第14話 競竜都市トゥリームオ

 オエーーーッ!船旅なんて二度としないぞオエーーーッ!!!


 まったくもって酷い体験だった……!薄暗くて狭くて圧迫感のある船内に、見知らぬ飛竜達と一緒に積み込まれたと思ったら、天候が悪かったのか途中で船が揺れるわ揺れるわ。


 「ジブンは床材のシミ、ジブンは床材のシミ」と言い聞かせ床に這いつくばって耐え忍ぶこと1日。

 無事トゥリームオに着いた頃には、立派な船酔い飛竜のできあがりだ。


 外の景色でも見れたら気分転換になっただろうが、悲しいかなジブンは貨物扱い。薄暗い船室に閉じ込められ、旅情もへったくれもないまま気付いたら目的地。


 あ、ああ……地面が揺れてぎぼぢわるい……。


 くちゃくちゃに丸められたゴミクズみたいな気分で項垂れたまま船から降りる。

 足に力を入れて一歩一歩、慎重にタラップの下り坂を踏みしめた。そうしないと四つ足とはいえ、ふらつきそうでこわい。

 引き綱を引く竜務員らしき人は急かすでもなく、ジブンのペースに合わせてゆっくりと降ろしてくれたので助かった。


 同じ船に乗っていた同輩の飛竜たちもジブンの状態と似たり寄ったりで、見知らぬ土地に連れ出されたというのに暴れたり抵抗するものはいない。

 いや、そんな元気があるやつはいないと言った方が正しいか。皆一様にへろへろになりながら船から降りている。


「おやおや、輸送でへばっちまったのかい。かわいそうに」


 タラップを降りきったところで、唐突に見知らぬ人間に声をかけられた。

 年齢を感じさせる割に力強い声音。

 だいぶ低い位置から聞こえたその声の前で、引き綱を持った人が足を止める。無視するわけにもいかず力無く目線をやると。


「ようこそアオノハーレー。アタシがアンタを預かるガガラド竜舎のトトー・ガガラドさ。よろしく、新入り」


 言葉が通じない飛竜にも、律儀に声をかけてくれたのは、ずんぐりむっくりした体格の、ちっちゃいおばちゃんだった。


 量の多い赤茶けた長いくせっ毛を、編み込んで後ろで結えていて、背丈はミュゼよりも低い。1メートル20センチから30センチってとこか。

 肌はこんがり焼けた小麦色。小柄なのに腕や肩周りは筋肉質で、かなりがっしりしている。シワの刻まれた丸い顔に、少し吊り目がちな黒い瞳とお団子みたいな鼻。顎の下にはヒゲをちょこんと小さく三つ編みにして……。


 ってヒゲ?!このおばちゃんヒゲが生えてる!えっ?おばちゃん……だよね?ヒゲ以外の見た目は女性なんだけど。


 驚きのあまり船酔いしていることも忘れて、顔を近づけ、おそるおそる匂いを嗅いでしまう。

 そんなジブンの様子に、おばちゃんは気を悪くした風もなく、ニカッと笑って優しく顎下をさすってくれた。


「えらく興味津々だねえ、ドワーフに会うのは初めてかい?」


 ドワーフ!

 ファンタジーものによく出てくるドワーフか!

 言われてみれば、ミュゼやおじさん達と少し違う匂いだ。雨で湿った土の匂いに似ているかな。あとちょっぴり酒くさい。

 へぇ、ドワーフって女性もヒゲが生えるんだ。異世界っぽいなあ。


「なんかぁ〜途中でめっちゃ空が荒れたらしくてー。同じ船に乗ってたコ、みんなこんな感じっすよぉ」


 なんかぁ?めっちゃ?っすよぉ??


 ここまで引き綱を握っていた人間の口調が、あまりに現代ナイズされすぎている件について。思わず二度見してしまった。


 船酔いで気付かなかったが、ジブンをここまで連れてきた竜務員らしき人も女性だった。こっちは年若い。匂いや見た目的にミュゼ達と同じ人種だろう。

 栗色の明るい髪は前髪を眉にかかるあたりで切り揃え、肩口まで伸ばした後髪はゆるく外へハネしている。

 とろんと眠そうな黒い目に、ぽってりした唇が印象的だ。

 無気力系、というのだろうか。見た目に反して動きはきびきびしているけど。


「季節風のせいだろうね。今回はパナカン経由だろ?あの辺りは今の時期かなり吹くらしいから。何はともあれ無事に着いて良かった」

「まーじそれな、です。怪我とかなくてよかったぁ」

「……アンタの敬語はちっとも綺麗にならないねェ、まったく。馴致の進み具合も確認したいところだけど……この様子じゃあしばらくは無理そうだし、ゆっくりやっていくかね」

「それが良さそっスよ。かわいそーちょーげっそりしてるし。ダイジョブ?」


 異世界産ギャル(推定)が労わるようにジブンの首をぽんぽんと叩く。

 口調の軽薄さとは裏腹に、ジブンを気遣ってか慎重にこちらの様子を確認しながら歩き出した。


 2人の後に連れられながら、内心ほっと安堵の息を吐く。

 今の短いやりとりで、この人たちは変わっているけれど悪い人ではなさそうだとわかったから。


 ジブンを預かる——つまりトトーというおばあちゃんが、これからお世話になる竜舎の調教師。


 調教師とは、竜主から競飛竜レースドラゴンを預かって鍛え、長所を見出して適性などを判断し、レースで結果を残せるよう調整してくれる人だ。

 戦略指揮を担当する軍師。あるいはコーチみたいなものか。


 その能力の程は定かでないが、少なくとも小さな牧場出身の飛竜であるジブンにも気を配ってくれているところは好印象だった。


 竜舎に着くまでの道を歩きながら、ぐるりと首を巡らせ辺りを見渡す。


 真っ直ぐに伸びる道は、大まかな砂利は取り除かれ、綺麗に均されており歩きやすい。往路と復路で分かれているらしく、間に刈り込まれた生垣と街路樹が植えられている。

 遠くにずらりと立ち並ぶ建物が竜舎だろうか。

 比べるものでも無いかもしれないけれど、この施設全体にホートリー竜牧場が一体何個入るんだろうって規模の大きさだ。

 いや、ジブンがあの日見下ろした町すらすっぽり入ってしまうかもしれない。それくらい巨大な施設。


 だが何よりもの違いは空だ。

 青空に雲とは違う、白く輝く光の帯が何本も伸びて、巨大な楕円や曲線を描いている。大きいものだと遥か向こうまで続いていて、先の方はぼやけて見えない。

 光の帯の周りにはぽつぽつと、浮島のようなものも見える。

 目にするものどれもこれも新鮮で珍しく、ホートリー竜牧場では見たこともないものばかりだ。


 初めて見る人たちに、見たこともない景色。

 ああ、遠くまで来ちゃったんだなあ。

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