第5話 退会しました
その日の夜、私はベッドに沈み込んで動けなくなっていた。帰る時間が遅かったから母親に道草を食っているんじゃないと怒られ、路上ライブを見ていたことも言えなくてただ一方的に責められるばかりで疲弊した。ただでさえ疲れているのに、もう満身創痍だった。
「……何が分かるんだよ……あんな、私とは何もかも違う人が……」
帰り道の途中も、家に帰ってからも、ずっと出原さんの言葉が脳内を巡っていた。釈然としなくて、見透かされたような気がするのが悔しくて、何より私が何をしようとどうせ全部無駄なんだと思うと悲しくて、どうしてこんな自分になってしまったんだと思うとやるせなくて、私は唸りながらベッドの上で藻掻くしかできなかった。
「…………」
ついにベッドの上だけでは我慢できなくなって、起き上がり、クローゼットへ向かった。乱暴に扉を開けた。ドサドサと何かが落ちて、舞い上がった。
これらは、ノートだ。
何百冊ものノート────日記だ。小学生の時からずっと書き溜めている。物心ついた時から考えていることを外に吐き出せなくて、内に溜め込み続けることが辛くて始めたものだ。
日々の不満、悔しさ、寂しさ、苦しさ、自己嫌悪、怨念。私の生傷たち。見るたびに痒くなった瘡蓋を剥がすような後悔が襲ってくる。それでも見ずにはいられない。このノートだけが、私の安息の場所だから。
「早く改名したい……こんなキラキラネーム……」
No.313、とネームペンで新しいノートの表紙に書く。その313冊目のノートを開く。
私は机に向かい、小さな明かりを点け、ぼそぼそと呟きながらノートにシャーペンを突き立てる。筆圧が強くて何度も何度も芯が折れる。あまり物音がすると母親に勘繰られて怒られてノートを破られるから、なるべく衝動の全てをペン先に込めている。
「なんで私が嫌がってるの知っててわざわざ名前で呼んでくんだよ……」
「どうして嫌って言えないんだ……」
「塾もそうだ……行きたくない……勉強やっても出来ないし……」
「なんで出来ないことを躍起になってやらせんだよ……」
「なんでいっつもお母さんに怒られるんだろ……」
「私はお母さんのストレス発散させる道具じゃないのに……」
「でも、私が出来ない子だから悪いのかな……」
「こんな風になりたいわけじゃなかったのに……」
「どの大学に行くとか、どうやって大人になるかとか、そんなん知らんし……」
「でもじゃあ選べって言われても分かんないし、なりたいものもないし……」
「ラッパー……」
「かっこいいなぁ、ステージに立って、叫ぶだけ叫んで、それだけで肯定されて……」
「でも、やりたいって言ってやれるほど楽な世界じゃないし、私、出来ない子だし……」
「私が思った通りの子どもじゃないから、あんなに怒んのかな……」
「頭痛い、お腹痛い、また血ぃ出る……もうやだ……」
「変えたいなぁ、こんなはずじゃなかったのになぁ……こんなんで大学生になってもずっと変わらないんだろうな……」
「こんな私のまま社会人になったところで、大したことない人生で、何にも出来ないままで、何も遺せないまま死んでいくのかな……」
「そんなの嫌だ……!」
また芯が折れた。新しい芯に変えよう、と筆箱に手を伸ばした。不意に欠伸が出た。部屋が少し明るいことに気づいた。窓を見ると、空が白み始めていた。
寝ないと辛いのに、またしてもこんな自己満足に時間を割いてしまった。新品のノートを引っ張り出したはずなのに、もう三分の一ほど埋まっていた。
「……はぁ」
少しでも寝ないとまずい。授業中に寝たら置いて行かれてしまう。ベッドに倒れ込んだ私は、いつもの癖でスマホを見た。画面が点くと、通知欄にメッセージが表示されていた。
『メミさんがグループから退会しました』
「……なに、これ」
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