迷宮戦争

第3話

わたしは今、コアルームの硬い床に寝転びながらリーナの話を聞いている。最初は普通に立って聞いてたのだがリーナがくつろいでいい、みたいな事を言ってくれたのでそれに甘えて寝転んだのが1時間程度前のことだ。

「―というものです。」

「ふーん、それで儀式魔法っていうのは?」

「儀式魔法というのは―」

リーナの話によると死体の男の正体は先代のダンジョンマスターみたいだ。

明らかに無能すぎたから殺したらしい。

「―というものです。　レン?　聞いてますか?」

「聞いてる聞いてる。要はすごい魔法なんでしょ?」

リーナが儀式魔法で先代を殺したってことと儀式魔法が何でもできるすごい魔法ってことは分かったけど―

「でもそんな複数人で使う魔法をリーナはなんで1人でできたの?」

リーナは意外とすごかったりするのだろうか?

「これは私の能力ですね。ダンジョンコアはそれぞれ特殊な能力を持ちます。私の能力は魔法を高速で完成させる能力です。あの元マスターを殺す為に使った儀式魔法ですが、人間が1人で行おうとすれば最低1時間は掛かります。しかし私は1分程度で完成させました。」

よくわからないけど凄いらしい。

「さっきの冒険者達がいきなり消えたのも儀式魔法ってやつ?」

「…どういう事ですか?」

「戦って数分ぐらい経った頃かな?　わたしがとどめをさそうとしたら突然光って消えちゃったんだよ。気付かなかったけど仲間がいて魔法を使ったみたい。」

「…逃げられたというのは初耳ですが…それはともかく、1人の人間が数分で儀式魔法を行うなんて無理ですよ。レンが見たのは通常の転移魔法でしょう。ちなみに転移魔法と言うのは空間魔法の一種で―」

ダンジョンの外の出来事をリーナは知らなかったらしく、わたしが冒険者達を逃がした事に驚いているみたい。

また何か話そうとしてるけど長い話はもううんざりだ。

「ふーん。人間は普通の魔法を使うのにも何分もかかるんだね。」

「それは違います。通常魔法なら人間は数秒程度で発動できます。冒険者達がすぐ逃げなかったのはダンジョンの周りは高密度の魔力が漂っているので魔法の完成が遅れたといったところでしょう。」

だんだん複雑になってきた。もう覚えられる気がしない。

「……眠い。寝る。」

召喚されてから大した時間は経っていないが色々なことがあって疲れてしまった。少し休ませてもらおう。

「こんな硬い床で寝るんですか?」

…確かにその通り。さっきから寝転んで話をしてはいるがこの状態で寝れるかは甚だ疑問だ。

「何かこう、魔法でベッドを出すとは…」

「魔法を何だと思っているんですか。魔法は魔力を何かに変換することで起こるものです。ベッドのような複雑な加工が必要な物をいきなり出すことはできません。だいたい―」

リーナが魔法の定義について話し始めたが一切興味はない。そんなことよりどうすればわたしが快適に寝れるかが重要なのだ。

……!　名案を思いついた。これならきっと快適に寝れる。

「―ちなみに魔力というのは―」

「リーナ。実体化して。」

「え?　どうしてですか?　少量ではありますが魔力を使いますよ?　そんなことより―」

リーナは気が乗らないようだがそんなことはどうでもいい。

「いいから。実体化して。」

「…分かりました。」

そしてリーナの体が少し光った。

「はい。しました」

これでリーナの体に触れることができるようになった。だからわたしはリーナに次の行動を指示した。

「ありがとう。じゃあ、そこに横になって。」

「…え?」

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いい朝だ。もちろん太陽の光は入ってこないため想像ではあるが。

「…おはようございます。レン。」

「おはよう。リーナ」

リーナがわたしの耳元で挨拶をする。わたしはそれに返事をしつつ、起き上がった。

「ありがとうリーナ。おかげでよく眠れたよ。」

わたしはリーナに感謝を述べる。わたしは硬い床で眠るのは嫌だったため、何とかそれを回避する方法を考え、実体化したリーナをベッド兼枕にするという方法を思いついた。

「……」

リーナはまだ少し恥ずかしそうにしている。

わたしは特に何とも思わなかったが、機械的なリーナが気にしているのは少し意外だ。

「おーい。リーナ?」

「!　は、はい何ですか?」

「人間って何で襲ってくるの?」

冒険者が来る、騎士団が来る、などというのは分かったが、なぜ何もないダンジョンに来るのかが分からない。最初はそういうものだと思っていたが、よく考えたらこのダンジョンを攻略する意味はないはずだ。

財宝があるわけでも魔物が居るわけでもない。そんな危険だけのダンジョンをわざわざ探してまで攻略しようとする理由が分からない。

「……戦争です。かつては何か理由があったんでしょうが、今は理由も分からず戦い続けています。」

何だって?　ダンジョンと人間が戦争をしている?　これは完全に初耳だ。ここまでインパクトのある言葉は聞き逃さないだろう。

リーナは話を続ける。

「人間がダンジョンを攻略しようとするのは様々な思惑が交錯しています。富や名声を求める冒険者。人々の信仰心を高めたい教会。そしてそんな彼らに物を売って商売をしたい商人など、あらゆる身分の人間がダンジョンを攻略したいという点で共通しています。」

だいたい分かったけど、少し気になることもある。

「冒険者の求める富って何なの?」

「魔石と、ダンジョンコアですね。魔石はダンジョン産の魔物が極々稀に落とすもので、用途は様々ですが有名な例としては死者を蘇らせる事ができます。ダンジョンコアは複数回使える魔石と言ったところですね。」

死者を蘇らせる。凄い力なのだろうがあまり興味が湧かない。復活よりもどう生きるかが重要だろう。

「蘇生以外の用途は?」

「病気を治したり、特殊な武器を作ったり、魔力の代わりにしたりと何でもできますが、基本的に推奨されることではありません。治療をするくらいなら死んだあとに蘇らせればいいだけの話ですし、魔石由来の武器は多くが使い物になりません。魔力を勝手に吸い取って魔物を召喚する剣や、振ると転移する斧を使いたい人はいません。」

「ふーん。」

長くて何を言ってるのかあまり分からなかったが、死者蘇生以外はあまり使われないらしい。

「…レン。あなた意外と…おかしいですね。」

「うん?　何のこと?」

おかしい、とは一体何のことだろうか?　確かに異世界に召喚されるなんておかしいことだけど、それはわたしがおかしいわけではないはずだ。

「平和な世界からいきなり召喚されて死体を見たのに気にしない。状況もわからないまま冒険者をいたぶる。人の話を聞かない。客観的に見ておかしいと思わないんですか?」

最後のは少し心外だが…まあ、おかしいだろう。もちろん、召喚されてすぐは困惑していたし、冒険者と戦うというのも実感がわかなかった。しかし―

「楽しいんだもん。しょうがないよね?」

楽しいのだ。召喚される前までは自分でも全く知らなかったが、わたしはどうやら人を殺すことに喜びを感じるらしい。

「……なるほど。大アタリですか。」

「ん?　何か言った?」

「はい。素晴らしいマスターに出会えて光栄だと言いました。」

「あ、ありがとう?」

よくわからないが、わたしは素晴らしいマスターらしい。

「改めて、これからよろしくお願いします。まずは、何をいたしますか?　マスター。」

わたしはさっき気になりはじめていた事を言う。

「うーん。ご飯が食べたいな。」

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「魔石を売って欲しい、か。あんたも冒険者ならアレの希少さはわかってるはずだよな?」

目の前の商人が言う。しかし、俺には何としてでも魔石を手に入れる必要がある。

「もちろん承知の上だ。だが、俺にはそれが必要なんだ。」

「…兄ちゃん、金は持ってんのかい?　わかってんだろ?　希望の値段は、高いんだ。」

知らないはずはない。俺も魔石の価値は分かっている。

無一文の冒険者でも魔石を売れば、爵位と地方の土地を買い、貴族になれるほどの値段になる。

もちろんこれは例え話であり、領主としてやっていけるか、主のいない土地があるか、などは別問題だ。しかし、魔石の価値を表すエピソードとして有名だ。死者は簡単には蘇らない。

「1千万円ある。」

俺は今まで俯いていた顔を上げ、男と目を合わせる。

「もちろんこれは前金だ。同じ額を1ヶ月ずつ、12回で―」

「無理だ。　そしてそれは兄ちゃん自身が一番よくわかってるはずだ。　そんな大金用意できるはずがないってな。…それに、冒険者の分割払いには対応していない。」

…男の言う事は正しい。1千万円というのは俺とミオが5年間必死に貯めた金と昨日の捜索依頼でのダンジョン発見の追加報酬だ。その金を全て合わせても1千万円しか出せない。そんな金を1ヶ月で稼ぐなんて、どう考えても不可能だ。しかし、正しいかどうかは関係ない。俺にはミオが全てだ。俺は一体どうすればいいのだろうか?

「兄ちゃん、あんたはまだ若い。早く仲間を蘇らせたいのは分かるが、焦らずゆっくり金を貯めればいいじゃないか。大体15歳って所だろ?　何年間冒険者をやってたのかは知らないがその年で1千万も稼いだんなら、いつかは魔石も買えるだろ?」

その通りだ。俺は大体10歳で冒険者になり、5年間活動してきた。ミオが居ない為効率は落ちるだろうがいつかは魔石を買えるのに十分な金を得られるだろう。しかし―

「それは、できない。ミオは生贄として死んだ。」

「……」

人間を蘇らせる為には魔石の他に蘇らせたい人間の頭部―正確には腐敗していない脳が必要だ。

俺のように大切な人の死を受け入れられない愚かな人間は基本的に遺体を腐らせないため、蘇り室と呼ばれる魔法で冷やした専用の部屋に入れる事になる。

しかし、儀式魔法の生贄によって命を落とした場合、脳に魔力的な損傷が残る。この傷は徐々に広がっていき、いずれは脳を完全に溶かすことになる。

脳に多少の傷がある程度なら復活に問題はないが、脳が無くなった場合、復活の手段はない。

「どうしても…、必要なんだ…!」

通常ならば数十年は腐敗を止めることができる。しかしミオの場合、どれだけ長く見積もっても脳が溶けるまで3年といったところだ。俺はそれまでに魔石を手に入れる必要がある。

「…すまねえ。それでも、金がない奴には売れないんだ。」

男が至極当然のことを言う。どうやら、俺は少し変になっていたみたいだ。たまたま同じ馬車に乗り合わせただけの商人にベラベラと話してしまった。

「…いや、こちらこそすまない。少し、変になっていたようだ。」

「…なあ、兄ちゃん。少し、俺の願いを聞いてくれないか?　運が良ければ…とてつもなく運が良ければの話だが―」

前置きの後、男は重々しく続きを述べた。

「―この戦争を、終わりにできる。」