第7話 矢の如く光の如く
こちら上空!こちら上空!舞い上がってわかったことがひとつある。
ウチの近所にある森、ひっっっろい!!!!シャレにならんくらい広すぎるんだが!?
先程初めてホートリー竜牧場の全容を見た時、ちょっと暢気に『わぁ、ウチ結構大きかったんだー』とか思っちゃったが、とんでもない。牧場の下に存在する円形の町はもっと広いし、何より。町の外はそこかしこ森!森!森!大自然万歳!
こんなところで人探しするより、25mプールに米粒を投げ入れて探す方がなんぼかマシなんじゃ……。思わず場違いな感想を抱いてしまう。
勢いで飛び出したはいいものの、想像よりずっと状況は厳しい。
空さえ飛べたら見つけられると思っていた、己の浅慮を突きつけられる。
初めて飛べたことで昂揚していた気持ちが、みるみるうちに萎む。
いやいやこれは……無理ゲーだろ。
思わず漏れ出た弱音の影から、誰かが囁く。
————今なら逃げられるぞ。
はっとする。
——ジブンは今、正に自由を手にしている。これはチャンスじゃないか。
このまま飛び出して行けば、自由に異世界を旅することだって出来る。食べ物も水も空を飛べる今、自分で探せる。
気ままに葉っぱを食べてゴロゴロして暮らす。
それってジブンが憧れた『競走の無い世界』じゃないのか。
ミュゼは心配だけれど、マーサちゃんに危機は知らせたし、ジブンがやれることはやったんじゃないか?だからもうここから————。
————バカを言うな。
心の隙間から顔を覗かせた、最低な自分を心の中で殴り飛ばして黙らせる。
不甲斐なさに、噛み締めた奥歯がギリギリと軋んだ。
ミュゼはジブンのために、あんな広い森のどこかにきっと今も1人で居るのに。それを見捨てると?
前世から何も学んでないじゃないか。逃げて逃げて逃げ続けた結果、訪れたあの結末を忘れたのか。
前世、競走馬だったジブンのために涙した年若い厩務員。もう顔も思い出せない青年の涙に後悔したはずが、ちょっと壁にぶち当たったらすぐ手のひらを返すその性根。
バカは死んでも治らないのか。なあ、ジブン。
ジブンのために魔石を取りに行くと言ったミュゼ。
ジブンに根気よく最後まで尽くしてくれた青年。
姿形どころか性別、歳すら全く違う2人。彼らの零した涙が誰のためであったのか。彼らの惜しみない献身を受けておきながら、また背を向けるのか。
それはバカを通り越して、クズじゃないのか。
ジブンはそんな風に生きたくない。
変わる。
変われ。
変わってみせろ。
まず本当に手掛かりがないのか考えろ。今のジブンは飛竜だが、元の元は人間だったんだ。その頃の知恵を少しは使え!
焦燥に焼かれながら、遥か遠く聳え立つ山影に沈もうとしている夕陽を睨む。
この世界でも太陽が東から昇り、西に沈むと仮定して。ジブン達の住む牧場は町の北側。そして北、西、南と町を囲うように見渡す限り森林が広がっている。つまり森と一口にまとめても、まず南北西のどこから探すかという問題にぶち当たるわけだ。
いや、ミュゼが走り去った方角は町の方だ。牧場の北はありえない。ならば西か南。
……南は町との境にデカい建物が見える。ジブンの住む竜牧場をもっと大きくしたような施設。町を経由し南から森に抜けようとするには、あの施設を通り抜けないと無理だろう。
ということは消去法で可能性が高いのは西!
使い慣れない翼をバタつかせて、なんとか西へ方向転換し、舵取りに苦労しながら羽ばたく。
飛竜の抜群によく見える視界で眼下の町を観察しながら進む。
あとは町の中をどう移動したか、どこから森に入ったか絞り込めないだろうか。
ホートリー竜牧場から町へと下る坂道を視線で辿る。大小ある建物や大通りらしき道に、裏路地もたくさん。
いやはや。森に囲まれている上に牧場があるくらいだから、もっと田舎なのかと思っていたが、結構人が多いな。特に町の東側なんて色の匂いが入り混じって混然としている、じゃない……か。
…………あ。
『色の匂い』!それだ!
なにげなく浮かんだ感想に引っ掛かり、さらに集中して町を見る。
『色の匂い』。ジブンが勝手にそう呼んでいる、飛竜の身体独特の感覚。
想像するに、嗅覚・視覚・聴覚といった五感では捉えられない何かを捕捉するための第六感。
一番最初に気になったのは、そう、他でもないミュゼの身体から感じ取ったからだ!
その後、牧場関係者の人たちなんかを見比べたり嗅ぎ回ったりしてわかったのは、『それ』は親子などで似通っていても完全に同一ではないということ。
この『色の匂い』が指紋や虹彩のように人間一人一人違うのだとしたら。
掴んだ糸口を手繰り寄せようと『色の匂い』の感覚に集中して町を観察する。
様々な色の絵の具を好き勝手塗り広げたキャンバスのように、自由気ままに配置された色、色、色。
しかし互いの色同士は混じり合わず独立した色として混在している。その中でミュゼの『色の匂い』は一番馴染み深い。
感覚を更に研ぎ澄ませ、町に蔓延る色彩を掻き分け、薄らと既に消え入りそうな『それ』を見つけた。
町の西端。動物避けだろうか。森から町を切り取るように端境に立ち並ぶ柵。
少し開けた荒れ地から、西の森の中に道が呑み込まれている。その道に残るミュゼの『色の匂い』。
あそこだ!
漸く見つけた手掛かりに、焦りと高揚が募る。あこを目指して一直線に—————。
————飛んだのだが。
問題発生。
ジブン、遅すぎる!
必死で羽ばたいているものの慣れていないからか、思うように飛べない。フラフラと蛇行はしなくなったが、それでも牧場で見た大人たちのゆったりお散歩ペースより少し速いくらいの速度しか出せない。
つい今し方、初フライトを体験したばかりのピカピカ初心者マークだから仕方ないのかも知れないが、いまだ町の真上に差し掛かったくらいだ。
ミュゼがいるであろう西の森がまだあんなに遠い。
このままじゃ日が暮れちまう。そうしたら夜目のきかない飛竜では、ミュゼをもっと見つけづらくなってしまう。
なんかこう、目的地に一瞬でワープとかできないか?無理か。
せめてロケットみたく真っ直ぐ、ばびゅーんと飛べたらなあ…………。
—————————ロケット?
ロケットの推進力の原理は確かエンジンの中で高圧ガスを作りだし、それを高速で噴射することだったはず。
飛竜は魔力を翼から放出することで前進している。翼全体から魔力を放出し、羽ばたきで魔力を送り出して前進。翼の羽ばたく角度を変えて方向転換。
体感した感じだと、飛竜の飛行方法はこうだ。ならば魔力の出力を自在に操れたら、ロケットの原理と同じようなことができないだろうか。
どうせこのまま飛んでも、夜には間に合いそうにない。それなら一か八かだ。
翼に魔力を集めて留める。
イメージだ。翼に流れる魔力を強く意識しろ。空中でホバリングできる最低限の魔力を放出、それ以外を内に留める。できるはずだ。
ミュゼが読み聞かせてくれた、魔法に関する本の知識を思い出す。魔力は実行するイメージを明確に持って操るんだって。
自分の中にあるヴィジョンを形にする。人間だった頃、ジブンはそれをやってきた。絵の具と筆が、魔力と翼に変わっただけだ。
形のないものに形を。存在するだけの力に方向性を。
ロケットのように、目的の場所へと何よりも速く、一直線に飛ぶイメージを固めるんだ。
集中する。
翼の中で、形を持たない力の奔流が出口を求めてぐるぐると渦巻いている。翼が燃えるように熱い。
だが、まだだ。ギリギリまで堪えろ。
想像する。
高圧ガスを燃やして前進するロケットブースターのように、この翼は魔力を凝縮し、噴き出すことで前進する。
翼をめいいっぱい持ち上げ、引き絞る。
翼に心臓があるんじゃないかと勘違いしそうなほど、ドクドクと脈打つ音を身体で感じた。
……まだ。まだ。まだ——————今!!
広げた翼を叩きつけるように振り抜くと同時、堰き止め続けた魔力を一気に解放する。
イメージした以上の勢いで噴き出た魔力が、矢のように、あるいは光の如く、ジブンの身体を前へと押し出す。
ゴッッッ!!!!
空気の壁を喰い破る音すら置き去りに、ジブンは西の森へと続く空を弾けるように高速で駆け抜けた。
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