第8話「第三王子、更に考える」

 統一暦一二一五年一月二十二日。

 グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘ本部内。大導師シドニウス・フェルケ


 マティアス君とジークフリート王子との会談が終わった。

 彼が王子に確認したのは守るべき国とは何かということと、どうやって守るのかということだった。


 国とは何かという問いは十代半ばの少年には難しいと思ったが、ラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵がきちんと教育してくれたためか、的確に答えてきた。

 恐らくだが、王立学院高等部の政学部の学生でも、王子ほど明確に答えることはできないだろう。


 更にマティアス君は国王が暴君になったらどうするのかと問うた。

 王子は想定していなかったようで答えに窮している。


 王子が退席した後、マティアス君とイリス君と話をすることにした。


「マティアス君から見て、ジークフリート殿下はどうかな?」


「素直で思慮深い方だと思います。このまま成長されるのであれば、名君になる素質はお持ちではないかと思いますね」


 思っていた以上に高い評価だ。


「イリス君はどう見たかな?」


「私も彼と基本的には同じですが、名君になるには足りないところがあると思いました」


 意外とは言えない答えだが、聡明な彼女が何を気にしているのか気になる。


「それはどういった点かな?」


「君主には果断さが必要です。時には百万人を助けるために一万人を見殺しにする決断が必要になりますが、実の兄を処断することを躊躇うジークフリート殿下にそれができるのか疑問があります。他にも自らが泥を被っても目的を遂行する意思を見せられるのか、今の段階では未知数です」


 その言葉にマティアス君が苦笑する。


「厳しい意見だね。まあ、グレゴリウス殿下のような冷酷さは持っていなくとも、苦悩してもいいから、目的を達成するためには味方を切り捨てることも必要だと思う冷徹さは持ってほしいと思うけどね」


「私もそれが心配なの。マルクトホーフェン侯爵なら国王やフリードリッヒ王太子、王都の民を人質に取るくらいのことは平気でやるわ。それで手を緩めるようなら、勝利はおぼつかない。それどころか、私たちの邪魔にさえなりかねないと思っているわ」


「それはそうだね。そうなる可能性があるなら、私たちだけの方が余程勝機があるからね」


 イリス君の言葉にマティアス君は頷いている。

 なるほどと思うが、厳しいとも思った。二人はジークフリート王子に期待しているが、今のままでは不安があるということなのだろう。


 その後、助言者ベラーターのマグダ様のところに向かった。今回立ち会ったのはマグダ様の指示だったからだ。

 マグダ様は普段の老婆の姿から、本来の若い女性に戻り、ソファに身を預けて寛いでおられた。


「どうであった?」


「マティアス君もイリス君もなかなか手厳しいですね。もっともジークフリート殿下への期待の裏返しのようですが」


 そう言ってから先ほどの面談を掻い摘んで説明した。

 その説明にマグダ様が満足そうに頷く。


「マティアスとイリスが期待していると……それは重畳じゃの」


「ですが、二人はジークフリート殿下に覚悟が足りないと考えているようです。マティアス君は我々の目的を知っているので、あまり追い詰めないようにしているようですが、イリス君は国王として自分たちを率いてほしいと考えているようで、強い不満を感じています。まあ、マティアス君が殺されそうになったのですから、その恨みを晴らすという目的もあるでしょうから、仕方ない面はあると思いますが」


 マグダ様は笑みを消して頷かれた。


「そうじゃの。じゃが、マティアスがそこまで考えさせているということは、目があるということじゃろう。落ち着いたらマティアスから直接話を聞くかの。管理者ヘルシャーとなりうるか、彼の者の意見は聞いておきたいからの」


「私も同じです。マティアス君の見立ては是非とも聞いておきたいですし、もし管理者ヘルシャーとしての素養があるなら、どのように導いていけばよいか聞くこともできますので」


 我々叡智の守護者ヴァイスヴァッヘの目的は、神である管理者ヘルシャーの復活だ。


 管理者ヘルシャーが復活すれば、人族に残された最後の地エンデラントを守り、更には失われた土地を回復することも不可能ではない。


 その後、マグダ様と今後について話し合った。



■■■


 統一暦一二一五年一月二十二日。

 グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、叡智の守護者ヴァイスヴァッヘ本部内。第三王子ジークフリート


 マティアス卿との二度目の会談が終わった。

 再び宿題をもらった形になったが、今度は更に難しい問題だった。単に知識ではなく、覚悟を問われたからだ。


 部屋に戻り、椅子に座って考え込む。


(私に兄上を討つことができるのか……確かにフリードリッヒ兄上もグレゴリウス兄上も十年以上会っていないから肉親の情があるかと聞かれれば、ないと答える。顔も忘れている兄上たちが暴君として民を害するなら討てるはずだ。しかし、マティアス卿の聞きたいことはそんなことではないだろう……)


 即答できなかったのは兄上たちを討てるかと聞かれた理由が、何となく分かったからだ。


(討てると答えたら、今度はラザファム卿やシュテファンを討てるのかと聞かれたと思う。親しい者であっても国を守るために討伐する覚悟があるのかと聞いているのだ。私にはその覚悟がなかった。だから答えられなかった……)


 ラザファム卿からマティアス卿は見た目以上に厳しい考えの持ち主だと聞いている。


(冷酷ではないが冷徹。目的のためなら、自身すら犠牲にすることを厭わない……そんな人物に生半可の答えを返しても認められるはずがない。しかし……こんなことは今まで考えたことがなかった……)


 マティアス卿の心を得ることが難しいと絶望しそうになる。


(初代国王フォルクマーク陛下もこんな思いをしたのだろうか……今度、大賢者に会ったら聞いてみよう。“大将軍バルドゥル”や“軍師アルトヴィーン”と友誼を結ぶ際にどのような話をしたのか、大賢者なら知っていそうだから……)


 そんなことを考えているが、結局結論は出なかった。


 翌日、再び午後三時に会う約束をした。

 失望されるかもしれないが、今の正直な気持ちを話しておこうと思ったのだ。

 部屋に入ると、マティアス卿だけでシドニウス殿どころか、イリス卿もいない。


「今日は一人だけの方がよいと思いまして」


 そう言って微笑んでいる。“千里眼アルヴィスンハイト”と呼ばれている彼のことだから、私が答えを出せなかったことが分かっているのだろう。


「昨日の話だが、もしフリードリッヒ兄上が暴君となったら、私は討伐の兵を挙げる。これは兄上とはほとんど会っていないから、客観的に判断できるからだ。しかし、私にとって家族ともいえる、ラザファム卿やカウフフェルト男爵が私を裏切り、国を損ねるようなことをした場合、彼らを討てるとは言えない。どれだけ考えても答えが見つからなかった……」


 マティアス卿は表情を変えることなく、聞いている。


「国のために命を捨てる覚悟は持っている。でも、信頼する者を討つと約束することはできない。情けない限りだと思う……」


 私はそこで彼の顔を見ていることができなくなり、下を向いた。


「殿下、それでよいのですよ」


 優しい声音でそう言われ、思わず顔を上げる。


「殿下は考えて、考えて、考え抜いて、それでもその結論になったのです。その考えるという行為が重要なのです」


「考えることが重要……」


「はい。暴君となる者は自らの無謬性を信じて疑わない者です。つまり、自分の考えが絶対に正しいと信じ、考えることをやめた者なのです。そのような者はどれだけ正しい行いをしても、いつかは大きな失敗をし、多くの者に不幸をもたらすのです。ですから、殿下も常に自ら考えてください。もし、答えが見つからなければ、私も一緒に考えます。私だけではなく、ラザファムもイリスも、それにこれから集まるであろう仲間たちも一緒になって考えてくれるでしょう」


「それは卿が私と共に戦ってくれるということだろうか……」


「はい。微力ではありますが」


 突然のことで頭が回らない。


「殿下は私に可能性を見せてくださいました。私はそれに賭けたいと思います」


「私の軍師になってくれるということでいいのだろうか?」


「はい」


 マティアス卿は優しい笑みを浮かべて頷いてくれた。

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