地獄に咲く花

染西 乱

第1話

 あぁ、嫌だ。

 頭の中にはただただ真っ黒な花が思い浮かぶ。真っ黒な茎と、葉脈が微かに白く浮いたように見えるとんがった葉っぱ。極め付けにはまぁるく幼虫のように丸まった花びら。いくつもの花びらが寄り添うその真ん中にはぴんと伸びた柱のようなめしべの周りを黒檀を削ったような花粉をたっぷりとつけたおしべが並んでいる。

 ほろほろと揺れる様子は地獄に咲いた花とでもいおうか、とっても禍々しい。

 その花を食べる。

 初めての試みに選ばれたのは自分を含めて三人の女生徒だ。

 おとなしそうな清楚な印象の子は肩で切り揃えた髪がくるんと内側にカールしており、かわいらしい。紺色のセーラー服が似合っている。もう一人はツヤツヤとした黒髪の美しい表情の硬い子。あまり笑わないし何を考えているのかわからない。こちらはセーラー服を持て余すような大人びた体型でもあり、どこか憂いを感じる相貌をしていた。

 二人ともあまり話したことのない子だ。

 香里奈は頭の中を埋め尽くしそうな勢いで増えていく黒い花に重々しく息を吐いた。

 仕方がない。誰かがやらなくてはいけないことなのだ。

 私たちが1番年上なのだから順当と言える。

 電気のついていない廊下を夕陽が照らし、真っ赤に染めている。そろそろ陽が落ちてしまう。

「ねぇ」

 誰もいないと思っていた背後から声をかけられ、驚いて振り返る。

 同じように選ばれたボブカットの女の子だ。

「あの花を食べるのに選ばれた子だよね?」      

 大きな声ではないのに妙に遠くまで聞こえる不思議な声だ。

 確認されて頷く。

 ぱあっとその子、透子が顔を赤らめるように喜びの光に溢れた。速やかに詰められた距離に香里奈はどうしたことかと目を丸くする。

 段々と薄暗くなる廊下で、目をキラキラと輝かせた透子の姿は妙に浮いている。

「あのお花を食べれるなんて夢みたいだよね」

 発された言葉に香里奈は動きを止めた。

 確かに夢であってくれたら、とは思うが、透子のことばには明らかに喜びが溢れている。

「実はね、あの花を、育ててるのは私なの!」

「育てて、る?」

 確かに黒い花は温室に咲いている。

 香里奈はそれを誰かが育てているとは考えたことがなかった。考えてみれば自然発生したとは考えにくい。なにか理由があって栽培されている花なのだ。

「そう! 私昔は園芸部だったんだけどね、それでこの花を育てて欲しいってお願いされて育てていたの! あんな花誰も育てたことがない。いわば育成の第一人者なの! 素敵でしょ?」

 うっとりと夢見るような表情の少女はもう少しで大人になりそうな危うさを感じる。

「誰かに食べてもらえるなんて嬉しくて嬉しくてたまらない。あの花はすごく甘い匂いがしるの。私も食べてみたいって何度も思ったけど……勝手なことしたら怒られちゃうから……」

 なるほどきちんと言いつけを守っている優等生らしい。

「あれね、お水に入れると綺麗なの。お湯の中で丸くなっていた花びらが大きく広がって……火を通すのはやめた方がいいと思う。花がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない? そんなの美しくないもん。せっかく綺麗に咲いたんだし、冷たいお水につけてそのまま飲んじゃうのが1番だから!」

 生産者らしい並々ならぬ勢いで透子が話す。どうやって食べる、などというのを考えてもみなかった香里奈はなるほど、と頷く。

 そんなに大事に育てた花なら大丈夫かな。死ぬほど不味かったらどうしようと思っていたが、いい匂いがするらしいしどうってことないのかもしれない。急激に萎れた緊張感に、香里奈はそうっと微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る