貴族嫌いの辺境冒険者

小野シュンスケ

貴族嫌いの辺境冒険者

「なぜ我々が金を支払わねばならんのだ!」


 貴族の男は辺境都市の入り口で門番に怒声を浴びせた。


 門番は貴族の怒りなどどこ吹く風といった感じで説明した。


「辺境都市には辺境都市のルールってもんがあるんだよ。王都に入る度に冒険者たちは金を支払ってるだろう。それと同じ事さ。辺境都市に入るのにお貴族様がお金を支払うのは道理ってもんだろ?」


 貴族の男は壁をドンッと叩いた。


「これは由々しき事態だ。反乱ととられても文句は言えんぞ!」


 門番は肩をすくめた。


「そうかい? 辺境都市の全冒険者を相手にして王国軍が勝てると思ってるなら、攻めてくるがいいさ」


 額に青筋を立てて貴族の男は言い放った。


「王国軍を舐めるな! 貴様らタダですむと思うなよ!」


「おーい、お貴族様のお帰りだ」


 貴族の馬車は辺境都市に入ることなく引き返していった。



 * * *



「あなた、もうお出かけに?」


「ああ」


 政略結婚で強面の将軍のもとへ嫁いだ当初は、顔を見る度に震え上がったものだったとアリーシャは振り返った。


「君を愛することはない」


 と初対面で言われた。


 見た目とは裏腹に、繊細で気配りのきく男性だとわかってからは、恐れはどこかへ吹き飛んだ。


 戦を生業とする将軍は、自分には他人を愛する資格はないと考えていたらしい。


 けれど、二人の間にはいつしか強い絆が生まれていた。


 しぶしぶながら認めた夫とは今では良好な関係を築けていると思う。


 いや、最近の夫からの溺愛ともいえる愛され方に、嬉しいようなこそばゆいようなそんな毎日だった。


「辺境の反逆者を討伐したらすぐに戻る。それまで留守を頼む」


「はい、あなた」


「不安そうな顔をするな。俺は常勝不敗と呼ばれた男だ。すぐに仕事を片付けて君の元に戻る。愛している、アリーシャ」


 今まで何度も出征を見送った。そのたびに勝利とともに帰還した夫が、辺境の反逆者ごときに手こずるとは思えない。そう確信していた。



 * * *



 風の強い夜だった。


 窓がガタガタと鳴っていた。


 夫がいつ帰ってきてもいいように、家の中は清潔に、いつも暖かく保っていた。


 寝室の灯りがゆらりと揺れた。


 バルコニーの窓が開いていて、そこに立つ不審者の影が室内に伸びていた。


 声を上げる前に、その男は部屋の中に入ってきて、手に持っていた物をかかげた。


「ご主人様のお帰りだ」


「ひっ」


 195センチ程の男の筋肉は鍛え上げられた戦士のそれだった。室内灯の薄暗い灯りでも、その男が他の追随を許さない美貌の持ち主であることが分かった。


「こいつは強かった。だから敬意を表して届けに来た」


 男はテーブルの上に夫の首を置いた。


「僕は無駄な殺傷は好まない。王都はいずれ戦場になる。生き延びたければ逃げることだ」


 そう言い残して、男はバルコニーから飛び降りて消えた。


 男が去った後、アリーシャは夫の首を胸に抱いて、いつまでも涙を流し続けた。



 * * *



 こののち、辺境都市から王国に対して宣戦布告が行われ、王都は否応なく戦火に巻き込まれていった。




【おわり】

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貴族嫌いの辺境冒険者 小野シュンスケ @Simaka-La

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