三太、やっと気づくも流されるまま

 訓練は初日から過酷で、常識を覆すものだった。


「まずはピッキングを学んでもらいます」


 あ、これ、闇バイトだ。三太は遅まきながら気づいてしまった。


 しかし、今さら逃げることもできない。この研修所はどうやら崖の上に建てられているようで逃げ道がない。


 ほぼ垂直の崖を降りるには専用の道具がいるだろうし、道具があったとしても、使い方がわからぬ以上、ここからの逃亡は命懸けとなる。


 日本のどこにこんな土地があったのか。そういえば、そういう修道院が確かあったなあと、三太がどうでもいいことで頭を巡らせている間にもピッキングの教官の話は続いた。


 この教官、どうにも犯罪者然とした顔をしている。外見で判断するのは非常に危ういが、贔屓目に見て、前科三犯だとしてもおかしくない面だ。警戒したくもなろう。


「大変嘆かわしいことですが、昨今煙突のある家がほぼなくなってしまい、わたしたちは新たな侵入経路を作らねばなりません」


「ほらあ、侵入経路とか言っちゃってるじゃん。どう見ても、完全に犯罪です、ありがとうございました」


 古のネットミームを交えながら、そう思うが、口にはしない。ここでツッコんでも、何の益もない。その上、三太はヘタレでもあった。


「皆さんには鍵の種類とツールの使い方を完全に覚えてもらいます。わたしたちがピッキングに費やせる時間はわずかに十数秒。それまでに解錠できなければ、通報される危険もあるのです」


 さすがにおかしい。三太もつい挙手して、尋ねてしまった。


「あの、訪問するお宅とは何かしらの契約が結ばれているわけではないのですか? サンタクロースの訪問サービスみたいな感じで」


「いい質問ですね。確かに通報されるのを危ぶむのはわかります。ですが、これはサプライズなのですよ! だって昔からそうでしょう? サンタクロースは勝手にプレゼントを置いていって、何も言わずに去っていくものだと」


「な、なるほど」


 教官の熱弁に押され、つい論破されてしまった三太はもはや肯定することしかできない。


 もう常識は忘れるべきだ。この後、何度こういう風に自分に言い聞かせなければならないのか、考えるだけで頭痛がヘッドエイクだ。


 周囲の老人は三太の猪突を、目を細めて微笑んでいた。かつては自分も三太のようだったと思い返しているのかもしれない。


 逆説的に考えれば、三太もいずれはこの老人たちのようになるということだが、それはさすがに許容できない。


 しかも、この老人たち、ピッキングがやたらと早い。三太が苦戦して一つ解錠している間にも、彼らは二つ三つと開けているのだ。年季が違った。


「くそっ! このジジイども、一体何なんだよ!」


 もはや敬老精神すらかなぐり捨て、内心で毒づいた。普段はきっとこそ泥なのだとも邪推した。


「ああ、三太くん、そこはね、こうするんだよ」


 寺居が実演を交え、手取り足取り教えてくれたので、三太の胸は甘くときめいた。今までの邪心が見る間に消えていく。


 三太は流されやすい男でもあったのだ。


 鍵と格闘すること数時間、今日のピッキングの授業は終了した。

「お疲れさまでした。授業はこれで終わりですが、ピッキングの練習は常にしておいてください。腕が錆びますからね」


「はい! ありがとうございました!」


 老人のみならず、三太もまた心から教官に礼を述べた。これでどんな鍵も怖くない。立ち塞がる扉という扉、すべて開けてやろうではないか。


 三太は染まりやすい男でもあった。



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