第3話 ドラゴンのいる牧場

 ドラゴンママにべろべろ宥められ、顔に芝を貼り付けたままこんにちは!オレオレ、オレだよドラゴンベビーだよ!

 そんなわけで、次は今世で知り得たことを整理したいと思う。


 今世のジブンは競飛竜レースドラゴンと呼ばれる生き物らしい。


 競飛竜レースドラゴンとはどんな生き物かというと、姿形は西洋のザ・ドラゴンって感じだ。

 トカゲやヘビのような細長い顔立ち。口の先端は鉤状に曲がって、ちょっと猛禽の嘴っぽい。頭部には2本の角が後ろに向かって生えていて、大人の竜を見るに、長く伸びるようだ。背中には皮膜の張った、大きな翼。鞭のようにしなやかな長い尻尾。全体的にすらっとしてるのは、レースと名がつくだけあって、速さを追求した体型っぽいなという印象。


 地上を移動する時は四つ脚で歩行するが、後ろ脚で立ち上がることもできる。

 鱗の色はジブンが知る限りで青、黒、赤の3種がいた。馬と比べてかなりカラフルだ。

 なおファンタジーお約束の、カラーリング別属性攻撃はできないもよう。派手な色分けされているのにただの色違いとは、はなはだ残念である。


 そしてジブンが産まれたここは競飛竜の牧場なんだとか。

 スタート地点が(あるのかわからないが)食肉用じゃないだけラッキーとすべきか。


 異世界の人間達が言うには——なんとジブン、異世界の人間の言葉がわかる。そんな『お詫びの品です』みたいな配慮いらないから、レースとは無縁の転生をさせてほしかった——競飛竜は文字通り、空を飛んで速さを競う竜だ。


 ママ含め他の竜がびゅんびゅん空飛んでるの、見たことないけど。

 ジブンが見たのは、のんびり空をお散歩しているところと、木の近くでバッサバッサ上昇して少し高いところの葉っぱ食べている姿くらいだぞ。

 そんな競うほど速く飛べるんかね。


 次に牧場。競走馬の時いた牧場とは違って、敷地を囲う柵が3〜5mくらいある。

 これは大人の競飛竜の体高が2.5mくらいあるからだろう。


 囲いの中も違いがあって、牧草ではなく2〜5mくらいの低木が等間隔に並んで植っている。人間時代に見たりんご畑が、でかい囲いの中にある感じだな。その間を竜がのしのし歩いたり、飛んだりしている。


 この木々は何かというと、竜のごはんだ。草食なんだよね。この世界の竜。

 ぱっと見わからないが、口の中はトゲトゲした牙ではなく、平らな歯が生えていて、葉っぱを噛むのに適している。


 ちなみにジブンはまだ生後2ヶ月くらいの赤ちゃんなので、歯が生え揃っていないし、背丈も1mちょいくらいしかない。なのでママが柔らかく噛んでくれたペースト状のものを食べさせてもらっている。


 敷地の広さは、行ったことのないエリアが多くて断定はできないが、竜の方が馬より大きいことからも、竜牧場の方が広い気がするな。

 ジブン達の寝床になる竜舎の、馬房ならぬ竜房も馬時代より当然大きいし。


 世話してくれる人間のする仕事は、ほとんど変わらない。竜の身の回りの掃除や餌やり、身体の手入れなどなど。


 あ、変わる変わらないで言ったら今世のジブンはなんとメスである。こっちの世界じゃ牝竜ひんりゅうっていうらしい。オスは牡竜ぼりゅう。これ豆知識ね。


 男、牡馬ときて今度は牝竜。思うところがないわけじゃないが、そんな事より、今の置かれている現状が気が気でなくて、将来子ども産むの?とか考える余裕がない。


 産む前に、どうにかなっちゃう可能性もあるしなガハハ!!なにわろてんねん。


 そうそうこの世界、魔法があった。

 人間が牧場内の木々の管理や、水やりに使ってるのを見たときは、本当に異世界なんだと感動したもんだ。

 何もない空中から、水がバァーっと降り注いでさ。魔法パワーなのか、魔法で出した水を浴びた木々は生き生きするんだわ。


 もしかしなくても、攻撃魔法とかあるのかな?見てみてぇー。

 でも人間が攻撃魔法使うのを、竜のジブンが見る時って即ち『死』じゃね?とも思うからやっぱり見たくねぇー。


 その後、ジブンも魔法を使えないかと、見よう見まねで念じてみたりしたが、魔法は使えなかった。ちくしょう。






 そんな事を考えていたら、遠くからパタパタと軽やかに地を蹴る音が、ジブン達親子のいる放牧場に近付いてきた。


 聞き覚えのある足音に反応したのか、まどろんでいたドラゴンママが瞳を開けて、首をすいと持ち上げる。ジブンもそれにならって、翼の下から這い出すと、高い柵の向こうを見やった。


「ただいま!マリカミスト、テンテン元気にしてた?」


 放牧場を囲う柵の隙間から覗き込むようにして、木陰で休むジブンたち親子に、声をかけてきた小さな人影。


 榛色の大きな丸い瞳。少し日に焼けた可愛らしい造りの顔を、彩る笑顔が愛らしい。サラサラとした金髪を後頭部の高い位置で一つに結えた、小学校中学年くらいの女の子だ。


 この子の名前はミュゼ。

 牧場主の娘で、積極的に牧場の仕事を手伝っている親孝行な娘さんだ。

 特にジブンを気にかけてくれているようで、よく会いに来てくれる。わかるよ、赤ちゃんって存在はだいたいなんでもかわいいもんな。


 彼女が呼んだマリカミストはドラゴンママの名前で、テンテンはジブンの幼名だ。

 幼名は買取られて正式な名前が付けられるまでの間呼ばれる仮の名前ってとこ。

 名付けてくれたのは目の前のミュゼ。

 由来はジブンの額に、縦に2つ並ぶように他の部分より薄い色合いの楕円模様があるから、らしい。

ネーミングセンス——……いや、何も言うまい。


 牧場という限られた空間で、行動が制限されているジブンに色々話しかけてくれる、大事な情報源ちゃんだからな。


 挨拶がわりに柵の隙間から鼻先を突き出すと、ミュゼが優しい手つきで額から鼻筋を掻いてくれる。ああ〜よきかな、よきかな。ついでに首筋もかいてくれ。


「えへへ、テンテンはなつこいねぇ、かわいいねぇ」


きゃらきゃら笑うミュゼにほっこりして、もっと喜ばせようと、ジブンを撫でるミュゼの小さな手のひらに鼻先を押し当て、ふんすふんすと鼻を鳴らす。


 うーむ……最近気付いたんだがミュゼの身体から、うっすらと匂いが色で見える気がするんだけど、これなんなんだろ?

 匂いに色?なんのこっちゃって感じだが、そうとしか表現できない。

 人間や馬の時には感じたことの無い感覚なので、竜の持つ独特の感覚なのだろうか。なんとも形容しづらい上に、ぼんやりとして霞のような感覚だ。


「テンテンどうしたの?わたしティモの葉っぱついてる?」


 ミュゼがジブンに嗅がれた方の手をくるくるとひっくり返しながら確認している。

 確かに牧場の手伝いをするミュゼからは、ティモの他にもファルアフの葉や、ヨツミツの葉の芳しいにおいもする。

 だが……なんだろう、違うんだよなあ。


 もやもやとした謎の感覚の正体を確かめようと、少女の手や頭を嗅ぎ回る。


 これが仮に人間だったら一発アウト。どこに出しても恥ずかしい犯罪者だ。しかし今のジブンは、どこに出してもかわいい赤ちゃん竜なのでなんの問題も————


「おーい、おかえりー!」


 ひぇっ!セクハラじゃないです、これはセクハラじゃないんです、お巡りさんボクはやってない!


 突如遠くから聞こえて来た声に、慌てて居住まいを正したが、竜舎の方角から近づいて来る声の主を見て安心した。


 ミュゼと同じ金髪を、短く刈り込んだ30代半ばくらいの男が、引き綱を手にこちらへやってくる。

 鍛えているのかガタイはいいが、柔和な顔立ちがいかにも良い人!って感じで威圧感は感じない。


 このおじさんこそジブン達の住む牧場の牧場主、ヤフィス・ホートリー。ミュゼのパパ上だ。


「今日はいつもより早かったね」


 おじさんはジブンを撫でていたミュゼに声をかける。


「ただいまお父さん。テンテンのお世話があるから走って帰ってきちゃった!竜舎に戻すならわたしも手伝うよ」


 言いながら、ミュゼはおじさんが持っている引き綱に手を伸ばした。おじさんも特に異論はないようで、引き綱のうち一本を手渡す。


「ありがとう。それじゃあテンテンを頼もうかな」

「はあい、テンテン行こう!」


 ヤフィスおじさんが、ドラゴンママに引き綱を着け綱を軽く引くと、ママも慣れたもので嫌がらずにその後に続く。


 ジブンの綱をミュゼが持つ。左からドラゴンママ、おじさん、ミュゼ、ジブンの順で横並びになり竜舎へと歩き出す。


「お父さん。今日の授業でね、『水呼び』の魔法を習ったの。いつもお父さんが使うの見てたからわたしもすぐに水を呼べたよ!」


 ジブンの綱を引きながら、ニコニコと嬉しそうに学校での出来事を報告するミュゼ。


 水呼びってのは名前からして、この間見た水やりの魔法かな。まだ小学生くらいだろうに、もう魔法使えるのか。日本の現代っ子が授業でプログラミング習うみたいなもんなのかもな。


「すごいじゃないか、今度練習もかねて牧場の木に一緒に水やりをしてみようか」

「うん!」


 おじさんの提案に笑顔で頷いたミュゼだったが、ふと視線を足元に落とす。


「あ、……あのねライウスがね、俺は『水呼び』なんかとっくに使えるんだって言ってたの。もう『空爆ぜ』を使えるんだって」


 ミュゼの言葉に、おじさんは少し考えるような仕草をし、すぐにああ、と頷いた。


「ガヴィラン牧場の子か。あの子は確か、逆鱗持ちだろう?10歳で攻撃魔法が使えるのか。なかなかやるなあ」


 お?!聞いたことない単語だ、げきりん?ゲキリンモチってなんだ、あとやっぱり攻撃魔法あるんだな?!


 知らない単語の登場に、思わず鼻息荒くなったジブンを宥めるように、ミュゼが首の付け根をぽんぽんと叩く。けれどその手はどこかなおざりで、心ここに在らずといった気配がする。

 気のせいか?と横目に見たミュゼはうつむいて、さっき父親に授業の報告をした時の笑顔はなくなっていた。


「わたしも逆鱗持ちだったらよかったのに」


 ぽつり。ミュゼが溢した言葉は普段明るい彼女に似合わない暗い響きがあった。

 どうしたどうした、悩みごとか?話聞こか?


 おじさんも気付いたのだろう、ちらりとミュゼを見て思案するように綱を持たない右手で顎をさすっている。


 その時初めておじさんの手の甲に、数枚の鱗が貼りついていることに気付いた。

 紡錘形のツヤツヤと輝く薄紅。ジブン達の鱗に酷似したそれが、肌から直接生えているような。まさかね。


「別に逆鱗がなくたって、飛竜と関わる仕事はできるよ。それともミュゼは騎手になりたいのかい?」

「ううん、騎手は憧れるけど……でも飛竜のお世話をするなら、逆鱗があった方がいっぱいお手伝いできるよね?」


 二人の会話を聞きながら、ジブンの引き綱を握るミュゼの手を見てみる。


 牧場の手伝いで水仕事や力仕事をしているからか、この年頃の少女にしては少し硬い荒れた指先。そんな働き者の彼女の手は、どちらの手の甲もつるりとして鱗は見当たらない。


 もしかして。そう思った時、小さな手を覆うように鱗の生えた大きな手が重なった。


「ミュゼ。確かに逆鱗があれば使える魔法は増えるし、飛竜の翼の手入れも出来る。色々便利になるだろう。でもね、飛竜と関わる上で一番大事なのはすごい魔法をたくさん使えることじゃない」


優しい声で告げたおじさんは、重ねた手を離すとミュゼの頭をひと撫でしてから、今度はドラゴンママの顎下を撫でる。


 ママは嫌がる様子もなく、むしろ気持ち良さそうに目を眇めておじさんの手を受け入れた。

 この一人と一頭の間には、確かな信頼があるのだろうと傍目にもわかる。

 優しくドラゴンママを撫でながら、おじさんは言葉を続けた。


「大事なのは飛竜に対して常に真摯に向き合うこと。決して手を抜かず丁寧に、常に献身的に接することで信頼関係を積み重ねていくことだと僕は思う。これをずっと手を抜くことなく続けるのは、簡単なようで難しいことだ」


 ドラゴンママを撫でる手を止めたおじさんは苦く笑った。後悔や罪悪感が滲んだ笑みだ。

 

「本当は友だちと遊びたい年頃だろうに。いつも牧場を手伝ってもらってばかりで……申し訳なく思っているよ」


 おじさんの謝罪は予想外だったのだろう、ミュゼの大きな榛色の瞳がこぼれんばかりに見開かれる。


「そんなことない!友だちだって好きだけど、わたし飛竜も、お父さんも、牧場の仕事も、大好きだもん!」


 すぐさま反駁したミュゼの頭を、おじさんはそっと自分の胸に抱き寄せた。


「ありがとうミュゼ。そんなキミだからテンテンのお世話も任せられると思ったんだよ。逆鱗がなくてもキミならできると信頼しているんだ」


 分厚い腕の下でミュゼが驚いたように小さく震えた。


 ジブンも愕然とする。


 えっ、ミュゼってばジブンのお世話係任命されてたの?!てっきりジブンがかわくて愛らしいパーフェクト赤ちゃんだから、よく会いに来てくれてるんだとばかり思っていた。


 だが記憶を手繰れば、ミュゼはいつもジブンの身の回りのお世話をかって出ていた気がする。なるほど、ジブンの担当だったのか。


 いくら我が子とはいえ、将来競飛竜になる大事な仔竜を——言い方は悪いかも知れないが商品を、そう簡単に任せたりしないはずだ。

 世話される側のジブンが言うのもなんだが、竜の世話は大変だと思うし。

 ミュゼはジブンから見てもよくやっているよ。


「ライウス君はライウス君、キミはキミだよミュゼ」

「……うん、うん!」


 おじさんの言葉を噛み締めるように頷いて、顔を上げだミュゼの表情からは、暗さが消え失せ、いつものはつらつとした明るさを取り戻していた。





 ドラゴンママと一緒の竜房に入れられたジブンは、柔らかい寝藁を踏みつつ、先刻のミュゼとおじさんのやりとりを思い出していた。

 逆鱗持ちってのは、どうやら魔法の才能があるらしいとか。名前的にもしや、おじさんの手の甲にあった鱗と関係があるのかなとか。


 でもそんなことよりも。


 おじさんが娘の悩みに寄り添ってくれてよかったと思う。優しく寄り添って、彼女の努力を認めてくれてよかった。


 ジブンの世話をしてくれる彼らは良い親子なのだ。


 それがどうしてだか無性に嬉しく、そして少しだけ羨ましい。

 なんでだったかね、忘れちゃったけどさ。


 寄り添うふたり。

 いつか憧れた親子の肖像。

 いつ、誰に、憧れたんだっけ。

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