第7話「第三王子、考える」
統一暦一二一五年一月二十二日。
グライフトゥルム王国中部グライフトゥルム市、
昨夜、無理を言って“
会ってもらったが、その場で宿題を出された。
私にとって“国”とは何かというもので、その場で即答することができなかったためだ。
与えられた部屋に戻り、寝台に入るが、そのことが気になってなかなか寝付けなかった。
(国とは何かか……領土という答えではダメなんだろうな……王家というのも違う気がするし……)
結局、疲れのために頭が回らず、答えが思いつかないまま眠ってしまい、朝を迎えている。
朝食を摂りながら、ヒルデガルトが予定を聞いてきた。彼女は既に女傭兵の姿から、ネーベルタール城にいた頃と同じメイド姿に戻っている。
「マティアス様と会談でございますが、いつになさいますか? マティアス様からはいつでも構わないとのお言葉をいただいておりますが」
「マティアス卿の執事に、最も都合が良い時間はいつか聞いてもらえないか。昨夜は無理を言って会ってもらったが、昼間にはやることもあるだろうし、病み上がりのマティアス卿に負担を掛けたくない。執事なら主人のことを理解しているだろうから、その者の提案した時間にしたい」
昨夜のことは失敗だと思っている。
一刻も早く会いたいという自分の思いだけが先行し、相手に配慮できなかった。
ラザファム卿から教えてもらったことだが、交渉にしても戦いにしても相手がある場合、自分の思いだけでは必ず失敗する。相手が何を望み、何を考えているのか、相手の身になって考えることで、成功に導くことができる。
昨日はそのことを完全に忘れていたが、少し冷静になったので、マティアス卿のことを考えて話し合いに当たろうと思った。
ヒルデガルトは私の考えを理解したのか、朝食を終えると確認にいき、すぐに戻ってきた。
「執事のユーダ・カーン殿の話では、午前中は情報分析室から届いた情報の整理をされ、昼食の前後にお子様方のお相手をされるそうです。午後三時過ぎからは再び、最新情報を確認されるということですが、夕方以降にならないと情報が入ってこないことも多いそうですので、その時間がよいのではないかとのことでした」
「ならば、午後三時からで提案してくれないか」
「承りました」
ヒルデガルトはすぐに調整に行き、午後三時からマティアス卿との二回目の面談が決まった。
まだ時間は充分あるが、昨日もらった宿題の回答を考えなくてはいけない。
私は宰相府の元官僚、シュテファン・フォン・カウフフェルト男爵から基礎的な教育を受け、更に四年前からラザファム卿に政治や戦略などを学んでいる。
シュテファンに聞いた話では、ラザファム卿から学んだことは王立学院高等部より高度な内容らしいが、私の理解力が低いため、身に付いているとは言い難い。
昨夜は思い至らなかったが、冷静に考えると、ラザファム卿から既に学んでいたことだと思い出した。
(確か、領土とそこに住む民、そして統治する組織がなければ国とは言えないという話だった。だが、マティアス卿からの質問は、私が国を守ると言った時に、何を対象にするのか、その対象とは何かということだった……)
マティアス卿からの問いを思い返す。
(私が今危機感を持っているのは、マルクトホーフェン侯爵らが“国”を損ねようとしていることだ。そして、帝国や法国から我が“国”を守ることも必要だと考えている。その“国”とは一体何なんだろうか? 領土と住民と政府が“国”であるなら、マルクトホーフェン侯爵が私利私欲に走っても、領土は減らないし、民衆が殺されるわけでもない。王国政府も存在するから、国を守るとは何かということになる……いや、民は困窮するから守られてないということか……)
いろいろと考えていると、頭が痛くなってきた。
こんな時、ラザファム卿がいれば、ヒントをくれるのだろうが、今はアレクサンダーとヒルデガルトしかいない。
(二人に聞いてもいいが、マティアス卿は私自身が考えることが必要だと思っているはず。一人で考えるべきだろうな……)
それから考えていくが、いろいろな考えが頭をグルグルと回り、混乱してきた。
(マルクトホーフェン侯爵が民を困窮させているからそれを正す。帝国と法国は我が国の領土を奪おうとしているから、それに防ぐ。これで国を守ることになるのだろうか?)
結局、昼食も摂らずに考えたが、結論は出なかった。
マティアス卿の部屋に入ると、マティアス卿とイリス卿、そして、
その森人族の男性をマティアス卿が紹介する。
「殿下、こちらは
魔導師の塔の最高責任者と聞き、驚いた。
シュテファンから魔導師の塔の大導師は、滅多に姿を見せないと聞いていたからだ。
「グライフトゥルム王家第三王子ジークフリートだ。いつも助けてもらい、感謝している」
私がそう告げると、シドニウス殿が小さく頭を下げる。
「シドニウス・フェルケです。マティアス君は我が塔の関係者とも言えるので、殿下がどのようなお話をされるのか、一緒に聞きたいと思ってまかり越しました。同席してもよろしいでしょうか」
「もちろん構わない。ヒルダを始め、
「ありがとうございます」
優しげな表情でシドニウス殿は頷き、四人でテーブルを囲む。
「では、殿下。昨日の私の質問、殿下のお考えになる国とは何か、ご説明いただけますか」
私はそれに頷き、さっきまで考えていたことを話していく。
「国とは領土とそこに住む民、そしてその民を統治する組織だ。統治する組織は我が国では王家と貴族、宰相府などの役所となる」
私の言葉にマティアス卿が頷く。
「一般論としての答えですね。では、殿下は昨日、国を守るとおっしゃいました。この場合、国とはそのすべてを指すということですか?」
「その通りだ。帝国や法国などの外国からは領土を守り、一部の貴族が私利私欲に走り、民の生活を脅かすようなら、それを正す。これが私の考える国を守るということだ」
これで間違いではないはずだ。
マティアス卿は私の答えに笑みを湛えて聞いていたが、再び質問してきた。
「では、一部の貴族が私利私欲に走れば、それを正すとおっしゃいましたが、貴族ではなく、国王が民の生活を脅かす場合は、どのようにお考えですか?」
その問いに困惑する。
「陛下がそのようなことをされるとは思わないのだが?」
「フォルクマーク十世陛下であれば、そのような心配はないでしょう。ですが、歴史を紐解けば、暴君と呼ばれる国王は何人も存在します。もちろん、我が国、グライフトゥルム王国にも」
私の祖先が暴君であったと聞き、驚きを隠せない。
「それは事実なのだろうか?」
「はい。このことは我が国の歴史書にはほとんど書かれていませんが、
マティアス卿がそう言うと、イリス卿とシドニウス殿が同時に頷く。
そのことで彼の言葉が事実だと理解した。
事実だと理解したが、どうして答えていいのかという問題は残る。
「なるほど……国王が民を害した時、私がどうするのか……父上はともかく、兄上が即位した後を想定していると考えていいのだろうか?」
「そう考えていただいても構いません。不遜な言葉ですが、フリードリッヒ王太子殿下もグレゴリウス王子殿下も玉座を得られた後、どのような国王になるのか未知数なのです。もちろん、これは殿下にも言えることですが」
「私が玉座に? そのようなことは考えていない」
きっぱりと否定するが、マティアス卿は笑みを浮かべたまま、私の言葉を否定する。
「殿下が望まれなくとも、現国王陛下の後、王太子殿下とグレゴリウス殿下が嫡子を残すことなく、お亡くなりになる可能性はゼロではありません。数年前の疫病では多くの人が命を落としているのですから。その場合、第三王位継承権を有しておられる殿下が玉座に座ることになるのです」
確かにその可能性はある。
「しかし……」
「今は殿下の即位の話は忘れましょう。もし、フリードリッヒ殿下が暴君となって民を脅かしたらどうされますか?」
「フリードリッヒ兄上が……」
そこで私は再び答えに窮した。
(諌めるしかない。しかし、暴君となった国王が聞き入れるとは思えないと反論されて終わってしまう。だからと言って、兄上に剣を向けられるだろうか……)
一分ほど考えるが、答えは出てこない。
「ゆっくり考えていただいた方がいいと思います。答えが決まりましたら、ご連絡ください」
私はそれに頷くことしかできなかった。
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