第1話
ダンジョンマスターが必要だ。
私はリーナ。いわゆるダンジョンコアだ。ダンジョンコアが人の言葉を普通にしゃべっているのに驚くかもしれないが、私の声はダンジョンコアかダンジョンマスターにしか届かない特殊なものだ。今はこの場には他のコアはいないしマスターも召喚していないためただの独り言だ。
閑話休題、私が今すべきことは自分の身を守る準備だ。
ダンジョンコアこと私が活動を開始したことに起因する一帯の魔力の揺らぎは忌々しい教会の豚どもに察知されているだろう。数日もすればここには財宝や名誉を求めた冒険者たちがやって来るのは確実だ。そのためにまずやるべきことは…そう、マスターの召喚だ。ダンジョンマスターはダンジョン内においては間違いなく最強の存在だ。ダンジョンは誕生した瞬間が最も貧弱だ。人間達は防衛の準備ができる前に全力を持って叩こうとする。もちろんこちらも黙って倒されるわけもない。人間側が徒党を組んでやってくるのなら私達も力を合わせて撃退する。補給などの問題があるため人間側の正規軍や騎士団が来るまで1週間は猶予がある。そして1週間後には周辺のダンジョンから援軍が送られてくる。つまり、私が対応しなければならないのはおそらくもうこちらに向かって来ているであろう冒険者達の撃退だ。
このダンジョンには冒険者を撃退する戦力、ダンジョンマスターが必要なのだ。
そんな思いを胸に、私はダンジョンマスター召喚の儀式の詠唱を始めた。
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再び部屋に眩い光が満ちた。
そして、そこに立っていたのは―私と同い年ぐらいの少女だった。
少女か。中々珍しい。召喚されるダンジョンマスターの年齢はまちまちで、10歳未満のマスターもいれば100歳を超え、老衰で死ぬ直前のマスターが召喚されることもある。そして18歳以下のマスター―いわゆる少年マスターの評価はダンジョンコアによって様々だ。少年マスターの利点は年配のマスターに比べてこちらの助言を聞いてくれる者が多い、好感度を上げやすいといったものだ。逆にそれまでの経験が少なく、戦闘への忌避感が強いといった弱点がある傾向にある。そして女性マスター。女性のマスターも数が少ない。理由はわざわざ男性が召喚されやすいような召喚の仕組みにされているから―らしい。実際に私も召喚魔法の仕組みを見たわけではないから確定ではないけれどそれが通説だ。ではなぜわざわざ男性マスターを召喚するのかというと、戦闘への忌避感が女性よりも弱い者が多いからだ。ダンジョンマスターが弱いというのは特に建設初期のダンジョンにとって致命的だ。基本的に初期はダンジョンマスター以外に戦える仲間が居ないためマスターの戦闘能力が低ければ自爆という選択を取るコアが多い。しかし、このダンジョンならマスターが多少戦闘が苦手でも問題ない。その理由は―
「あっ」
まずい。さっきの男、元マスターの死体を片付けて居ない。少女が気付く前に死体を吸収して―
「…え? なにこれ?」
少し遅かった。召喚されて今まで呆然としていたようだがどうやら立ち直ってしまったようだ。そして少女が死体を見てしまった。
「………」
少女は何も言わない。しかし、少なくとも良い感情は抱かないだろう。予定とは大分違うがこちらの姿を見せよう。
「こ、こんにちは。あなたはダンジョンマスターとして召喚されました。私はダンジョンコアのユウナです。」
ここで姿を見せなければ少女が恐怖に支配されるかもしれないと思ってでてきたけど何を言えばいいのか分からない。とりあえずは状況の説明と自己紹介をすることにする。
「こ、こんにちは? ここはどこ? ダンジョンってなに?」
幸い、死体を見てもあまり気にしないマスターのようだ。これはいわゆる《アタリ》ではないだろうか?
「ここはダンジョンの一室。コアルームだよ。この私は基本的にこの部屋から出れないからこの部屋には侵入者が来ないようにしてね。それから―」
「コア? 侵入者?」
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少しの時間をかけて簡単に状況を説明した。ここがダンジョンと呼ばれる場所であること。私はダンジョンコアでコアが破壊されれば死ぬこと。逆にマスターの死はほとんどコアの死と同義であること。(前回のマスター殺害は例外中の例外だ。普通はそんなことしても意味がないし、できない。)そして、ダンジョンマスター以外に戦力はおらず、ダンジョンマスターが戦わなければお互い死ぬこと。
「………」
やはり戸惑っているようだ。当然だろう。しかし、彼女ならきっとすぐに立ち直るという確信がある。いきなり変な部屋に一人きりだった上、死体や血だまりをみたのに何も気にした様子がないのだ。
だが私が最も気になるのは、彼女が武器や防具を持っている様子がないという点。
《召喚均一説》という説がある。ダンジョンコアの間で知られているもので、その内容は召喚されたダンジョンマスターの能力が低いほどより強力な装備を持って召喚され、能力が高いほどより粗末な装備をした状態で召喚されるという。証明はされていないものの、多くのコアがこの説を信じている。
そして少女の服装は―いわゆる寝間着姿。そして道具なども一切ない様子だ。
私は彼女を見てふとあることを思う。思ってしまう。
彼女はいずれ―魔王すら凌駕する存在になるかもしれない、と。
「…私は、何をすればいいの?」
少女―レンというらしい―が口を開いた。
つい先程まで頭を支配していた恐ろしい考えに蓋をしつつ、彼女に向き合う。
どうやら自分が何をすればいいのか気になっている様子。これは中々良い傾向だ。いきなり召喚されて生き抜こうという意志があり、なおかつ分からないことについて人に聞くことができるというのはダンジョンマスターとしてそれだけで合格と言っても過言ではない。基準が緩すぎないかと考えるかもしれないがいきなり見知らぬ地に一人きりの状態に恐怖を感じて暴れるマスターやコアの話を一切聞かないマスターの例は枚挙にいとまがない。
そのように頭の中を支配する歓喜に飲まれないように少女のそばの死体を指さしながら返事をする。
「とりあえずその鎧を、着てもらえるかな?」
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