第11話「白狼騎士団長、王国侵攻を画策する」

 統一暦一二一五年二月一日。

 レヒト法国北方教会領、領都クライスボルン、騎士団本部。ニコラウス・マルシャルク白狼騎士団長


 私はカレンダーを見ていた。


(予定通りなら、西方教会領軍が領都を出陣したはずだ。ヴィテチェク総主教猊下は非協力的だったが、黒鷲騎士団長カルツ殿はやる気だったから問題はないはずだ……)


 祖国レヒト法国には東西南北に教会領がある。それぞれが国家のように独立して運営され、法国はその四つの教会領が緩やかに連合して国家を形成していると言っていい。


 そのため、法王聖下が命じたとしても、国家元首に当たる教会の最高位、総主教が判断すれば、兵を出さないということも充分にあり得るのだ。

 今回はその総主教も説得できているから問題ないと思うが、手のひら返しがないとも限らない。


 法国の各教会領だが、それぞれ四聖獣をシンボルとした聖堂騎士団がある。

 我が北方教会領は“神狼フェンリル”をシンボルとする、神狼騎士団二万人を有している。


 他の教会もそれぞれ、聖竜ドラッヘ鳳凰フェニックス鷲獅子グライフをシンボルとする騎士団がある。


 各騎士団は白、黒、赤、青の四つの団に分かれ、私は神狼騎士団の筆頭である白狼騎士団を率いている。


 西方教会領の鷲獅子騎士団からは、黒鷲騎士団と青鷲騎士団の計一万人が出陣する予定だ。更にトゥテラリィ教団に属さない世俗騎士軍一万も加わり、合計二万の大軍が東方教会領に向かったはずだ。


 そして、東方教会領の領都キルステンでは、聖竜騎士団を主力とする四万五千の東方教会領軍が待っており、計六万五千の大軍をもってグランツフート共和国に侵攻することになっている。


 グランツフート共和国の守護神、ゲルハルト・ケンプフェルトといえども、麾下の三万程度の兵では抗し得ないだろう。


(これで王国の目は共和国に向く。ここ数十年、我が国が五万人以上の軍で侵攻したことはないのだから、我ら北方教会領から進軍するとは思うまい……)


 最近の我が国では、多くても精々三万程度の戦力しか作戦に投入できなかった。理由は大軍を運用するための補給体制が確立できず、それ以上の軍を動かせなかったためだ。


 補給体制が貧弱だったのは補給を担う西方教会領と南方教会領の商人たちが非協力的だったからだ。彼らは儲けにならない軍事物資の輸送を忌避していた。


 これに関しては商人たちの言い分も分からないでもない。食糧などの物資は主に船で運ばれるのだが、教団は賦役の一種として無償で運ぶよう命じていたのだ。


 そのため、侵攻作戦が提案されると、商人たちは自らの船を帝国などに向けて出港させ、輸送に使える船がないと言い張り協力しなかった。特に聖職者に賄賂を贈り、情報を的確に入手していた大手の商会はほとんど輸送業務に携わっていない。


 私に言わせれば愚かなことだ。

 いくら教徒であっても一方的に無償で奉仕をさせられたら、反発するだろう。


 それに聖職者たちの多くが清貧とは無縁の強欲なものであるため、大手の商会と繋がっていることは容易に想像できた。それを放置して命令だけを出していたと聞き、法王庁の上層部の愚かさに呆れ果てたほどだ。


 しかし、状況が大きく変わった。

 四年前の赤死病によって、適切な対応を取らなかった聖職者たちが処分された。その多くが腐敗した者たちだ。


 また、それを機に法王アンドレアス八世聖下が綱紀粛正を大々的に行ったため、商人と繋がっているような聖職者は大きく減っている。


 それだけではなく、商人たちと繋がっていると判断されると、処罰の対象になるため、聖職者たちは商人との関係を絶った。関係があるだけで処罰の対象になるというのは少々強引だったが、こうでもしないと不正を行う者を排除できなかったのだ。


 その結果、侵攻作戦が計画されても商人たちに情報が伝わることがなくなり、輸送手段を確保できたのだ。


 もちろん、そのままでは商人たちが反発するため、私は法王庁に掛け合い、必要経費の支払いを認めさせた。その結果、協力的とは言えないまでも、教団に逆らってまで拒否するような者はいなくなった。


(ここまで来るのは大変だったな。特に法王聖下とヴィテチェク総主教猊下はなかなか首を縦に振らなかった。神狼騎士団と聖竜騎士団が反旗を翻すと脅して、ようやく認めたほどだったからな……王国が混乱しているこの機を逃せば、我が国が領土を広げる機会は当分巡ってこないことは明らかなのにだ……)


 グライフトゥルム王国では、私が送り込んだ間者、クレメンス・ペテレイト司祭が第二王妃アラベラに取り入ることに成功した。また、王国の奸雄マルクトホーフェン侯爵の腹心に繋ぎを付け、愚かな女と侯爵の腹心を操り、王国の優秀な軍人や政治家を排除している。


 特に“千里眼アルヴィスンハイト”と呼ばれるラウシェンバッハを表舞台から一時的とはいえ、排除できたことは大きい。王国軍の英傑グレーフェンベルクが病で死んだ後、唯一の障害は奴だったからだ。


 しかし、そのラウシェンバッハも回復しつつある。この機を逃せば、奴が復権し、再び障害となることは明らかだ。


(準備に時間を掛けたが、こちらにも切り札ができた。それも奴が使った手をそのまま使わせてもらったからな。奴が知れば悔しがることだろう……)


 ラウシェンバッハは我が国から多くの獣人族セリアンスロープを自分の領内に引き込み、忠実な兵士に作り替えた。私はその手腕に素直に称賛の念を抱いている。そして、それを参考にして獣人族を北方教会領に招き、差別的な待遇を改善してやった。


 そのためにニヒェルマン総主教猊下を説得し、特別な祝福を与え、それを公表した。

 祝福を受けた獣人族は“名誉普人族”として差別の対象としないことが、北方教会領内に周知された。


 差別的な待遇が完全に改善したとは言い難いが、それでもそのことに獣人たちは感謝し、私と総主教猊下に絶対的な忠誠を誓ってくれている。その獣人族から志願者を募り、“餓狼フングリヒヴォルフ兵団トルッペ”を結成した。


 五千名の餓狼兵団は強力で、精鋭である白狼騎士団に匹敵する戦闘力を持つ。それも死を厭わぬ死兵となり得る兵たちだ。


 ラウシェンバッハの獣人族は精鋭と言われているが、彼らには平穏な生活が待っている。平穏な生活に戻りたいと考え、彼らは必ず生に執着する。


 しかし、餓狼兵団の者たちは忠誠心を示し続けなければ、家族や同族たちが平穏に暮らせないと分かっている。この違いは大きいだろう。


 その死を厭わぬ気概を示すため、不吉ともいえる“餓狼”という名を付けたのだ。もっともこれにはもう一つの意味がある。


 それは戦いに勝たねば生き残れないという意味だ。そのことを獣人たちに意識させるためにあえて“餓狼兵団”という名にしたのだ。


(ラウシェンバッハは自らの騎士団を世界最強と言っているそうだが、今のうちだけだ。餓狼兵団が戦場に出れば、その評価は必ず覆る……)


 そこで思考を戦略に戻す。


(東方教会領軍は五月一日に共和国に雪崩れ込む。東方教会領から共和国に侵攻するにはヴェストヴィント平原からランダル河の上流域を渡河するルートになるが、王国はもちろん、首都ゲドゥルトからの援軍も間に合わんはずだ。ケンプフェルトといえども倍の戦力に苦戦する。だが、奴はしぶとい。長期戦になるだろう。王国軍が援軍を出せば、長期間王国内の戦力を低下させることができる……)


 そして、東方教会領軍が動き出したところで、我が北方教会領軍も王国の西の要衝ヴェストエッケ城を攻略するため出陣する。


 十二年前の統一暦一二〇三年の侵攻作戦では二万二千の兵力であったが、今回は神狼騎士団全軍二万と餓狼兵団五千に加え、世俗騎士軍一万の計三万五千を動かす。


 ヴェストエッケには守備兵団五千と義勇兵七千がいるが、我が軍の三分の一程度の数でしかなく、実力的には更に差が開いている。


 前回は千里眼のマティアスに看破され、奇襲を仕掛けるどころか、待ち伏せ攻撃を受け、大きな損害を被った。


 その教訓を生かし、今回は情報管理を徹底した上で、陽動作戦まで行う。

 これにより王国の目は東に向くはずで、その隙を突く。


 奇襲に成功すれば容易に陥落できる。また、仮に奇襲に失敗して強襲になったとしても陥落させることはさほど難しくない。そして、その勢いのまま王国西部域に侵攻し、ケッセルシュラガーなどの主要都市を攻略する。


 あとはヴェストエッケを奪還しに来る王国騎士団を打ち倒せば、王国は我が国が示す停戦協定に調印せざるを得ない。


(王国西部を奪うことは難しくない。ペテレイトの仕込みが上手くいけば、王国内に更に混乱を与えられる。マルクトホーフェンと取引できれば、王国を傀儡政権にすることは難しくないだろう。ペテレイトに期待だな……)


 私はその後、騎士団の準備状況を確認するため、駐屯地に向かった。

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