第7話 きっしょ
そして放課後になり、私たちはイオンでショッピングをした。
マリちゃんは私の意見を取り入れてくれて、このために貯めたバイト代で音質の良いイヤホンを購入した。私はとても感謝された。「スピカ、センスいいじゃん!」と、彼女はご機嫌だった。
「絶対マリの彼氏、喜んでくれるよ!」
「だよね! ツバサ、スピカ。付き合ってくれてあんがと」
「う、うん……」
イオンから出て、私たちは三人そろって駅に向かった。安定した時間だった。収まるべきところに収まっているような関係性だった。元々私たちのグループは三人だったのかもしれない。
マリちゃんは満足そうだし、ツバサちゃんは楽しそうだ。それでいいじゃないか。
二人のすぐ後ろを歩く私は、気づかれないように会話の相槌を打ちながらスマホを取り出した。メッセージアプリを開いて、グループのトーク画面に進んだ。人数の欄が⑷から⑶になって、トーク欄の最後には『メミさんがグループから退会しました』とある。
私はトーク画面を操作して、履歴の削除項目をタップした。
『トーク履歴を削除しますか?』
『はい/いいえ』
これから私はトーク画面を見る度にメミちゃんを思い出す。その度に心を痛める。でも、いくら私が悲しんだところで意味などない。これから私たちは三人で日々を過ごしていくんだ。その流れは私にはどうしようもできない大きな奔流なんだ。
私は親指を『はい』に乗せた。
離せば削除される。
離せば────
────言いたいことは言うべきだ。自分を裏切るべきじゃない。
離せなかった。
────たとえ今ある安寧を壊したとしても、留座さん。自分を押し殺したそれに価値は無いよ。
私は立ち止まった。
「スピカ?」
マリちゃんは少し距離が空いた私を振り返った。
「どした? 忘れ物?」
「あ、あの。あの……」
私はスマホを強く握りしめた。
「メミちゃんがグループ退会してたの、なんで」
ツバサちゃんが血相を変えた。
「ちょ、ちょっと。スピカ、その話は────」
「だってあいつノリ悪いんだもん」
マリちゃんはあっさりと口を開いた。その声音は平坦で、淡泊で、天気の話でもしているかのように日常的で、だからむしろ冷たかった。
「別に喧嘩とかあったワケじゃないけどさ。話合わないんだもん。だから退会させた」
「そ、それだけ……?」
私は顔を上げた。油を差していない歯車のように、ギギギ、と鈍い音が首から鳴った。
マリちゃんは「はぁ」と短く嘆息して、髪を払った。
「スピカには関係なくね?」
その時、私の脳裏にいたのは、出原さんの後ろ姿だった。
「……よくない、よ」
「は?」
「いきなり、何の理由もなく退会させるなんて、よくない」
私の身体で稼働しているのは心臓と口だけだった。そこだけに身体の全ての機能を集中させていた。
「今日、メミちゃんすごく辛そうだった。誰とも話してなかった。私たち今まで同じグループでやってきたじゃん。なのに、どうしていきなりそんなことができるの?」
私は初めて、自分の言葉を他人に届かせようとしていた。初めて自分の意思で一歩を踏み出していた。喉が震えて声がしゃくり上がる。勇気を出したことに私は高揚していた。
そうだ。これが正しいんだ。私は立ち向かっているんだ。
「メミちゃんが可哀そうだよ!」
「マジレスうざ」
ひゅっ、と息が詰まった。高揚は一瞬で萎み、勇気は後悔へと変換された。
「はー。もういいって」
マリちゃんは私に近づいて、嘲笑と共に肩に手を置いてきた。
「急にどしたん。良い子ちゃんぶってさぁ。きしょ」
「…………」
「冷めたわー。ツバサ、帰ろ」
「えっ、あ、う、うん」
マリちゃんは何事も無かったかのように反転して歩み始める。ツバサちゃんは私とマリちゃんを交互に見て、マリちゃんの元へ駆けだした。私は、地面に足が縫い付けられてしまってしまったかのように動けないままだった。気づいたら家に帰っていて、その間の記憶が無かった。
誰もいない家に帰って、いつものように置いてあるご飯を食べた。残したら何を言われるか分からないから頑張って飲み込んだ。味なんて分からなかった。
頭の中でずっと、どうして? と問いかけていた。誰に、何を。分からない、そんなの。
いつものように机に向かってノートに気持ちを吐き出そうとしたけれど、言葉が脳内に溢れかえっていて、何から書けばいいか分からなくなっていた。机の前で固まっていると、いつの間にか朝を迎えていた。
机の上にあるスマホに私は目を向けた。画面が点くと、通知欄にメッセージが表示されていた。
『留座さんがグループから退会しました』
「……はは」
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