抹茶ラテと古文書

「とりあえず、そうですね。せっかく用意したのですからお茶とお菓子をどうぞ」

「まあなんて豪華でハイパー高そうなスイーツ。食べたら断る選択肢ないヤツですわよね、これ」


くっそこだわりの強いタイプの美少女が、敢えてデザイン性の違う私を呼び出しての頼み事。どう考えても厄介事の臭いしかしない。

来る前はカラフル服を広めたいなーとか思ってたけどこの子相手に布教とか無理無理、帰れるものなら今すぐにでも回れ右して帰りたい。


神聖なる茶室を不埒な場呼ばわりするどころか秀吉様まで愚弄する輩、用さえなければ不敬罪で打首にしてやるところですのよ」


さーっと血の気が引いた。茶室をラブ宿呼ばわりは都時代にも酔って放言していたし、というか都から逃げた理由の一部がそれだ。


不敬罪は仕方ないとして、それで死にたくはないなあ……。


私は観念してスイーツをパクパクし始める。

あー、めっちゃおいしい。幸せな気分になりながら太いストローのついたカップのお茶に口を付け――


「まっ――」


ま、抹茶ラテだー!?

口走りそうになったところを慌てて止める。

都に居た頃は抹茶なんてなかったし、ラテもなかった。

私がこれを知っているのはおかしいし、何なら名前も違う可能性がある。


「どうでしょう、お口に合いましたかしら」

「ええ、ええ、とっても。あまりの美味しさに驚いてしましましたわ」

「まあ、それはそれは――」


知識チートしてることは多少ばれていると思うが、芋づるでこの先の歴史を知っていることがバレるのは拙いまず――特に、秀吉シンパの目の前の姫武将に対しては。

なのでここは知らないフリをする一択であり、


「所詮は雪に埋もれた、田舎の将の食客でございましたか」

「は?」


今、なんつった???


「いえ、貴女が都を出てからのものとは言え、今では都中の知る飲み物でしたので。大ふへん者も過去の名、やはり人選ミスでしたかと……」

「そこじゃありません、私を愚弄するのは構いませんが直江を愚弄するのは、」

「同じでございましょう? そんな貴女を重用してる時点でタカが知れていますわ」

「は~~~~!? 知ってますが??? ちょ~~~~っと下手に出て謙遜して差し上げた程度で調子乗らないで下さいます??? 抹茶ラテ知らないとかあるわけないでございましょう!?」

「やっぱり知っていましたのね、猫かぶりはどちらなのやら――その調子でお願いしますわよ? 仮にも巷で私に比肩すると言われる貴女の実力を買っていますし、実力を十全に発揮しない貴女に価値などありませんの。今後も下手な謙遜はしないでいただきたいですね」


千利休は涼しい顔で言葉を紡ぐ。

ああ、ちょ~~~~と天下人お付きの超重要人物だからって偉そうに忌々しい。

用件終わったら覚えてろや……!


◇ ◇ ◇ ◇ 


「まずは、これをお読みくださいませ」


それは古びた冊子だった。


数百年は経っていそうな色褪せた本。

千利休の白い指が、本の真ん中のページを開く。

そこに書かれていたことは――


「1596 慶長の役、1598 秀吉死没……これは……」

「ええ、予言書でございます」

「やっぱり私のこと口封じする気ですわよね貴女」


天下人の死の予言書。

秀吉が死ぬ。いや私は知ってたけど、危険物にも程がある情報だ。


ええと……確か本能寺が8年位前。

本能寺の語呂合わせが確か――


「信長様はイチゴパンツ――あと8年で秀吉様が死ぬ」


イチゴパンツ(1582)で信長殺される、そこから8年なので今は1590年か。

秀吉が死ぬまで折返しだ。


「こんな危険な情報を教えて、私に何をしろと?」

「……確かに、危険な情報ですわね」


千利休は目を細め、私を見る。

その視線は、何かを探るようであった。


「しかし、そうですね――想定通りとは言え、貴女が知らない側のようで助かりましたわ」

「誰が何も知らない田舎モンですって!?」

「煽った私も悪うございますが、コンプレックス強すぎません? 切れたナイフですの?」


黒衣の少女は安心したように息をつく。


「秀吉様の死。貴女がこの件を知らない側で助かったと言ったのです。

そして危険な情報などではありませんわ。何しろ今、都はその噂で持ち切りなのですから」

「そうなのですの!? 8年後とはいえ権力者の死の噂――火種になりかねませんわね」

「いいえ、都で流れている噂はもっと過激ですわ。

――秀吉は衰弱しきっており、死は目前だ、と」


◇ ◇ ◇ ◇ 


「予言の書に書かれていることは確実に起こります。但し、それ以外の詳細や正確な時期についてはゆらぎがあるのです」


千利休によれば、予言書は正確には全数十冊の覚え書き書であり、内十数冊が予言書、残りは非常に進んだ技術書なのだという。

少なくともシックルストア鎌倉の世より前から存在し、複製も存在する危険な秘伝書。それがこの書籍なのだとか。


予言書にはこの世界の歴史が予言されており、書かれたことは必ず起きる。

但し月までは書かれておらず、年にも若干のがある。

有名なところでは、姫武将・源頼朝が天下を取った時期が予言の書から7年ほどずれているのだとか。


「噂を流したのは、恐らく同じ予言書を持つ勢力。を利用し、秀吉様の世を前倒して終わらそうとしていますの」


(予言書に技術書、鎌倉幕府成立のずれ――これ、ものでは?)


確か、鎌倉幕府の年号は研究の結果修正されている。

いい国(1192)つくろうがいい箱(1185)つくろうになったんだっけか。

てことは予言書を書いたのは、私より古い人なんだろう。

逆に言えば年のゆらぎなんてものはないってことになる。

……まあ、今指摘する必要ないから言わないけど。


「秀吉様の死は免れません。しかし私はあの御方に、最後のひとときまで輝いていて欲しいのです――前倒しなど、許せませんわ。まずは噂を打ち消します」

「噂を打ち消す……ああ、だから宴会ですか」

「ええ。悪い噂には、それを吹き飛ばすほどの鮮烈な良い噂を。

大宴会にて秀吉様の権勢を示すだけでなく、偉大な秀吉様のお姿を、臣下へと大々的に示すのです。つまり――」


そこで千利休は、数瞬言葉を詰まらせる。

唇の端を噛み締め、悔しそうに眉を寄せ。

腕を震わせながら、指先で私を示した。


「私は――この千宗易は、秀吉様のためであれば何でも使う覚悟ですわ。

貴女の綺羅びやかなデザイン――巷で語られる『傾奇』にて、秀吉様を輝かせる最高の装備を作りなさい」


◇ ◇ ◇ ◇ 


「一人か二人、手伝いを付けていただけますか?」


私がそう言って立ち上がると、黒衣の少女は驚いた表情を浮かべる


「受けてくださるのですか?」

「どの口で言いますかですわ。断ったら不敬罪で打首でしょう?」


私は軽口を言いつつ手をひらひらと振った。


受けるに決まってるだろう、こんなの。

敬愛する一人のために己の美学を曲げてでも頼み込んできたのだ。

ここで断ったら、私が廃る。


「そんなの言葉の綾に決まっているでしょう。それに報酬の話をしていませんわ。名のある姫武将への報酬と言えば武具が相場ですが――」

「ん~、武具も金も間に合ってるから要りませんわね」


私はそう言ってインベントリから愛槍を取り出す。


「見てくださいまし、このクリムゾンちゃんの真紅色!

 う~ん、道中の魔物の血を吸って、より艶やかですわ~!!!」

「……そ、そうですわね」

「美学に合わないならそう言ってくださって?」


別に合わないからって依頼断ったりしないんだから。

むしろ美学違うのに頼んできたから受けたんだから。


「報酬は……そうですわね、貸し一つですわ。

 貴女個人で叶えられる範囲でなにかお願いを聞いてくださいまし」

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