独白(または、似生華の客観的評価)

似生華が出ていって数秒の後。

千利休は大きく息を吐き出した。


気合で留めていた冷や汗が全身を伝う。

話には聞いていたが、それ以上の規格外だ。

かつて都を風靡した、大ふへんを名乗る傾奇者。

己に並ぶ文化人としての名。

――しかし似生には、もう一つの名があった。


「さすが龍砕軒――解魂すら使わずインスティクトテンプル本能寺を蹂躙した規格外」


◇ ◇ ◇ ◇ 


信長はその解魂で魔物の軍団を配下としていた。

であれば、インスティクトテンプル本能寺の事変で信長が死んだ瞬間、配下の魔物が暴れだしたのは必然であった。


信長に戦を挑む者は居ても暗殺を試みた者が居なかったのはそういうことだ。

信長が死んだ瞬間、数万の魔物の軍が一斉に暴れ出す。

故に誰もが直接手出しをしなかった――愚かな明智光秀を除いては。


明智光秀、彼女もまた支配の解魂を持っていたのだ。


「それが彼女に謀反を企たせ――彼女を地獄に導いた」


原理の違いか、格の違いか。

光秀では、特に危険な三千の魔物は支配できなかったのだ。


三千の魔物とそれを統率する六体の龍。

秀吉様が天下を取ったのは、そのうち五体の龍を倒し、二千五百の魔物を

打倒したからだ。


「無論、秀吉様が一人で倒した訳ではありません。

私の予言書により信長の死を予期し、魔物対策として入念な準備を実施。

その上で上位の姫武将が複数がかりでやっと討伐できたのです」


龍とは姫武将が解魂を使用してもなお脅威の存在。

しかし――秀吉軍が倒せなかった龍の部隊の部隊が存在した。


いや、倒せなかったのではない。倒す権利が無かったのだ。

秀吉が到着するより前に龍の軍団と相対した者。

正確に言えば、現地で運悪く巻き込まれた者。

――似生華である。


五百体の魔物を一瞬で倒し、統率する龍すら倒した。

純粋な武力だけで龍を倒した武将、華の名は龍砕軒として不動となった


◇ ◇ ◇ ◇ 


「似生華――彼女は間違いなく、あの書物を持っている」


そもそも似生を呼んだのは、彼女が予言書を持っていると判断したからだ。

予言書を持っている可能性が高く、かつ秀吉衰弱の噂を流している勢力と異なる存在。そんな稀有な存在であると踏んだからこそ、千利休は似生華を呼び出した。


そしてその想定は正しかった――似生との会話の中で、千利休はそう結論付ける。

彼女は予言書を持っている。最低でも3冊、この時代でない時代の予言書を1冊、千利休が持つものと同じ技術書を1冊、そして千利休が持たない技術書を1冊。


「何しろ、アレを苦もなく読んでいたのですから」


似生には予言書が読めていた。あの独自文字で書かれた書物を。

その時点で彼女が同様の書物を持っていることは間違いない。


更に彼女は、秀吉様の死が8年後だと述べた。

似生には予言書の内、秀吉の死の前後のページ――今より未来のページしか見せていない。

にも関わらず8年後の記述と理解していたということは、予言書に記載してある基準不明の年号を理解しているということだ。

このことから、似生は予言書を1冊は所持している。


「けれども、彼女はインスティクトテンプルの事変に巻き込まれている」


つまり、彼女はこの時代の予言書を持っていない――秀吉衰弱の噂を流している勢力とは別の存在である。

なにしろ、この時代の予言書を持っていたなら、信長の死に対してもっと上手く関われているはずなのだ。

確かに似生は龍を倒し名を上げた。しかしその遭遇は偶発的で、そもそも事変から離れた宿に居たところから友人を助けに向かったと言う。

故に、彼女はインスティクトテンプルの事変を知らなかったと考えるのが正しい。


「秀吉様にしか出していないラテの味と名前を知っていましたし、私と同じ技術書を持っているのも確実ですね」


そして千利休が持っていない技術書も持っているのだろう。彼女の派手なデザインは、その結果というわけだ。しかし――


「書物頼りの愚者なら楽だったのですが」


龍砕軒――解魂すら使わずインスティクトテンプルを蹂躙した規格外。

両の手は未だに震えている。相手は自身に並ぶ傑物だ、気を張っていたのは会合の間中。

しかし、この震えは最後の数秒にもたらされた。


「正しく、規格外」


千利休は結界の生成に特化した姫武将だ。

魔術、スキル、そして解魂。全てが結界の生成に特化している。

それにより、この茶室に武器は持ち込めず、他者に作用する魔術は使用できず、解魂すらも発動できない。

そのはずなのに、彼女は最後、どこからか武器を取り出して見せた。


「あれはおそらく……警告だったのでしょうね」


千利休の結界すら無視して武器を持ち込める。

秘すべき札を敢えて見せたのは、他にいくらでも切り札があるからだろう。


似生華。どの陣営にも組みしていない不世出の傑物。

但し両刃の剣、危険過ぎる爆弾。


「しかし、それでも――私は手段を選びません」


自身の安全もプライドも要らない。

ただ敬愛する人が、その運命の最後まで輝けるならば。


「とはいえ、忸怩たる思いもありますが」


ふぅ、とため息をつく。

まさか予言書の解読も、彼女の方が上だとは――お陰で未解読部分の情報も手に入ったけれど。


予言書を見る。そこには『1596 慶長の役、1598 秀吉死没』と書かれている。


「読みは『ケイチョーノエキ』、意味は――」


『信長様はイチゴパンツ――あと8年で秀吉様が死ぬ』

似生華はそう言っていた。後者は言うまでもなく『1598 秀吉死没』を指している。つまり『1596 慶長の役』とは――


「今から6年後、織田信長公がイチゴパンツであった事実が判明するということ。

危険な情報ですわね……」


天下人の下着事情――非常に危険な情報である。

千利休は6年後の大騒動に身を震わせた。

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