
ん? 何だか話が違う
「あれ、さっき出入口を発見されるっていってなかった?」
「正確には出入口を開通させていないといった感じですね。外部からは出入口があるのはわかりますが私が開通させるまで入る事は基本的にできません。」
言っている事はよく分からないがとにかく外に出られないことは分かった。
「なら開通させて。」
「え? 戦うのですか?」
なんだかあまりコミュニケーションがうまくいっていないみたいだがもう時間はない。
「いいからやって。急いで。」
「……分かりました。」
----------------------------------------------------------------------戦闘を終え、ダンジョンに帰ったわたしではあるがわたしは幾つもの驚愕の事実を知った。
「え? 倒さなくて良かったの?」
「はい。彼らはただの偵察の冒険者です。倒しても倒さなくてもどのみちダンジョンの場所は知られるので倒す必要はありません。まあ、1日は発見が遅れるかもしれませんが。」
「は、話をちゃんと聞かなくてごめんなさい…。」
「気にしなくて良いですよ。多少発見が遅れるのは利点ではありますし、先に戦力を少しでも削るというのは悪くない選択です。あなたの戦闘能力も分かりましたしね。―それに、多分話を聞いててもやってましたよね?」
「…え? どういうこと?」
どういうことだろうか。話をしっかり聞く時間がなく、戦う必要があると思って戦いに行ったのだが。
「…あなた、楽しんでましたよね?」
「…まあ、少しは…?」
嘘だ。戦闘中、男の絶望に歪む顔を見るのはこれまでの人生の中で最も楽しかった。もっと遊んでいたかった。
「戦闘を好むダンジョンマスターは結構いますし嗜む程度なら気にしなくて良いですが…。それより、なんでいきなり襲わなかったんですか?」
リーナはわたしが奇襲しなかったことにご立腹のようだ。
「え、えーっと、やっぱり同じ人間を襲うのは流石に…」
「違いますね。」
リーナはわたしの嘘をバッサリ切り捨てた。
「それなら最初から戦闘をしようとするはずないですよね? 」
その通りだ。わたしは最初から戦うためにダンジョンから飛び出した。
「そ、その…一発で殺すんじゃなくて、いたぶって殺したいなって…」
「………」
リーナに頭がおかしい奴を見る目をされた。聞いておいてその態度はないだろうとは思ったが、自分で一番分かっているため何も言えない。
「武器を持たなかったのも同じ理由ですか?」
リーナの視線の先にはわたしが召喚されたときからある、謎の男の死体がある。
「防具には血がついてるというのはわかりますが、剣にはついてませんよね?」
確かに剣には血はついていないし冒険者が接近したことを教えられるまでは剣は持って戦う気ではあった。
「…いたぶるのが楽しそうだった。」
今度は可哀想な人をみる目をされた。
「そ、それより気になる事があってね!」
「…まあ、良いですが」
何とか話を逸らすためにこれまで気になっていた事を聞くことにする。
「その死体は一体何なの?」
わたしは謎の男の死体を指さして言った。
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「落ち着いたか? レイジ。」
「…何とかな。それより、何で俺は無事なんだ?」
少し前、俺とミオが急に冒険者ギルドの受付前に転移されてきたときはとんでもないパニックになったらしい。俺は手足がもげ、大量に出血しており、ミオもかろうじて生きてはいたものの意識はなくどういう状況なのか分からなかったらしい。
そしてその後ミオが目覚め、俺の傷を見て回復魔法をかけたらしい。もちろん回復魔法では失った手足は生えてくるはずもない。しかし―
「儀式魔法?」
「ああ、そうだ。教会の人たちとミオが儀式魔法でお前の失った手足を生やしたんだ。」
儀式魔法。圧倒的な力を持つ魔法。海を作る、若返る、魔力を吸い取る、そして―手足を生やすことだって可能だ。もちろん効果に見合った対価は必要とする。儀式魔法は通常の魔法の数千倍の詠唱時間が必要だ。そのため必然的に複数人で行う事になり、儀式と呼ばれるようになったらしい。そして、もう1人の対価は―人間の命。儀式魔法は人間の生命力を魔力として使うことで成り立つ魔法なのだ。そのため、生贄魔法とも呼ばれる。
「…! まさかミオは…」
「…遺体は一時的に宿屋のベッドに寝かせてるらしい。早く行ってあげな。」
次の日、俺はミオの遺体と共に、ラジン―リーシェの隣の都市―へと向かう馬車に揺られていた。
「随分としけた面してるねえ、兄ちゃん。あんた、確かリーシェで乗ってきたよな? あそこではダンジョンができたって聞いたぜ? 行かないのか?」
前の席に座る男が話しかけてくる。
「……もう、いった。いってしまった。」
「…もしかしてあんた…いや、詮索はいけないな。すまなかった」
「…そっちこそ、なんでダンジョンに行かないのだ? 見た感じ冒険者だろ?」
今度は俺から質問すると男は少し驚いたような顔をした。
「へ? …ああ、俺は冒険者じゃないぜ。ただのしがない商人さ。」
どうやら男は商人らしい。しがないと言っているが、冒険者などという最悪の職業より数倍はマシだろう。
「ほう。リーシェの商品の仕入れか?」
「ああ、ダンジョンができたリーシェではあらゆる物の需要が10倍だからな! まずはラジンで食料と水を仕入れるつもりだ!」
ダンジョンのできた近くの都市の需要が10倍になるというのは有名な話だ。もちろん誇張はされているがダンジョン攻略部隊の編成の為に国王や近くの貴族の軍、教会騎士団、冒険者と言った人間が集まる為、特に食料や水の需要は一気に高まる。そして商人がそれらの物資を売り、ダンジョンの素材を買い取る事で付近の都市の景気が良くなるのは事実だ。
「なあ、商人さんよ。その口ぶりならしばらくはこの近くで商売する気なんだよな? 少し、お願いがあるんだが、良いか?」
「いきなりどうした? まあ、言うだけ言ってみな。期待はすんなよ。」
「魔石を、売って欲しい。」
「…なんだって?」
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