前日譚 3話
村長の息子に連れられ、湖畔の別荘のような小屋に連れてこられていた。
「地下はこっちだよ」
押入れの床板を外したら地下に続く階段が現れるとは男心が
憧れを抱きながら階段を降りると、中は8畳ほどの空間が広がっていた。
ワンルーム悪くない。ただ、お風呂やトイレはなさそうだけど。まあ、異世界だから仕方ないか。この時代はまだ水浴びとかだろうし。目の前に冷たいけど大自然のお風呂場あると思えばいいか。冷たいけど。魔法で湯を作ることは可能だろうか。できるのであれば、露天風呂でも作ろう。水は無限にあるし、実験し放題だから。
問題は……俺の魔法がしょぼすぎるってこと。今どんな魔法を使っても、デカい湖の前ではちり以下ってこと。なんかすごい魔法を急に出せるようにならないかな。湖干からびるくらいの。それはそれで、魔力切れを起こしてその場に倒れそうだな。そこまでは望まないから、もっと簡単なものでいいので、もっとすごい魔法を習得させてください。この世界の神様。
妄想の世界に耽っていると、村長の息子が俺を現実に引き戻す。
「アユム。寝る時はこのベッドを使って、簡易版だから突然壊れるかもしれないけど」
無言で頷くが、内心は。
そんないつ爆発するかもわからない爆弾と一緒に寝ることを俺に強いるのか。この男。やっぱりいいやつではない。
というか、村長の息子名前なんて言うんだ。俺、すでに名乗っているんだから教えてくれよ。
俺の念が届いたのか、村長の息子は何かを閃いたように、手を打った。
「ごめん自己紹介がまだだったね。僕は、トーマス・ベン・シュルツ。みんなからはベンって呼ばれている。よろしく」
ベンは握手をして欲しそうに手を出していた。
まあ、住処を貸してくれる恩があるから、握手くらいしてやってもいいけど。
そう思いながらベンと握手を交わした。
握手しただけでわかる、ベンの力強さ。羨ましい。努力の賜物だろうけどずるいな。
「そろそろお昼だからみんなで一緒に食べない?」
急に手を叩いて注目を集めたリナさんが言った。
そういえば、この世界に来てから数時間経つけど何も食べてないからお腹すいたな。もしかしてリナさんの手料理が食べられるのかな。それはとても楽しみだ。
出された料理は、2センチくらいに切られたフランスパンに干し肉が乗ったおやつ感覚で食べられそうなものだった。
それを見たベンは笑いながらこう言った。
「リナは相変わらずだね」
あれ? これはもしかしなくてもこの2人できているやつか? そうか? そうなのか? リナさんなんか顔赤いし。気がついたらリナさんタメ口で話しているし。ベンに至っては、眉間によっていた
釣竿があるのならそこの湖で魚を釣りたい。釣りなんてやったことないけど。なんでもいいから少し外に出たい。やっとことないけど、外の空気でも吸いに行こうか。
「あ、あの……ちょ、ちょっと外の空気吸ってきてもいいかな……」
「ああ、いいよ。でも、魔物が出ると危ないから遠くに行かないでね」
はいはい。お邪魔虫は消えるので2人で仲良くしてくださいな。
「気分でも悪いの? 私もついていこうか?」
好きな男を前にそれはいかんって。せっかく俺が2人で仲良くできるように時間を作ってあげているんだから、大人しくこの場にいてくれよ。
「だ、大丈夫ですから……」
立ちあがろうとしていたリナさんを止めて、俺は1人で外に出た。
外に出たのはいいけど、やることない! やったことないけど、マジで釣竿が欲しい! 湖あるし水切りでもしようか。
あたりを散策するも石は見当たらなかった。
石、全然ない……なんで湖畔なのに石ないの……。山が手前にあるんだから丸い石でも普通あるでしょ。
丸かったら水切りはできないけど。
……そこそこ大きめの魚。できれば鮭みたいな魚、目の前にやってきてくれないかな。道具ないから素手になるけど、捕まえてみせるから。
偶然にも俺の目の前に鮭のような魚が現れた。
「あっ」
こちらを見ることもせず、ボーッと湖の中を泳いでもなくふわふわとしている。
捕まえるのなら今がチャンスだ。背後からこっそり尻尾でも掴めたらあとは引き上げるだけだろう。やったことないから知らないけど。
湖の関係で鮭の背後に回ることはできなかったから、横からになるけど、尻尾は掴めそうだ。
そんな鮭の隣に模様が少し違う鮭が横に並んだ。
これは2匹同時に捕まえるチャンス!
そう思った瞬間。鮭に威嚇されているのか、2匹揃って限界まで口を開けて体を震わしていた。
え。なに? 怖いんだけど……。
しばらく鮭の様子を見ていたら、鮭は力尽きて表面に浮いてきていた。岸に流れてきていた鮭の死骸を掴んで地面に置いた。
これ確実に死んでいるよね。なんで死んだの? まさか、水中に電気鰻のようなやつがいたのか。それで感電死してしまったのか。かわいそうに。俺が食べて天国まで連れて行ってやるからな。とりあえず血を抜かないと肉が腐ってしまうから、えっと……首落とせばいいんだっけ? 確か牛とか鶏は生きたまま首落とすって聞いたことあるような。鶏鍋するのに、庭で飼っていた鶏の首を目の前で落とされたって、どっかの誰かが言っていた気がする。首を落とすのに必要なナイフを……俺は持っていない。クソしょぼ5大魔法しか使えるものないんだった。あたりに石もないし、血、抜けなくね。中に入れば包丁の類でもあるのかもしれないけど、今入りたくはないんだよね。もしかしたら2人でよろしくしているかもしれないから、安易に中には入れないんだよな。もういっそのことそのまま焼くか。それならなんとかなりそうだし。腐らないうちにとっととやってしまおう。
まずは落ち葉集め。そこの林に入ればいくらでも集まるだろう。問題は俺のクソしょぼ魔法で火が付くかどうか。少しでも落ち葉が湿気ていれば間違いなく付かないだろうな。
青々と生い茂っている草木を見れば春後半から夏の季節だろうと予測が立てられる。この季節、元いた世界では枯れ葉がほとんどない時期。かろうじて枯れ枝があるかないか。いくら異世界とはいえ、木まで全く別物ってことはないだろう。檜に似た木、杉に似た木それぞれあるのだろう。だってこの鮭は、熊野狩動画でよく見る鮭とよく似ている。人間という同じ生物がいる以上、この世界の生物は似ていて当然だ。つまり……落ち葉の類は期待できないということだ。よし、諦めようか。林の中に入っていくのも面倒だし。木魔法でなんとか作れないかな。とりあえずやってみるか。なんでもいいから木。あ、丸太以外。
出てきたのは盆栽サイズの小さな木だった。
……どの魔法よりも1番大きなものを作れたけど……盆栽じゃどうしようもないじゃん。なんで盆栽? もっと他にあるでしょ。落ち葉の山みたいなものとか。せめて盆栽に土つけてくれよ。土魔法も使えるんだから。干からびた人参みたいになっているの全く笑えないから。
……これ燃えるのかな。
試しに葉っぱに火魔法を使うが、燃えることもなく火が一瞬で消え去ったのだった。
予想はしていたけど、そこまでダメか俺の魔法。はあー、葉っぱがもっと乾燥していればな。
そう思った瞬間、持っていた盆栽の葉が萎れていった。
あれ? なんで萎れたんだ? まさか、俺、なんかよくわからない魔法でも使えるの? そういえば女神に最後なんか変なもの渡されたし、それがこれか。全くどう使うのか知らないけど。本当誰でもいいから使い方教えて。
今はとりあえず目の前のことに集中しよう。確か、さっきはもっと乾燥してくれていれば。って思ったんだよな。そしたら急に葉っぱが萎え始めた。つまり、枯れろと願えば、枯れるってこと? やってみよう。
枯れろ枯れろ枯れろ枯れろ枯れろ枯れろ。
おおー! 枯れた! 枯葉ができた! あとは火魔法で火をつけるだけ。これでようやく焼き魚が食べられる。塩は欲しいけど、今はそんな贅沢言ってられない。魚独自の味を堪能できるってことでよしとしよう。
枯葉を掴んで火魔法をかけたのだったが、枯葉は燃えることなく飄々と俺の手の先にいた。
いや、知っていたけど、枯葉も無理なの⁉︎ なんだったら火をつけることができるの俺の火魔法⁉︎ さすがにしょぼ過ぎるって。何もできないじゃないか。
落ち込んで跪いていると、手の先で明るい光が現れたのだった。
あっつ! 時間差で火が付くのやめてくれる⁉︎ 火傷するから。これマジだから!
とりあえず火は付いた。消えないように残りの枯葉にも火を付けることに成功したら、やっと土台が完成だ。あ、土台といえば……本物の土台も必要になってくるのか。焼き魚は、焼き芋のように、焚き火に直に入れることはできないから、串刺しにするかどうにかして焼かないといけないんだよな。串を作れたら1番いいけど、そう簡単に作ることはできないよな。
そう思った俺の前に銀色に輝く1本の串が出来上がったのだった。
俺の思考、誰か聞いているな。そうでないとこんな道具が落ちてきたりしないだろ。聞いている人物は誰か。心当たりがあるのが女神。だけど、女神がこんなことをしているのだったら、もっと早く、正確な情報を俺に伝えてくれてもいいはずだ。だから、女神以外の可能性が高いと俺は見ている。リナさんとベンは俺の思考を読んでいるようには感じなかったから、2人も除外。村長も怪しいけど、思考での意思疎通はできてなさそうだったから違うと思う。そしたらもう人がいない。この世界に来て話をしたのはその4人だけだ。4人を除けば思い当たる人物はいない。つまり、女神の加護が何かをしているということ? どうしたら女神の加護は、話をしてくれるのだろうか。元いた世界のように話しかけたら。
でもその前にとりあえず魚焼こう。
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