第15話 悩める調教師

 トゥリームオへ来てから暫く経ち、これからジブンが参加させられる競竜けいりゅうというものの全容が掴めてきた。


 レースは、ゲートが設置されている遥か上空の浮島からスタートする。


 トゥリームオに来た初日に見た、白く輝く光の帯は魔法によって作り出されたコースで、名を光線帯という。

 名前の通り、魔法で生み出された光でできているので触れても害はないが、コースなので左右にはみ出すのはもちろん、下に突き抜けても、上に離れすぎてもコースアウトで失格になるらしいから気をつけないといけない。


 ゲートは翼を広げた飛竜が入るよう、一枠横幅5メートルはあろうかという大きさで、それに伴いコースの幅はかなり広い。

 ———いやいや。外枠めちゃくちゃ不利じゃん。と焦ったが、そこは空のコース。光線帯に触れない、過度に離れ過ぎなければ、上から追い越しをかけることができる。

 ゲートの造りもコース最内を一番低い位置に、緩い傾斜を描きながら少しずつ高くなっていて大外は上空から追い越しをかけ易くなっている。


 それなら一枠ずつ縦に積み上げる、マンション型にしたら省スペースになるかも?と思いついたがすぐにダメだと気付いた。


 飛竜が羽ばたく度に生まれる魔力は、上から下へと流れる。

 これは魔力流といいって、要は気流みたいなものが生まれるのだ。(ミュゼによる読み聞かせ知識参照)

 気流が乱れると飛行機が揺れるように、魔力流を受けると飛竜も飛び辛くなるんだと。

 そうなるとマンション型では一番下が不利になってしまうので、この変わった傾斜型のゲートになったのだろう。

 ゲートに高低差があるので、隣同士で飛竜が顔を合わせることはないから、ゲート直後に立ち上がって喧嘩を売る奴は出なさそうなのはいいよね。


 何よりも。一番驚いたのはその距離の長さだ。

 なんと一番短いコースでも4.8Kmある。しかもその距離を競飛竜たちは1分40秒くらいでひとっ飛びしてしまうそうなのだ。

 時速に換算すると200Km近い数字になるんじゃないか?

 空飛ぶスーパーカーじゃん。こわい。


 まあそのスーパーカーの一頭がジブンなんですけども。






 ほぼ横並びで飛んでいる赤い飛竜が、不意に吹き付けた向かい風に煽られ少しぐらつく。

 長い尾がバランスを取るために右から左へ翻るのを横目に、ぐらつかないよう意識して飛びながらゴールまでの距離を確認する。


 後方へ流れるように過ぎていく足元の光線帯に、一瞬赤い部分が見えた。このラインは1マイルごとに敷かれた目印。

 今まで越えた赤いラインの数からしてゴールまであと2マイルか。


 今、ジブンは調教用のコースを他の飛竜と編隊飛行している。

 これは併せ竜といって、同じ竜舎の飛竜を一緒に飛ばして競い合せる調教の一種だ。競い合う相手がいることで競飛竜レースドラゴンの闘争本能が刺激され、ひとりで飛ぶ時よりやる気が出て良いタイムが出やすい。


 レース未経験だからか、ジブン達みたいなデビュー前の飛竜はこの併せ竜をよくやらされる。

 とはいえ、なんでかジブンはあんまりさせてもらってなかったんだけど。


 レース本番が近付いているからか、今日は久しぶりの併せ竜だ。

 本日併せ竜として飛んでいる隣の赤い飛竜は、同じ竜舎所属の先輩だ。とはいえ相手も競飛竜レースドラゴンである以上、潜在的なライバルと言える。どうせなら勝ちたいな。


 現在飛んでいるコースは、ゴールからスタート側に向かって魔法で風を吹かせている逆風コース。そして併せ竜の相手は既にデビューして勝利も飾っている、謂わば格上。普通に飛んで抜き去るにはちょっときついかな……。


 ——うーん、それなら久々にいっちょやってやりますか!






「逆風で1マイル33.1か」


 調教の様子を観察できる浮島に設置されたスタンド。

 所要時間を正確に計る魔法道具マジックアイテムと、騎手を乗せて練習コースを飛ぶハーレーの姿を見比べたトトーは、悪くはないと内心で結論づける。


 アオノ伯爵から預かったアオノハーレーの血統を見た時は、正直期待薄だと思ったものだ。


 母親のマリカミストは重賞——競竜レースの中でも特に重要なレースを指す——での勝ち鞍こそないものの、中皇競竜で活躍した飛竜。父親はG1と呼ばれるこの国で最も格の高い競竜レースで勝ち鞍を持つルイーマアイランド。


 どちらもアルアージェの競竜の花形、中皇競竜で結果を残した飛竜だ。しかし、いかんせん父方ルイーマアイランドの血を引く飛竜には、目立った活躍をした飛竜はいない。

 母竜も初産で、生まれた竜牧場は零細牧場とくれば、どう手を尽くしてやるかと悩んでいたのだが。


「今日はいまンとこだいじょーぶそーですね!二頭だけだからかなぁ」

「ああ。久々の併せ竜だから心配してたけど落ち着いて飛んでる」

「逆風コースでこの数字なら新竜戦、けっこー良い勝負できそーじゃないです?」


 隣で調教を見守っていた若い担当竜務員の安堵を多分に含んだ言葉に、トトーは思案顔で顎下に結えた短い髭を太い指で弄ぶ。

 枕詞に「今のままなら」と付くものの、トトーも概ね同じ感想だ。


 アオノハーレーは突出した才能があるわけではないものの、調教は嫌がらないし性格は穏やかで人懐こく、賢い。

 食い意地が張っていて体重管理が難しい事と、食べ物の好みに若干うるさいところはあるが、わがままと言うにはかわいいもの。扱い易い部類の飛竜だ。


 しかし。


 唯一の懸念事項を思い浮かべたトトーが、口を開こうとしたその時——。


「あっ、ヤバ!!センセ、ヤバいってアレ!」


 何かに気づいた竜務員が焦った声をあげる。見れば横並びに飛んでいたはずのアオノハーレーが、わずかに減速し始めている。

 何も知らない者が見れば息切れしたか、やる気をなくしたかのどちらかだと思っただろう。


 実際は違う。


「トーマ、しがみつきなッ!!」


 僚竜との距離がジリジリと開くのを見て、トトーは耳元に付けた魔法道具マジックアイテムの向こう——アオノハーレーに騎乗している騎手に向かって叫んだ。


 次の瞬間。撃ち出されたようにアオノハーレーが一気に加速した。

 翼から放たれた莫大な魔力が、長く青白い光の尾を空に残す。

 ドッ、という空気を引き裂く音がこちらまで聞こえてきそうな急加速。逆風をものともせず、あっという間に僚竜を抜き去った。


 通信状態のままの魔法道具からアオノハーレーの背中に死にものぐるいでしがみついている騎手の「ヒイィィィッ!!!」という情けなくも必死な悲鳴が届く。






 トトーと竜務員は終始無言のまま、やがて僚竜を大差で引き離しゴールを通過して見せたアオノハーレーを半ば茫然と見守った。


「……あ、あのクソやば癖?癖ってーか……やっぱり出ちゃったけど、どーしましょ?」


 気まずそうに、口角を引き攣らせた竜務員の指差す先では、ゴールを通過して徐々にペースを落とすアオノハーレーの姿。


 あの飛竜は賢いことに、年若いながらもゴールの概念を理解している。

 騎手はいまだ舵にしがみついたままで鞍上から何も指示を出せていない。にも関わらずゴール板を通過すればペースを緩めているのだから。


 そして併せ竜の時にしかあの加速を見せないことが今日確定したことで、他竜と速さを競い合っていることも理解しているとわかった。

 わかったのだが、だからと言って——。


「あんな馬鹿げた加速見たことないし聞いたこともない、どうしたらいいかなんてあたしが聞きたいよ……」


 そう。アオノハーレーには突出した才能はない。——ないのだが、厄介な癖はある。


 それがあの制御不能の加速だ。


 競竜において、末翼すえよくと称される、鋭く伸びる飛翔がある。

 レース終盤まで温存した体力と翼を最終直線で開放し、瞬発力で他竜を抜き去る飛竜の飛行方法。


 一見するとアオノハーレーの加速は末翼に似ている。しかし調教師として長年競竜に携わり、数多の競飛竜を見てきたトトーに言わせれば全くの別物だった。


 末翼は徐々にあるいは一気に加速するのに対して、アオノハーレーの加速は一度減速してから猛加速する。


 その加速度もまた桁違い過ぎた。


 まるで魔法強化によって放たれた弓矢の如く、驚異的なスピード。


 事前に聞いていたとはいえ初めて見た時は、すぐにトレーニングを中止して竜医を呼んだくらいだ。

 あんな無茶な加速をしたら飛竜の繊細な翼は持たないと思っての判断だったが、竜医の診断は少し疲労は見られるものの異常なし。


 経験も知識も通用しない。現状制御も効かない。才能と呼ぶにはあまりに異質で不気味なちから。


 しかも困った事に、竜主のアオノ伯爵からはその異質な加速を活かして欲しいと言われてしまっている。


 結果は活かすも何も、速さを競う競飛竜に乗り慣れた騎手ですらあのスピードを制御できていない。しがみついて、落ちないように耐えるだけで精一杯だ。


 言い訳をさせて貰うと、トトーは最初この癖について牧場主と竜主、それぞれから話を聞いた時、ちょっと凄い末翼なのだろうと思ってしまった。


 それどころか伯爵に至っては竜主として初めて購入した競飛竜だ。

 購入した競飛竜との出会いを、一目見て運命を感じた。電流が走ったと口にする竜主が数多いることを考えれば、無意識に話を盛ってしまった可能性すらあると考えていた。


 だが現状はどうだ。制御できない雷火のごとき加速。戦女神の彗星ハーレイの名前は文字通りそのままだったなんて。


 活かすったってどうやって?


 これが目下トトーを悩ませ続けている問題だ。


 次週に控えているアオノハーレーがデビューする新竜戦。

 今乗っている自身の竜舎所属騎手に、無理を言って鞍上を任せることになっている。

 ——いるが、しかし。鞍上と折り合いどころか、制御ができないままレースを飛竜任せにすることになるなんて。


 騎手には苦々しい思いで、そのままハーレーの背中に齧り付いているだけで良いと伝えた。全て任せていれば新竜戦、アオノハーレーが負けることはないだろうからと。


 長年調教師としてやってきた。

 自身の竜舎からG1勝ち鞍を持つ競飛竜は出せていないが、それでも多くの競飛竜を預かり、育ててきた実績と経験はあるつもりだった。


 だからこそ、この言葉を口にしたのは痛恨の極み。

 ———なぜならそれは、競竜ではない。


 競飛竜の背に乗る騎手が完全にお荷物、斤量おもりの代わりでしかないなんて、そんなものが競竜であってたまるものか。


 騎手とて同じだろう。否、飛竜と共に飛ぶ道を選んで研鑽を積んできた彼の方が、もっとプライドを傷つけられているに違いない。彼にこんな言葉を告げるしかない自分が情けなかった。


 そう、トトーはアオノハーレーという飛竜を完全に持て余していた。


 それでも。それでもレースはやってくる。


 答えの見出せない悩みに、頭を抱えるトトーの首から下がる魔法道具マジックアイテム

 そこに表示され、誰にも確認されないまま通り過ぎた数字。


 それは1マイル15秒を示していた。

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