第11話「今も昔も、一度も”好き”だと言ってない」

***


新しい家族に歓迎され、お屋敷の中に入るも華やかな部屋に対し、私の心は沈んだまま。


それでも案内された部屋の窓からずっと曇り空を眺める。


「あんたたちさー、なんでわざわざ離れるの?」


部屋には凪子だけが残り、部屋の中心に置かれたテーブルに肘をつき、椅子に腰かけている。


出迎えのために多少着飾っていたのか、髪飾りを外してポイッとベッドに投げてしまう。


「それは……緋月さんが一か月しか一緒にいれないからって」

「意味わかんない。一か月だろうが、一か月と一日だろうが、一緒にいたいならいればいいのに。実際、一か月経ってないし」


ズバズバと言葉に出さないようにしていたことを言われ、悔しさに私は凪子に振り返る。


「分かった口叩かないでください! 最初から一か月という約束だったんです! 駄々をこねたって緋月さんは受け止めてくれない!」


「おおっと。気に障ったならごめんって」

「離れたくないと伝えて、謝られたらもう……」


私に出来ることはない。

私と彼には絶対に越えてはいけない壁があった。


時を越えたって、彼に想いを伝えるのははばかられた。


一度止まったはずの涙が大粒となって頬を伝う。


それを見た凪子が慌てふためき、駆け寄ってきて着物の袖で涙を拭った。


「事情も知らずに悪かったよ。だけどさ、アタシには二人が想い合っているようにしか見えなかったんだよ」


凪子の言葉に私はうなずくと、消え入りそうな声で呟いた。


「私は緋月さんが好きです。前の私も好きだったんです」


ようやく口にした想いに凪子は不思議そうに目を丸くする。


「一か月しかダメだって言われたんだろ? その理由、知ってんのか?」

「いえ……」

「だったら教えてくれるまで粘ってみれば? 理由も言わねぇで”はい、一か月経ちました。さようなら”ってそりゃないだろ」


一番の本音を言い当てられた。


”一か月しかいられない”とわかっていながら、彼はその理由を口にしなかった。


出会ってすぐに私の心をさらっておいて、傍にいたいと伝えれば謝罪だけ。


その程度で私と彼の関係は終わってしまうのか。

以前の私と彼は、たしかに想い合っていたとわかるのに。


(今も昔も、一度も”好き”だと言ってないの)


せめて気持ちを伝えたかった。


拒絶する瞳に恐れをなして何も言わないことを選択したのはまぎれもなく私だ。


”一番伝えたい想いは今も昔も変わらない”


「やさしく出迎えてくれたのに背を向けていいですか? 私、やっぱり……」

「それを決めるのは時羽ちゃんじゃねーの? 戻りたかったらいつでも。うちは緋月さんに助けてもらったからさ」


恩があるんだ、と凪子は照れくさそうに笑った。


「っていうか、わざわざ時羽ちゃんの居場所を作るって、相当大事にしてなきゃ出来ねーよ」

「居場所……」


「一か月前に出会ったんだろ? それこそ”わざわざ”時羽ちゃんに会いに行った。どういう縁かは知らねーけど、大事にしてくれたんだろ?」

「はい……。それは、とても……」


大事にされすぎて怖いほどに。

やさしくされればされるほど、終わりを意識してさみしさが影を落とした。


そもそも私はとうに滅びた国の姫で、彼は従者だった。

私と彼が別れたのは――。


(青い月の夜。私は神への供物となって――)



――どうして今、ここにいる?


疑問がどんどん湧いて、私は心急いて窓越しに空を見上げた。


(出会ったときも月は青かった。今日は?)


「凪子さん! 今日は満月ですか!?」

「えっ? あー、そうそう満月。でも今日はあんまり縁起の良いやつではないなぁ。赤いんだとよ」


”赤い満月”、と聞いてゾワッと身が震えた。


それは今と昔を繋ぐ細い糸のような光。

凶作に苦しんだ冬を越え、戦がはじまる目前の……桜が咲く春のこと。


思い出す。

私は青い満月の夜に供物となり、一人石畳の階段を昇って山に入った。


ロウソクと月明かりの頼りなさに歩いて、祭壇のある洞穴を前に月を見上げた――。



(ダメ! 赤い満月はダメなの――!)


「凪子さん、ごめんなさい! 私、緋月さんを追います!」


ガラッと窓を開け、私は無理くり抜け出して外に出た。


「おおぅ、豪快……。って、暗くなっちまうから誰かいっしょに……」


そんな声が聞こえたが、私はなりふり構わず一心不乱に走り出す。


「二人で戻って来いよー!? あと、アタシのことは凪でいいからー!」


やさしい後押しに私は振り返らず、右手を空に向けてグッと拳を握った。


まだ日はある。

追いかければ間に合うかもしれない。


街は広い。

だけど彼は寄り道なんてせず、さっさと街を抜けるだろう。


だから私は彼の選んだ道もわからずにひたすら走るしか出来ない。


走って走って走って、薄い空色に白い丸が浮かぶ方角へと走った。


夕暮れとなり、どんどん夜が深まって月の色が濃くなった。

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