亡き妹のためのパヴァーヌ
はる
俺の親友は今大変落ち込んでいるらしい。そのことを人づてに聞いた。昔からコミュニケーションに難があって、ピアノ以外のことを楽しいと思えない奴だったから、俺は危機感を抱いた。なんでも闘病中の妹さんが亡くなったらしい。亡くなった親の代わりに、あの子のためにずっとピアノで生計を立ててきたから、生きる意味を見失っているのかもしれん。俺は朝イチで家を出て、奴の家に向かった。
「……どなたですか?」
インターホン越しに、懐かしい声がする。
「俺だよ俺。葉山裕一郎」
「……ゆうちゃんか」
ガチャリと玄関が開き、青白い顔をした三上聖良が手招きをした。
「どうぞ、入って」
居間に通してもらい、三上は紅茶を振る舞ってくれた。
「そんな顔色じゃ、せっかくの美形が台無しだぞ」
「美形じゃないし……」
三上は相変わらずの無自覚だった。どんなに周囲がお前は美形だと言っても、頑としてそれを認めようとはしない変人である。そんな面だから、三上はピアノの腕ではなく美貌によって出演をかっさらっていると陰口を叩かれていたこともある。まぁ僻みというやつだ。せっかくの天才がその面で汚されるということもあって、身近な人間は気を揉んでいる。俺もその一人だ。
「ピアノは弾いているのか?」
「ピアノを弾くことしかしてない」
「ちゃんと食ってるか?」
「カップ麺は食べてる」
「ちゃんと栄養取んなきゃだめだぞ」
と言いつつ、三上の顔色も相まって俺は心配になってきた。
「ちょっと待ってろ」
俺は失礼して冷蔵庫を開けた。チーズやら酒やらしかない。ひどいなこれは。ある食材で何か作ろうと思ったが、これじゃ手の打ちようがない。
「近くにスーパーはあるか?」
「あるよ」
「案内してくれ。何か作る」
「いいよそんなの……」
「いいから」
二人で連れ立って外に出た。冬の弱々しい日光が遠慮がちに降り注いでいる。
「美園ちゃんのこと、残念だったな。お悔やみ申し上げる」
「……美園は幸せ者だったよ」
「じゃあなんでそんな落ち込んでる」
「……美園は俺の生きる意味だったから。だからピアノも弾いてきた。それしか俺にはできなかったし」
「……俺は、お前のために生きてほしいよ」
「……うん、ありがとう」
三上は笑った。
スーパーで買い物をし、並んで帰る。オムライスを手早く作って振る舞った。
「うま」
「お前、大学の学食でオムライスばっか食ってたからな」
「よく覚えてるねそんなこと」
「俺は記憶力がいいんだ」
「ふふ」
頬に薄っすら血の色が差している。好物を食べて元気が出てきたのか。
「お前の演奏を待ってる人がいる」
「……うん、そうだね」
「お前がピアノが好きでよかったよ。それが弾く理由になる」
「……うん。生計立てるだけが目的じゃなかった」
三上にとっては、弾くことも生きる意味だったのだ。
「何か一曲弾いてくれ」
「いいけど、何がいい」
「亡き王女のためのパヴァーヌ」
三上は頷いて、椅子に座った。細い指が鍵盤の上を走り出す。物悲しいメロディ。どこか懐かしく、重く沈んでいくような。幻想のような。でも、三上のパヴァーヌは、彼の上に、雲間から差す神々しい光が見えるような気がする。彼女の死は決して悲劇ではないのだと、そう訴えかけるような、そんな演奏。それは今もそうで、前聞いた時よりもより力強く、そう表現しているように思えた。
「もう、大丈夫か」
三上は薄く微笑んだ。美園の魂が安らかであることを、彼は知っているかのようだった。
亡き妹のためのパヴァーヌ はる @mahunna
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