第8話 げぇえ

 アラームをかけずに寝落ちてしまったせいで遅刻ギリギリの時間に起きてしまった。とりあえず机の上にあるものをカバンに突っ込み、なんとか始業前には学校に着いた。

 教室に差し掛かると、マリちゃんの机の周りにメミちゃんがいるのが見えた。

 メミちゃんと目が合った。かと思ったら目を逸らされた。

 マリちゃんもツバサちゃんも、今の状態が当たり前のような顔で会話している。教室の中の空気は昨日と全く変わらない。その事実が何よりも残酷だった。

 今度は私が教室で一人になった。


 「……うっ」


 私は席に着くことなく、教室を飛び出した。途中で転んで、周りの人に見られてすごく恥ずかしかった。開けっ放しのカバンから落ちた物を急いで拾い集め、一人になりたくてトイレへ駆け込んだ。


 「うっ、おぁっ、げぇえ……っ」


 個室に飛び込んで蹲って便器に吐瀉物をぶちまける。頭痛い。お腹痛い。涙と脂汗と涎と胃液が便座に滴り落ちる。


 「かはっ、ぉほっ、ふぐ、ん、あ、えぁ、ごぼぼ……っ」


 ぼたぼたと吐瀉物が水面を揺らす。跳ねた水滴が顔にかかる。最悪。すっぱい味を口全体で感じながら私は床に座り込んで項垂れる。


 「もうやだ……」


 拳を握りしめる。


 「こんなことになるなんて……私なんかが、調子に乗ったからだ……」


 やるせなさが怒りに変換される。


 「クソ……クソが……クソっ……!」


 拳を便座に振り下ろそうとした時、個室の扉がコンコンと叩かれた。


 「留座さん」

 「……出原さん……?」


 突然声をかけられたことで行き先を見失った拳は、ふらふらと床に不時着した。


 「な、なに……? 何か用……? 今、体調悪くて……」

 「落とし物拾った。ノート」

 「えっ!?」


 びっくりした私は扉を開ける。私の目の前に立つ出原さんはノートを掲げていた。私の、汚いところを詰め込んだノートを。


 「な、なんでっ」


 私はノートをひったくった。せっかく拾ってくれたのになんてことを、と自己嫌悪に陥った。そうか、机にある物をとりあえずカバンに詰め込んだから、広げたままのノートまで持ってきてしまったんだ。それが転んだ時に落ちてしまった……。


 「ごめん、中身が見えちった」


 それを聞いて、身体が冷えた。


 「あ、勘違いしないで。別に見るつもりじゃなかったから。でも開いた状態で落ちちゃってて……」

 「……忘れて」

 「留座さん────」

 「忘れてってばっ!」


 私と出原さん、二人きりのトイレに絶叫が反響する。耳がキンと鳴る。こんな大きな声を出すなんて初めてだったから、喉が痛くなって咳が漏れる。


 「と、届けてくれてありがとう。ごめん。体調悪いから、保健室に行くから、出原さんは教室戻って。授業始まっちゃうでしょ」

 「じゃあ、アタシも付いて────」

 「いらない」


 私は出原さんの横をすり抜けて個室から出て、手洗い場でうがいすると、ふらふらする身体をなんとか保ちながら保健室へ向かった。

 途中、廊下にゴミ箱があったから、ノートをびりびりに破いて叩き込んでやった。

 八つ当たりしたはずなのに、全く気分は晴れなかった。

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