第2話


冒険者。冒険者ギルドに所属し、富や名誉を追い求める者。と言えば聞こえは良いが実際はそんな夢のあるものではない。富や名誉を手に入れられるのは極々一部の豪運な奴程度で大多数の冒険者は野生の魔物を狩り、死骸を剥いで肉を食べ、ギルドに皮を売って何とか命を繋いでいる。

そして俺もそんな冒険者の1人だ。毎日が命懸けではあるが、そんな生活にもすっかり慣れ、今は幼馴染と2人でパーティーを組んでリーシェの都市で生活している。一般にパーティーというのは3人以上が推奨されている。これは野営を行う際、交代して見張りができる人数が3人であることや、2人では危機対応能力が低いという考えに基づいている。

しかし、1人あたりの報酬の分け前、ダンジョンの狭い通路で戦闘可能な人数、信頼できない仲間と行動する危険性などを考慮に入れるとパーティーの人数の最大は5人とされる。

もちろん例外はあり、俺の相棒は冒険者では珍しく魔法―それも希少な空間魔法と回復魔法を使える冒険者であり、数秒もあれば2人一緒に数キロ離れた場所に転移できるため、野営を行う必要がない為、2人でも十分にやってこれている。

それはともかく、今日は休日だ。もちろん休日と言っても俺達は誰かに雇われているわけではないので自分たちで休息の日を設けているのだ。

そんな風に過去を懐かしみ、意識も冴えてきたので酒場に向かうことにする。そして硬いベッドから起き上がると辺りが騒がしいことに気づく。

不思議に思いつつも部屋を出ようと扉に近づくと勢いよく扉が開かれた。


「大ニュースだよ! レイジ!」


そこには俺の幼馴染兼相棒が立っていた。彼女はミオ。どうやら何か良いことがあったらしい。


「近くにダンジョンができたらしいよ!」


…何だって?


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「こっちには何もないみたいだよ。レイジ。」


「こっちも同じだ。もう少し奥へ行こう。」


俺達は今、ダンジョンの捜索依頼を受け、リーシェの近くの森で捜索している。

ダンジョンが誕生した際には王からの特別依頼として近くの都市の冒険者ギルドに捜索依頼が出される。

この依頼の特殊な点はダンジョンを見つけられなくても指定された場所を探すだけで報酬が貰えることだ。もちろん真面目にこなしていないと判断された場合はペナルティがあるが、見つけた場合には多額の金が上乗せされるため、多くの冒険者は血眼になって探す。


「…なんだか変な感じがする。気の所為かもしれないけど、用心しておいて。」


「…分かった。そうしよう。」


俺には何も感じないがミオは魔法を使う為、魔力の変化に敏感だ。そのミオが変な感じというのだから何かがあるのだろう。そして、それは恐らく…


「…! あの先から急に禍々しい魔力が出現したのを感じるよ。多分、あれは…」


「ああ、俺でも感じる…間違いない。あの奥にあるんだな…」


「「ダンジョン…!」」


少し進むと半径2メートルほどの大穴があった。どう見ても自然にできたものではない。それが示す事実はたった1つ。

見つけた。見つけてしまったのだ。ダンジョンを。普通ならば喜ぶべき事ではあるのだが…俺には素直に喜べなかった。いや、それはミオも同じであるようだ。


「様子見…は、無理だね。」


俺達は何度もダンジョンに潜った事があるが、多少の威圧感は感じるものはあってもここまでの禍々しさを持つものはいままで無かった。

そして、何より恐ろしいのがこのダンジョンは誕生して1日も経っていないという点だ。


「同感だ。今すぐ帰ろう。」


このダンジョンは間違いなく規格外。調子に乗ろうものなら俺かミオ、どちらかの死は免れないだろう。転移ができるミオがいるのにも関わらずそんな絶望的な未来しか見えないのだ。


「この地は間違いなく、荒れる…」


時間と共にダンジョンの脅威は増す。

このダンジョンが成長しきった時、この地にはもう、人間は居ないだろう。


「…ごめんレイジ、動けない。」


「…! 魔力にあてられたか。肩を貸せばいけるか?」


「何とか、いけると思う。」


ダンジョンの周囲には高密度の魔力が漂っており、時々気分が悪くなる者もいる。

特にここは今まで魔力を感じたことがない俺でも少し気分が悪くなるほどの魔力だ。ミオが動けないほど苦しむのも無理もないだろう。


「分かった。急いで帰ろう。」


魔力にあてられた事が原因で後遺症が残ったり死んだという例はないはずだが、俺の中ではこのままだとミオが死んでしまうという恐怖があった。

肩を貸そうとミオに近づこうとした俺は突然背後から声をかけられた。



「ねえ、お兄さん。ちょっといいかな?」


「…!」


声の主は黒髪の可愛らしい少女であった。少女はニコニコとしながら俺に近づいてきた。


「…と、止まれ! 名前と住んでる場所を言え!」


俺は恐怖に震えながらも何とか言葉を捻り出した。

なぜ森に少女が1人でいるんだ? ダンジョン誕生のニュースは今朝にはリーシェの住民のほぼ全員が知っていたはずだ。1人で外に出るなんて危険すぎる。それに、少女はニコニコとしている。この高密度の魔力の中であるのにもかかわらず、だ。


「…? わたしはリンです。 隣の都市から来ました。」


少女は十中八九魔物、それもダンジョンマスターだろう。人の形をした魔物はそう多くない。

しかしダンジョンの外に出てきているのなら俺でもやりようはある。


「…なんで1人でこんな場所に来ているんだ?」


「…お昼寝してたら家族とはぐれちゃったんです。」


俺は少女に気づかれないようミオの様子を確認する。

どうやら幸運なことに木で少女からは見えない位置に居るようだ。

そして彼女が口を動かしているのも確認する。何やら魔法を詠唱しているようだ。恐らく、転移魔法だろう。魔力にあてられたミオに無理をさせるのは心が痛むがこのままでは2人共仲良く死ぬ未来しか見えない。今の俺にできることはミオが魔法を完成させるまでの時間稼ぎだ。


「家族は何の仕事をしている? ラジンの領主の名前は?」


俺は疑っているものの確信していない振りを続ける。ミオの転移魔法はいつもは数秒で完成するのだが、かなり苦戦しているようで数十秒が経ったであろう今でも発動していない。


「お父さんは冒険者でお母さんが… いや、気付いちゃったか。 わたしの正体に。」


急に少女の目つきが鋭くなる。ダンジョンマスターは勘が良いという話を聞いたことがある。恐らくこれもその一種なのだろう。


「…正体? 何のことだ?」


幸い少女にはまだ会話を続ける意志があるようだ。最大限会話を引き延ばそうと試みる。


「……まあ、良いよ。わたしに協力してくれるなら命は助けてあげるよ。」


「…協力ってどういうことだ?」


魔法はまだ完成しない。


「ちょっとしたことだよ。君の住んでる都市で冒険者を数人殺してほしいんだ。」


「…なんで冒険者なんだ?」


「それ、知る必要あるのかな? 早く返事が欲しいんだけど。」


「…少し考えさせてくれ。」


「……まだ、何か隠してる。仲間でも居るの?」


またもや少女の鋭い勘とやらが発動したようだ。


「仲間はいない。俺は1人でここに来た。」


「ふーん。そうなんだ。」


そうなんだと言いながらも少女は歩いて木の上や草陰を探し始めた。ミオはもうすぐ見つかるだろう。それまでにミオの魔法が完成すれば問題ないがもしも間に合わなければ、俺はこの化け物と1人で戦うことになる…

そんな現状を再認識して絶望しながらも何かいい方法はないか頭を回転させるが全く見つからない。少女がミオに近づく。数秒もすればミオは見つかるだろう。俺は覚悟を決めて少女が隙を見せるのを伺う。


「…喰らえ!」


少女―ダンジョンマスターが俺に背を向けた瞬間、愛剣で切りかかった。しかし…


「…へえ、重装備の騎士に殴り勝てるって、こういうことか。でも、剣で切りつけられたのに傷1つ無いなんて不思議な感じ。」


「化け物め…」


予想通りではあるが俺は少女に傷をつけることさえ叶わなかった。

反撃と言わんばかりに少女が拳を握りしめてこちらへ向かってくる。


「はあっ!」


そしてその拳を俺に叩きつけた。どうにか盾で防げたものの盾はひしゃげ、盾を持っていた右腕は動かない。恐らくは折れているだろう。


「………」


少女はこの状況に恍惚しているようだが、俺にとっては地獄でしかない。


「……」


俺は無言で距離を取る。そして少女に剣を投げ、空いた左手でひしゃげた盾を拾う。


俺の剣は奴を相手に何の意味もなさないだろう。

ならひしゃげてた盾を持つほうがよっぽどマシだ。


「痛っ。…反射神経とかは上がってないんだ。でも、これはこれで…」


投げた剣は少女に当たり、僅かな切り傷をつけた。しかし、傷は瞬く間に塞がれる。


「化け物にもほどがあるだろ…!」


ダンジョンマスターの硬さと回復能力は知っていたがいざそれと直面してみると絶望しかない。最も、こいつが規格外なのかもしれないが。


「楽しかったけど、そろそろおしまいにしようかな。」


少女が再び拳を握る。確実にさっきの攻撃を超える威力の攻撃が来るだろう。そしてこちらの盾はひしゃげている。耐えれるかどうかは微妙だ。しかし、耐えなければ俺とミオの命はない。俺は深呼吸をして攻撃に備える。


「…!」


少女が飛びかかってくる。そして俺はその拳を盾で受け止め…られなかった。少女は拳で殴ると見せかけて足で俺の左腕を蹴り飛ばした。痛みを感じる暇もなく折れた右腕も蹴られて飛んでいった。距離を取ろうとした俺に間髪入れず拳が飛んでくる。そして右脚、左脚と順番になくなり、俺は倒れた。


「なかなか楽しめたよ。ありがとう。」


少女が何か言っているが興味はない。

そして、俺はどうやら勝負に勝ったらしい。

俺の体が光に包まれる。痛みに悶えながらもミオのいた方を見ると同様の光に包まれている。転移魔法が完成したのだろう。


「…え? なにこれ?」


少女の困惑が少し心地良い。一泡吹かせてやった気分だ。


俺が助からないのは分かっている。手や足があったところから大量に血が出ている。数分もせずに出血多量で死ぬだろう。万が一何かの奇跡で傷が塞がって助かったとしても手足がない状態で冒険者として活動するのは不可能だ。

…俺は冒険者だ。いつかはこうなるのは覚悟していた。それが今だったというだけの話だ。心残りはない…はずもない。ミオには悪いことをしてしまった。小さい頃、一緒に勇者になると誓ったのに約束を果たす前に死んでしまった。でも、転移魔法が使えるミオなら俺がいなくても問題なく生活できるだろう。幸い、ミオは魔力に当てられただけで外傷はないはずだ。


そんな事を考えた後、あることに気付く。


(転移魔法…俺にも使ったのか。)


転移魔法は対象者や対象物が少ないほど早く発動できる。俺も対象にしてたという事は俺が生き残れると信じていたんだろう。信頼を裏切った形になってしまったようだ。


(…ミオ。ありがとう。)


心の中でミオに感謝を述べ、俺は死んだ。







死んだはずだった。


「………ここは?」


「起きたか! レイジ!」


そこにいたのはミオ…ではなく、知り合いの冒険者だった。


「…ここは?」


俺はこの日、絶望を知る事になる。


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