プロローグ 『裏』
眩しい光が消えたとき、1人の中年がダンジョンの最奥、コアルームのど真ん中に立っている。
私はリーナ。一般にダンジョンコアといわれるものだ。
「おおおおお、まじかよ! これ、絶対異世界じゃん!」
ガッツポーズをしている男を尻目にどのタイミングで姿を見せるべきか考える。
召喚されたマスターが多少不安そうにしてから姿を現し、好感度を稼ぐといった手段が王道ではあるもののここまで極端に喜ぶマスターが召喚されるとは思っていなかった。
「やっぱり俺、選ばれたんだな。普通の奴がこんな装備手に入れるわけないもんな!」
男が剣を抜いて振り回している。
流石にダンジョンの壁を攻撃してみるといった暴挙には出ないようですぐに満足して剣を収めた。
「さて、次は…スキル確認だよな!」
男が両手を掲げて叫ぶ。
「ステータスオープン!」
ステータス、というのが召喚先の世界の一部の界隈で流行っているというのは聞いたことがある。男もその部類なのだろう。既にかなり《ハズレ》な気もする。この世界はゲームではないのだ。
「えっと…ステータスオープン!」
男がもう一度叫ぶが、当然何も起こらなかった。バカな事を辞めて今の状況を客観視してもらいたいものだ。扉も窓もない石の部屋に閉じこめられて、ここまで不安を感じないものなのか?
「いやいやいや、待てって。こういうのはテンションが大事なんだろ!」
男がさらに叫ぼうとするがこのままでは埒が明かないため、姿を現すことを決意する。
「ステータスオ――」
「うるさい!」
やってしまった。本来なら優しく声をかけて事情を説明し、平和的に協力してもらうはずだったのだ。コアとマスターの仲が悪いダンジョンの行く末は…そう、破滅である。
同じ場所で生活する関係で不仲であればダンジョン全体にも悪影響だ。コアとマスターではどちらかしか権限を持っていない分野がある。例えば魔物召喚はコアの役目であるし、魔物への命令はマスターのみが権限を持つ。なぜそうなっているのか、教えられたことがないため理由はわからないがおそらく両方が権限を持つと魔力効率が悪くなるとかそういった理由だろう。
閑話休題、私の目の前には私が召喚したダンジョンマスターがいる。これから彼と友人…は無理でもせめて知人程度にはなる必要があるのだが、うるさいと言って出てきてしまった以上、いきなり腰を低くして喋りだすのはあまりにも不気味なため、何も言えない。なんとか言葉を捻り出そうとするが私が口を開くより先に男が口を開いた。
「きた! これ完全にハーレムフラグじゃん!」
は? この男は何を言っているのだ?
「よう、美少女ちゃん! 俺と一緒に冒険しないか?」
私は良くないと分かっていながらもため息をついてしまった。残念だ。彼を見てそう思う。彼は間違いなく《ハズレ》である。
「………」
あまりの絶望にしばし無言になる。
男は私が反応していないのにも関わらず一人で喋り続ける。
「俺は天道光輝! たった今異世界から召喚された未来の英雄だ! きっと君を守る運命にある!」
「…何を言ってるの?」
本当に何をいっているのだろう。この男は。
「まあまあ、細かいことはいいんだ。それより、俺と組むのが君にとって得策だってことは間違いない。なんたって俺、ハーレムを作るのが夢だから!」
は? …この男、もしかして。
「……ハーレム? なにそれ、気持ち悪い」
「ちょ、待ってくれ! 誤解だ! ハーレムってのはただ美少女を集めるだけじゃなく、みんなを平等に愛する最高の理想なんだ!」
「……さらに気持ち悪い。」
私の中である疑念が生じる。この男、まさか《大ハズレ》ではないだろうか?
「とにかく、君の名前を教えてくれ! それが第一歩だ!」
「……リーナ」
とりあえず名前だけは教えておく。仲良くなるに越したことはないのだから。
「リーナか、いい名前だ! 今日から君は俺の最初の仲間だ!」
疑念が疑惑に変わる。《大ハズレ》というのはこの世界をゲームだと勘違いした者たちのことだ。傾向として出会ってすぐに仲間認定をしてきたり、この世界について知った気でいる。などが多い。
しかし、《大ハズレ》というだけあって彼らの数は非常に少ない。他のダンジョンコアやダンジョンマスターともつながりがある私も《大ハズレ》の存在は聞いたことがある程度で、都市伝説か誇張された冗談だと思っていた。いや、今も《大ハズレ》などというのはただの都市伝説かもしれないという希望に縋っている。だから、安心するために私は確認をしてみる。
「…さっきのは、何? なんでいきなり大声で叫んでたの? 聞いたことない詠唱だったけど」
ここで恥ずかしそうな反応をしたのならば、ただの興奮しただけの普通のマスターだ。心のなかで祈りながらも反応を待った。
「え? 異世界転移者なら普通、こういうのが使えるだろ? ステータス確認のやつ!」
私はついため息をついてしまった。
「大ハズレか…」
最悪である。ダンジョンコアとダンジョンマスターは心と体のような関係だ。マスターなしではまともな活動はできない。それどころかマスターの欲望が原因で滅んだダンジョンすらある。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない」
何でもないわけがない。今の私を支配しているのは、まさしく絶望だ。こんなマスターでどうやって生き残ればいいというのだ。ただでさえ人間の脅威が大きい今、新たなダンジョンが生き残るのは非常に難しいというのに。
「もしかして、転移したばっかりだからまだ起動してないとか?」
「………」
「リーナはどう思う?」
男が何か言っているがそれどころではない。私はこれからの暗い未来のことを考える。このマスターを脅して…いや、それはむしろ逆効果で…
ダンジョンの放棄は…無理だ。今の私がこのダンジョンを捨てると再建のエネルギーがないためおしまいだ。
マスターの殺害は…いや、それは最悪の手段だ。ダンジョンマスターの存在は非常に重要だ。ダンジョンマスターはダンジョン内では最強の存在だ。もちろん無敵ではないが、武器を持たずとも重装備の騎士に殴り勝てるほどだ。ダンジョンマスターを殺害すると召喚に使ったエネルギーが無駄に…いや、どうだろうか? 今ならまだ召喚されてすぐであるためダンジョンからマスターへの魔力供給は始まっていない。もちろん召喚に使った魔力は無駄になるが…いや、違う。奴から全ての魔力を奪えば…あるいは…
「なぁ、リーナ。ここってどこなんだ?」
…可能だ。そんなことをした者はおそらくいないだろうが、最終的にはかなり得をするかもしれない。もっともそれらは全てうまく行けばの話ではあるが。
計画に不備がないか何度か確認した後、私は口を開いた。
「ここは…あなたの感覚で言えばいわゆる《ダンジョン》だよ。」
まずは彼の興奮を誘う。彼らがここをゲームの世界であると思わせるように発言に興味を引く単語を入れる。
「うおお! ダンジョン探索系の世界か! 俺は冒険者になるぞ! それから奴隷の女の子を解放してあげて…」
予想通り食いついてきた。まあ彼の場合何も言わなくても一人で盛り上がるほどの変人であったため当たり前ではあるのだろうが。
「それは不可能だよ」
次は少し気持ちを下げるように振る舞う。何でもできると思っていたのにできることが少ないと多少は気分が沈むだろう。
「そうか! 奴隷がいない設定なのか! それなら道端で困っている王女を助けて…」
ここで一気に本題に近づける。
「あなたの役割は、ダンジョンマスターだよ」
このように回りくどいことをするのには理由がある。ダンジョンマスターや勇者など異世界人は例外なく妙なところで勘が良いのだ。私は彼を魔力吸収の儀式の生贄にしなければならないが私の力では彼を倒すことは不可能だ。眠っているときに儀式をするのも考えたが、枕元で呪文を唱えて起きるかどうかはギャンブルである上、時間が立つにつれてマスターへの魔力供給量は増えていくためなるべく早く儀式を行いたい。
つまり私は彼を同意の上で儀式の生贄にしなければならないのだ。
「ダンジョンマスター! なら人間と共存できるダンジョンを作って、配下の魔物を人化させて…」
「それも無理だよ」
もうおそらくそのうち向こうから罠にかかりに来るだろうが、ここで会話を途切れさせると不自然であるため適当に否定しておく。
「そうか! 人化がないなら女冒険者と仲良くなって…」
ここまでは計算通りだ。もう会話をやめても不自然ではないだろう。
「………もう好きにしなよ」
「あれ、どうすればモンスターが出せるんだ?」
完璧だ。次は魔力の話に繋げればいい。でも、私からそれを言う必要はない。もう放っておいても向こうから聞いてくるだろう。
「………モンスターじゃなくて魔物。魔物の召喚は私の仕事だよ。ダンジョンマスターの仕事じゃない。」
彼には極力嘘をつかないようにする。ダンジョンマスターに魔物の召喚が行えないのも本当だ。
明確に騙そうとしている意志があっても嘘をつかなければ異世界人特有の鋭い勘とやらは発動しにくいというのはもはやこの世界では普通に知られていることだ。ちなみに嘘であっても騙そうとしていなかったり言った本人も騙されていたりすると鋭い勘は発動しにくい。
「そうか! なら早速魔物とやらを出してくれ!」
ここで魔力が必要であると言っても良かったのだが、あえてここでは言わない。
「…どの魔物を出すの?」
「そうだな、やっぱり最初はゴブリンか? いや、いきなりドラゴンを出すというのも…」
予想通り。彼は何の魔物を召喚するか悩んでいるようだ。これまでは何かをしようとしても私に切り捨てられてきたのに今回は自由に選んでいいと言われたら一気にワクワクするだろう。そしてそれは儀式を始めてからもずっと。
「何を召喚するにしても魔力が必要だよ?」
ようやく本題だ。もうゴールはすぐそばではあるもののいくつかの障壁は残っている。最後まで絶対に油断はしない。
「魔力! 異世界っぽいの来た!」
さあ、ここからだ
「なあ、その魔力って俺にはどれぐらいあるんだ?」
この質問は予想外だ。先ほど魔物を召喚するのは私だと言ったはずなのに彼は彼自身の魔力を気にしている。おそらく興奮している影響かそれとも話を聞かない人間なのか。しかしこれは私にとって好都合だ。
「…0だね。」
「…嘘だろ? 主人公の俺が魔力0なんてありえないぞ」
そう、ありえない。魔力供給は既にゆっくりではあるものの始まっているため魔力が一切ないなんてことは起こるはずもない。当たり前ではあるがこの世界に《ステータス》なんてものはない。だから《魔力0》なんてたった今私が作った指標だ。ダンジョンコア全体の魔力量を1とした魔力量のことであると定義した。このような滅茶苦茶な論理であっても異世界人達の勘はほとんど無効化できる。意外と弱点は多いのだ。
「召喚されたばかりなんだから0で当たり前だよ? 何を言っているの?」
これも別に嘘ではない。ダンジョンコアは莫大な魔力を持つ。それを超える魔力を個人が持っていることはそうそうないだろう。
「…は? …そうか、そうだよな。」
「そうか、リーナの言う魔力ってMPのことなんだな!」
何をいっているのか良く分からないが都合よく解釈してくれたようなので合わせておく。
「MP…っていうのはよくわからないけど説明に誤りがあったかもしれないのは認めるよ。この世界に召喚されたダンジョンマスターの魔力が0なのは普通だからね。」
さあ! 魔力の入手方法について質問しろ!
「ところでリーナ、俺のMP…魔力はどれぐらいで回復するんだ?」
最高である。もうあとは少々匂わせればいいだろう。
「…? 魔力は時間経過では回復しないよ?」
「どういうことだ? MPが回復しないわけ…いや、時間経過では回復しないというのなら他の回復手段があるんだな?」
「もちろんだよ。今できる魔力の回復手段の1つは儀式だよ。」
そんなことしなくても待っていれば自然と回復するが儀式が手段の1つであるのは嘘ではない。
「その儀式は今できるか?」
「やろうと思えばいつでもできるよ。」
勿論、やる気はないが。
「よし! なら今すぐやってくれ!」
「そこまでして魔力がほしいの? あなたに魔力があっても魔物は召喚できないよ?」
「いや、やってくれ! 主人公の俺が魔力0なんて格好つかないからな!」
私は待ち望んだ言葉を聞き、魔力供給の儀式を始めた。
もっとも、魔力の供給先は私であるが。
「わかったよ。そのまま動かないでね……■■、■■■■■■■■■…」
私は呪文を唱え始めると儀式とは別に2つの魔法を発動する。1つは興奮させる魔法。もう1つが認識阻害の魔法だ。1つ目の魔法で彼を興奮状態にさせ、2つ目の魔法で彼に詠唱を聞かれないようにする。そして儀式の効果で立っている彼の足元に真っ赤な魔法陣が現れ、回転を始める。普段は目立つことこの上ないこの派手な魔法陣を嫌っていたが今回に限っては最高の演出だ。
「うお! なんだコレ!」
あとは呪文を噛まずに詠唱するだけだ。
「■■、■が■■■■■え」
ん? 彼がこちらを向いた? 気付いた様子はないようだが…。
「■よ、わが■と■■■え」
気の所為ではない。彼は間違いなくこちらを、いや私の口の動きを見ている。非常にまずい。口の動きにまで認識阻害をかけると彼がこちらを見たときに非常に強い違和感を覚えると考えて掛けなかったが、それが仇となってしまったようだ。しかし、もう続けるしかない。
「■よ、わが■となりたまえ」
まだ完全には理解できていないようだ。これなら気づく前に儀式を発動できるはずだ。
「ひとよ、我がかてとなり給え」
もう完全にバレただろう。しかし、もう遅い。
「おい! リーナ! その呪文は何だ?! 明らかに危ない奴だよな?!」
「人よ、我が糧となり給え!」
「おいっ、どういう…グハッ!」
彼は血を吐きながらその場に倒れた。
「人よ、我が糧となり給え!」
そして私は儀式を完了させた。
死にゆく者に別れを告げ、私は彼の持っていた剣を彼の胸に突き立て…
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