第2話
放課後に居残った三人は鍵のかかった温室に赴き、自分で好きな花を一本選び茎を園芸鋏で切る。
透子のいう通り、顔を近づけるまでもなく甘い匂いがする。
透子はもう一人の少女、沙織に先日香里奈にしたように熱心に花について話している。そんなに前のめりに話すと困らせてしまうのではと思い沙織を見るが、ごく普通の様子で相槌を打っている。沙織の発達した胸が苦しそうに制服に詰め込まれている気がしてくる。もうワンサイズ大きな制服を着た方がいいのではないだろうか。ボタンがはち切れそうで心配だ。
制服を押し上げる胸が気になるのはその胸の前で持たれた黒い花を見てしまうからだろう。沙織が持つと禍々しいと感じていた花が不思議なことに妖艶な花に見えてくる。
花泥棒のようにこっそりと誰の目にも見つからないように花を持ち帰った香里奈は、荷物の少ない部屋で唯一の食器棚ともいえるコップに水を注ぐ。
一人で暮らしている家だ。誰に見られる心配もない。
部屋着に着替える時間を惜しんで花だけを手折り、水につける。
寝るためだけの狭い部屋には既に花の匂いが充満している。
透子が言っていた、水に浸けて飲むという方法を採用したのだ。
数秒して花びらは水の中でふんわりと開き、スカートのようにひらひらと揺れる。花びらがほどけると、一つの花だと思っていたものが幾つかの花が集まって出来ているものなのだと知る。
透明だった水は薄らと黒く色づいており、花びらの先が白くなっているのに気づいた。
浸透圧が低いのだろうか。
急ぎ、コップをつかむと思い切りよく水を飲んだ。
冷たい水が喉を流れていく。
甘い匂いが鼻に上ってきて、水までも甘くなってしまったような不思議な感覚だ。
半ばまで水を飲み、花を大きめのスプーンで掬う。ごくりと唾液を飲み込み、覚悟を決めてからふやけたようなそれを口に運ぶ。
舌に乗せた時点で、微かに苦味を感じる。が、それはすぐにわからなくなり次にはシャキシャキとした食感ととろみが香里奈を驚かせる。
舌に残る甘さはピリピリとした刺激を伴う。
一気に食べてしまい、残った水もそのまま飲み干した。
これは美味しかったというのだろうか。
まったく後味が残らず、ともすれば食べたことなど忘れてしまいそうだ。
空になったコップを机の上に置き、しばらく香里奈はそれをじっと見つめていた。
「今日はなんだか甘い匂いがしない?」
教室で誰かが言うのを聞いて香里奈は驚く。昨日花を食べたことは当事者の三人以外は知らない筈だ。
昨日透子も花を食べたのだろう。朝から透子はにまにまと頬を緩めている。
今しがたドアを開けて教室へ入ってきた沙織の視線が透子と自分に投げられているのを感じる。心が通じ合った仲間のような意味ありげな瞬きを交わす。けれど会話をすることはせずに、ふいっと視線はそらされた。
「なんだかいい匂い。……お腹空いてきちゃった」
言ったのは誰か、香里奈は笑みを漏らさないように頬を膨らませた。
地獄に咲く花 染西 乱 @some_24
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