第10話「第三王子、王国の現状を知る」
統一暦一二一五年一月二十三日。
グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、
王国史上最高の軍師、“
その話をした後、私に与えられた部屋に戻るが、未だに現実のことなのかと不安になっている。
私の表情を見た護衛である
「今日も上手くいきませんでしたか?」
「いや、マティアス卿は私に力を貸してくれると約束してくれた。上手くいったのだと思うんだが、あの“
「おめでとうございます! ジーク様なら必ずマティアス様のお心をつかむことができると思っておりました!」
「ありがとう」
ヒルデガルトが祝福してくれることで、ようやく現実のことだと思えるようになった。
翌日、朝食後に
部屋に入ると、マティアス卿が机に向かい、
「おはようございます、殿下。こちらは情報分析室の室長、ゾフィア・ゲール導師と情報分析室専属の
マティアス卿の紹介で二人が同時に頭を下げる。
自己紹介をした後、椅子に座るが、目の前の机の上には数十枚の書類が積み上げられていた。
「まず現在の王国内外の情勢について、知ってもらいたいと考えています」
そこでマティアス卿は二人に視線を向ける。
「ゾフィアさんとエルゼさんは通常の業務をしていただいて問題ございません。ですが、私に聞きたいことがあったらいつでも声を掛けてください」
二人は彼に頭を下げると、書類の束に視線を落とした。
「では、殿下。国内の状況から説明しますね。メモを取りたいのであれば、そこに置いてある紙とペンを使ってください。では、説明を始めます。現在、我がグライフトゥルム王国は国王フォルクマーク十世陛下の下、宰相府が……」
マティアス卿は王国内の政治から説明を始めた。
一応、ネーベルタール城にいる時にラザファム卿や守り役だったシュテファンから話は聞いていたので、大体のことは分かるが、宰相府の組織や宮廷との関係、誰が権限を持って動かしているかなど、今まで聞いたこともない詳細な話を聞かされる。
「……このように王国の政治は混迷の極みにあります。その原因は宮廷書記官長のマルクトホーフェン侯爵の権限を無視した各組織への干渉、陛下がそれを黙認されていること、宰相であるメンゲヴァイン侯爵がそれに適切に対応できていないことなどです。この状況が続く限り、我が国に未来はありません」
説明が終わったところで、思わず溜息が出る。
「理解できない部分は多いが、問題が山積していることと、元凶が国王である父上、宰相、宮廷書記官長という我が国の政治の中枢にいる者だということは理解できた。私は単純にマルクトホーフェン侯爵を排除すればよいと考えていたが、それだけでは解決しないことは何となく分かった。我が国の政治機構そのものに欠陥があり、それを何とかしければならないということなのだろう。その上で問いたい。解決策はあるのだろうか?」
「原因が分かったのですから、それに一つずつ対処すればよいだけです。細かい話は置いておくとして、殿下なら何から着手すべきと思いますか?」
マティアス卿はいつもの優しい笑みを浮かべて聞いてきた。昨日までと同じく、私に考えろということのようだ。
「最大の原因はマルクトホーフェン侯爵の専横だと思う。だから、まずこれを取り除くべきだ。その上で無能な宰相を罷免し、卿のような優秀な人材が政治の中枢に入ることができる体制を考えるべきだと思う。国王の関与については正直、どうしていいのか私には分からない」
マティアス卿はニコリと微笑んだ。
「概ねよいのではないかと思います。国王陛下の権限については、我が国に明確に決められたものはありません。この辺りも明確化する必要はあると思いますね。もっとも国家元首の権限が明確に法で定められているのはグランツフート共和国だけで、帝国ですら皇帝の権限は曖昧です」
私の考えはどうやら合格だったようだが、それよりも王の権限について各国の状況を調査していることに驚きを隠せなかった。
「卿はそのようなことも調べているのか……」
「はい。王国を守るためにはいろいろと調べないといけません。皇帝の権限がどこまであって、どのような条件でそれが制限されるのか。それが分かっていれば、そこを攻めれば皇帝の思惑通りに進まないよう邪魔することができます」
そんなことを考えていることに更に驚くが、皇帝を調べることは何となく理解できる。しかし、分からないことがあった。
「それは分かるが、同盟国まで調べているのはなぜなのだろうか?」
「共和国の協力を得るためには誰の承認が必要であり、どのような手続きが必要なのか、そのことを知っておけば、円滑に協力してもらうために誰にどうアプローチしたらよいのかが分かります。それに万が一、共和国の元首である最高運営議会議長が帝国や法国に懐柔されたとしても、そのことを知っていれば無効化することは難しくありませんから」
マティアス卿は笑みを浮かべながら説明してくれるが、背筋に冷たいものが流れるのを感じていた。同盟国の元首が裏切った場合を想定して、それに対応できるように考えているということに、恐ろしさを感じたのだ。
それから国外の情勢についても教えてもらったが、ラザファム卿が彼の信を得ることが重要だと言った意味を強く感じていた。
(この人はどこまで見えているのだろうか……帝国が強大だと思っていたが、経済的に危機的状況にある。それも彼が誘導し、政戦両方の天才と言われている皇帝ですらまだ強い危機感は持っていない。そして、そのことが今後にどう影響するかも見通している。マティアス卿が敵に回らなくてよかった……)
正直なところ、これほどの人物だとは思っていなかった。大賢者が“軍師アルトヴィーン”以上と言った意味が初めて分かった気がした。
「……現状ではレヒト法国をどうするかが喫緊の課題です。東方教会の聖竜騎士団を中心とする七万近い軍が共和国に侵攻しようとしています。名将ケンプフェルト元帥が指揮するとはいえ、容易に退けられる戦力ではありません。当然、我が国にも援軍の要請が来るでしょう」
レヒト法国は東西南北の四つの教会領があり、そのうちグランツフート共和国と接する東方教会は領土的野心を隠そうとしていない。
「その場合は王国騎士団が派遣されるのだろうか?」
私の問いに彼は首を横に振る。
「恐らくですが、我がラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団が派遣されるはずです。ただ、二つの騎士団だけでは八千五百人程度ですので、商都ヴィントムントに義勇兵を出させ、一万人以上にした上で派遣されるのではないかと」
「私にはよく分かっていないのだが、王国騎士団が我が国の最高戦力ではないのか? ならば、王国騎士団を出すべきだと思うのだが」
「王国騎士団にはマルクトホーフェン侯爵派の貴族が指揮官として入り込んでいます。そのため、十年ほど前の前騎士団長の頃と比べ、大きく力を落としているはずです。それに二つの騎士団は精鋭としてケンプフェルト閣下もよくご存じです。侯爵たちも自分たちの手駒を失うことなく、その精鋭を出したと言い訳ができますし、私の部下を減らすこともできますから、まず間違いないでしょう」
マティアス卿の言いたいことは分かったが、それでも納得できなかった。
「それでも同盟国には王国騎士団を出すべきではないか。フェアラート会戦では我が国の失態で一万近い数の兵を損ねたと聞いている。同盟関係を強化する意味でも一万では少ないと思うのだが」
フェアラート会戦は十年ほど前の統一暦一一九六年九月に起きた大規模な会戦のことだ。
当時、我が国と共和国は同盟国であるリヒトロット皇国を救援するため、それぞれ三万、計六万の軍を皇国に送り込み、皇都に迫るゾルダート帝国軍を撃破しようとした。
しかし、連合軍の総司令官であった我が国のワイゲルト伯爵が無能で、帝国軍三万に後れを取り、王国軍は半数を失った。また、共和国軍も当時将軍だったケンプフェルト元帥が奮戦したものの五千の兵を失い、同数の兵が負傷している。
私の言葉にマティアス卿が微笑む。
「殿下のお考えは正しいですが、まともに戦えない軍を派遣されてもケンプフェルト閣下も迷惑でしょう。それに援軍要請を受けてから出陣していては大軍になればなるほど準備が間に合いません。更に言えば、今回にはラウシェンバッハ騎士団とエッフェンベルク騎士団が出陣する方が都合がよいのです。今後のマルクトホーフェン侯爵との対決のためにも」
前半部分は理解できるが、最後のところがよく分からない。
「都合がよいというのはどういう意味なのだろうか?」
「殿下は国内での発言力を得たいために力を欲したとラザファムより聞いております。今回の戦いではその発言力を強化することを目的としています。どのようにすべきか、殿下ご自身で一度お考えになられてはどうでしょうか?」
再び宿題を出されてしまったが、確かに自分で考えることは必要だと思い頷く。
「確かにそうだな。卿に聞けば答えは返ってくる。しかし、それでは私自身の力を得ることにはならない。一度無い知恵を絞ってみる」
私がそう言うと、マティアス卿は大きく微笑んだ。
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